一日一東方

二〇〇七年 九月二十四日
(風神録・秋穣子)

 


『是非ウチの秋茄子を嫁に』

 

 

 収穫祭が過ぎた後にも、豊穣を司る神様である秋穣子にお供え物をする者は多い。秋の味覚も、おのおの収穫できる時期は異なる。穣子にすれば、秋の期間には絶え間なく収穫物が献上されるのだから、喜びこそすれ疎ましく思うことはまずない。
 だが、それにしても例外はある。
「……うーん」
 穣子は、竹で編まれた大きな籠を前に、腕組みして悩んでいた。
 山盛りに積まれた数十本のご立派な茄子が一体何を訴えているのか、穣子には解釈し切れなかった。正確には、通常の意図と、卑猥な願望、姉の悪戯。さっき秋刀魚でぺしぺし叩いたときの反応を見るに、最後の線は薄そうである。
「みのりこー」
「なに、またサンマ突っ込まれたいの」
 語弊を招く物言いにも、静葉は全く動じず、むしろ嬉々として背中に隠した手を前に突き出す。
「銀杏を喰らえー!」
 ぱっちん。
 穣子は即座に秋茄子でこれを迎撃、返す刀で静葉の口に洗っていない秋茄子を突っ込んだ。
「もぎゅ、んむぅ……!」
「ああ……なんていやらしい姉なんだ……」
「むぐぅ、もごご……」
 もがもがと悶え苦しんでいる姉を他所に、穣子は再び秋茄子に視線を落とす。お供え物である限りは、どうぞお食べ下さいという意が込められているのは確かだろう。秋茄子が豊作だったに違いない、それを豊穣の神にご報告するのは当然の話だ。殊勝な心がけである。
 けれども、量が多すぎやしないか。
 二十三十じゃきかないぞこれ。
「ナス……、ナスかぁ……」
「ぐむぅ……、んんぅ、ぷはあ! けふ、み、みのりこ!」
 現実に回帰した静葉は、けほけほ言いながら口に含んでいた秋茄子で穣子をぺしぺし叩く。頬にぺちょぺちょと当たるすべすべの茄子が若干気持ち悪い。
「静葉、静葉おねえちゃん、ちょっと鬱陶しいかな」
「私はお口を嬲られてしまいました。しかもナスで」
「実物じゃなくてよかったじゃない……」
「よくない!」
 静葉がしつこく穣子の口に茄子を突っ込もうとするので、穣子は何の脈絡もなく静葉の耳たぶを甘噛みした。
「うひゃぅ!?」
 衝撃のあまり茄子を取り落とした静葉の口に、穣子はまた別の秋茄子を突き入れた。今度はもっと太くて長くて黒光りする硬いやつを。
「むぐうぅぅ!」
 こ、こんなにおおきいの、おくちにはいらないよぉ、みたいな表情で茄子を咥えている静葉はさておき、穣子はたわわに実ったらしい秋茄子を拾い上げる。ヘタは触ると硬く尖っていて、表面はつるつるしている。色も形も大きさも申し分ない。どう料理しても一月は持つ。が、多分大半が腐る。氷室に突っ込んでおけばしばらくは保存が利くだろうが、食べないことには溜まるばかりである。
 最後の手段にはお裾分けが残されているが、人里にお供え物を戻しに行くのも気が引けるから、ここは里との関わりが少ない妖怪やら人間やらに分配するしかない。そこからは程度問題になるが、あんまりどかどかと置いて行ってもなんだこいつみたいに思われる可能性がある。難しいところだ。
 結局、地道に調理して減らすしかないわけだが、はてさて。
「しずはー、ナスおいしいー?」
「んふぅぅ、ふぁ……」
 口がほぼ完全に塞がれているから、喋ろうとすると舌に茄子が絡まる。自然と鼻息も荒くなり、目にも涙が浮かんでいる。唾を飲み込むのも難しいから、ほんのわずかに開いた口の端から生唾がだらだらと垂れている。
「……うわあ」
 穣子はちょっと引いた。
 静葉は大変憤慨しているようだったが、頬も紅潮し、涙ぐみながら必死に抵抗する姿は性的な行為を彷彿とさせた。手で引き抜こうにもなかなかがっちり嵌まっているらしく、ましてや黒光りする身の部分を静葉の柔らかな手のひらで握り締めている様は、ますます性的な想像を連鎖させ、穣子はますます嗜虐心を煽られた。
 あらやだ。
 この姉、どうしてくれよう。
「ん、んんっ……、ぷちゅ、んむむぅ……」
「あーあ、よだれだらだら垂らしちゃって……、そんなにいっぱい咥えこんで、離さないなんて。ほんとうに好きなのね」
「んん、んーっ!」
「もう、あなたがいちばんわかってるくせに……。大好きなんでしょう? その、硬くて、太くて、黒いのが」
 ふふふ、と笑う。
 興が乗ってきたところだが、まあ言葉が通じないのも面倒だから、さっさと茄子を抜く。抜くという表現も大いに誤解を招くがまあ抜く。
 ぬぽっ、と勢いよく抜けた茄子は、静葉の唾液にまみれててらてらと輝いていた。とりあえずその唾液を舐め取るよう、茄子を静葉の口に差し出すと、静葉もまたちろちろと舌を出し、れろれろと茄子に付着した粘液を舐める。
「にちゅ……、ふあ、はぁ……、ちゅ、ちゅぅ」
「静葉……、ノリ良過ぎ……」
 他人のことは言えないものである。
「まあとりあえずこの大量のナスをどうするのか、という話」
 気を取り直し、茄子はそのへんに放り投げ、正気を取り戻した静葉と相対する穣子。
 ものの一秒で現実に復帰するあたり、神様の脳の切り替えも速い。
「ていうか私はなんでナス咥えてたのかしら。しかも生だったよねアレ」
「それはまあ、生の方がおいしいっていう」
「じゃあ今度里のみんなにご馳走されればいいと思うよ」
 顎に垂れた唾を手の甲で拭い、それを舌で掬い取る。些細な動作が淫靡さを醸し出し、穣子の嗜虐心をいちいち駆り立てるものの、静葉が本気になったら楽しいかもしれないけど多分困るのでやめておいた。
「あと、誰が置いて行ったのかな……」
 穣子は腕組みする。これはお供え物の量じゃない。ナスは好きだが、さすがに毎日は飽きる。静葉が実演したような食べ方もあるだろうが、それはむしろ性的な食べ方であり、実際に消化するわけじゃないから困ったものだ。というか使ったら後でちゃんと食べるのか。どうなんだ、と穣子は静葉に尋ねようとしたが、どうも死亡フラグっぽいのでやめておいた。
 静葉は、紅葉の髪飾りをこしょこしょと触りながら、穣子の第一の疑問に答える。
「きっと、ナスの神様じゃないの」
「私が豊穣の神様なんだから、もしナス神がいるならそれは多分私の別人格だよ」
「へー、穣子は大変だねえ」
 他人事のように語る姉。静葉も紅葉を司る神である以上、カエデ神やイチョウ神の人格が重なり合っている可能性もあるのだが、そのへんを追究しようとすると静葉の精神に壊滅的な打撃を与えそうなのでやめておいた。ついでにいうと、穣子も自爆する。そんな気がする。
 静葉は、籠に満杯詰め込まれている茄子を見下ろし、手に取り、先端を指で突付きながら、思い出したように大きめの茄子を穣子の口に突っ込もうとした。
「とう!」
「そのボケはもう終わった」
 ぺしん、と静葉の手首を打つ。あう、という鳴き声と共に、秋茄子がぽてんと籠に落ちる。
 どうしたものかと茄子の対処に煮詰まる神様たちだったが、不意に、静葉が挙手をして発言を求めた。
「思ったんだけど」
「どうぞ」
 促す。
「一富士二鷹三茄子、と申しますが」
「四扇五煙草だったかな」
「まあそのへんはどうでもいいかな」
 何だか腹立つからサンマで叩いておいた。
 魚の生臭さに顔をしかめながら、静葉は言う。
「ナスは、子宝の象徴とされています」
「続けて」
「お供え物をしたひとは、私たちにいっぱい子どもを産んでほしい! という意味をこめて」
「うわあ……」
 穣子は引いた。
 大量の茄子を供えた人間に、加えて、そういう発想が出来る静葉に。
「でも、難しいね」
「何が」
 子どもを作ることがか。
 まあ難しいけど、いろいろ、いろいろ。
「穣子がどんなにおいしくナスを食べても、子どもは出来ないじゃない」
「私かよ。嫌だよ。静葉がやりなよ」
「でもほら、穣子の方が安産型」
 穣子は怒った。
 神様に子どもが産めるのか、という論議は白熱し、姉と妹があるのなら親もいる、ならばきっと大丈夫なのだろう、という結論に落ち着いた。安産型の穣子が里に下り、里の男衆が総出で穣子の収穫祭を行うという画期的な案は他ならぬ穣子に棄却された。一足早い紅葉を見ようキャンペーンと称し、静葉の公開ストリップショーを行うという次世代の計画はあえなく静葉に破棄された。
 じゃあどっちが安産型なのか勝負しようと穣子が服を脱ぎ散らし出したあたりになると、ようやく日が暮れた。ちなみに結果は

 また、今回供えられた全てのナスは、神様が責任を持っておいしくいただきました。

 

 

 

 



秋静葉  鍵山雛  河城にとり  犬走椛  東風谷早苗  八坂神奈子  洩矢諏訪子
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2007年9月24日 藤村流

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