千年を越えて幻想郷を綴ってきた阿礼乙女























 初代御阿礼の子、稗田阿一。
 幻想郷縁起にその身命を懸け、転生をさえ決意した「彼女」の生の結末。そして地獄の閻魔や妖怪の賢者、闇の妖怪との因縁が絡む、長い長い運命の始まり。
<本文抜粋>

「記憶! あります! 貴女! 八雲紫!」
「あら十全」
 彼女がふとこちらに顔を近づけてきたかと思う瞬間、するりと阿一の首筋は撫でられる。
「うひゃん!?」
 なんとも言えず声を上げてしまう阿一だがしかし、生後養った彼女の気丈は全くしぼまない。
「うふふ」
 対する紫は、肩にまとわりついてきたリスでも玩ぶかのように、やはりするすると阿一を撫で回し続ける。
「やーめーてー! 今すぐ! 離しなさい!」
 わめく阿一をよそに、紫は舌を出し、更にはべろべろと阿一の頬を舐めた。
「いーやー!」
 竹林に処女のような悲鳴が木霊する。ざわざわと揺れる竹。隙間からのぞく赤みがかってきた空。どんより流れる雲。雨はまだ降らない。今日は良く月が映える夜になる。
「ん……」
 べっ、と。
 阿一を嘗め回していた紫は、口に溜まった唾液を吐いた。
 吐いて、阿一の顔をじっとみつめる。
 冷めたように一言呟いた。
「不味い」

『ルックイースト・プロジェクト 前』
文章:うにかた
扉絵:熊 挿絵:枡狐
メインキャラ:紫、映姫、小町、その他

長文のサンプルはこちら(冒頭4ページくらい)
























妖怪との対立時代























 里に現れた「姫」と呼ばれる黒髪の美女と、その銀髪の従者。彼女たちの正体を暴くべく動き始めたはずの稗田阿未は、何の因果か二人に住居の斡旋をする羽目となり、さらには竹林の奥での人ならざる者たちの死闘に巻き込まれてしまいます――
<本文抜粋>

「わ――」
 出た。
 阿未は狼狽した。
 そのあまり、立ち上がろうとして、前につんのめる。不覚。
「ぎゃー!」
 剥き出しになっている地面に滑り込み、受け身も取れずにごろごろ転がる阿礼乙女は背丈が小さかった。頭も身体もそこはかとなく球に近いせいか、傾斜が少ないわりによく回転する。
 最後は空き地に聳える合歓の木の幹に激突したところで止まり、額を押さえながらうんうん呻き続けたのち、すっくと立ち上がり啖呵を切った。
「何奴!」
 決まった。
 さぞや相手は阿未の立ち振る舞いに戦れ戦き膝をがくがく震わせているかと思いきや、相手方は毒気の抜かれた表情で阿未を眺めていた。長身の、銀髪が月に照り輝く女性が言う。
「姫、珍獣です」
「誰がですか!」
「珍獣なのに、やたら流暢に喋ってるわよこれ」
「何せ、珍獣ですから」
「ちがいますよ!」

『お家に帰ろ』
文章:藤村流
挿絵:くま
メインキャラ:輝夜、永琳、その他

長文のサンプルはこちら(冒頭5ページくらい)
























人間が妖怪を忘却する時代























 主が目覚める春までの短いひととき、本来なら八雲藍が自分一人で潰すはずだったその時間に、ふらりと迷い込んできた人間の少女。ひょんなことから始まった二人の生活は、春を待つ藍の心を小さく、小さく揺らしていくのでした。
<本文抜粋>

「お母様が、いなくなったの」
 小さな背で妖を見上げ、人を捜している、何処にいるか知らないか、と訊く。見上げた度胸だ。
 だが、些か若い。
「悪い。意地悪をするつもりは無いが、知らないものは知らないとしか言えないわ」
 正直に答え、俯く子どもの暗い顔に罪悪感を抱く。嘘は嫌いだが、貴様の魂と引き換えに母親に会わせてやろう、などという性質の悪い冗句のひとつでも言えばよかったのか。何にしろ、似合わない真似を一時の戯れに披露することもない。
 腕を組み、少女の出方を見る。気付かぬ間に、妖である自分が小さな人間に興味を引かれていると知る。だから。
「連れて行ってください」
 どきりとした。心を読まれたかと身を奮わせた。だが、童女が続けた言葉は、少々突飛ながらも狐が予想していた懇願だった。
「掃除も、洗濯も、何でもします。私を、狐さんの家に連れて行ってくださいませんか」
「……その意味かよ」

『二束三文四季折々』
文章:藤村流
挿絵:枡狐
メインキャラ:藍、その他

長文のサンプルはこちら(冒頭4ページくらい)
























そして今の幻想郷へ























 妖怪の力が目に見えて衰え始めた幻想郷。一見すると平和な光景の中、稗田阿弥は己の綴った幻想郷縁起に、幻想郷の行く末に、恋に、心を乱します。
<本文抜粋>

「ああ、それにいたしましても」
 ミツさんはどこか芝居がかった動作で、おもむろに中庭を向いた。春色の光景の真ん中、ざっざか竹箒で掃き清めはじめた庭師の姿を認めると、いきなり眉をひそめ、まだそんなところにいたのか目障りださっさと視界から消えろと、目つきで訴える。その形相に恐れをなしたか、ヒコさんは急いで舞台袖へと下がった。
 後にはただ、南風のゆるやかに吹く、色づいた庭園の景観だけが残る。
「……めっきり、春らしくなってまいりましたね」
 何事も無かったかのように、ミツさんは阿弥へ向き直った。
「春といえば出会いの季節でございます」
 どすんと重い音を立てて、縁側に大きな荷物が置かれた。黒くて四角い塊を、阿弥ははじめ重箱かと思って、これは幻想郷縁起完成の労いにご馳走でも用意してくれたのかと喜びかけたのだが、そうではなかった。
 黒くて四角い塊は、黒くて四角くて薄い物をたくさん重ねたものだったのだ。
「つきましては。阿弥様にも善き巡り会わせがございますればと、僭越ながら用意させていただきました」
 見合い相手を山のように、と――それは釣書の束だった。

『明治十七年の。』
文章:日間
挿絵:枡狐
メインキャラ:紫、その他

長文のサンプルはこちら(冒頭8ページくらい)
























 阿一から始まり最後に阿求まで























 阿一の時代より千年。
 何が変わったのか。あるいは、何が変わらなかったのか。遥かな時の果て、自分を待っていてくれた幻想郷の姿を、稗田阿求は目の当たりにするのです――
<本文抜粋>

「……紫様、何かご存知なのですか?」
 紫はやはりへらへらと笑っている。扇子越しの視線をこちらへ移すのだ。
「幻想郷縁起のそのページは、代々白紙なのよ。先代も先々代もその前もずっとね……気付いたのはあなたが初めてみたいだけれど」
「?」
 怪訝な顔をして見せる阿求だが、紫にはそれ以上説明する気がなかったらしい。
「善は急げ。役者は揃っていた方がいいわ。藍」
 阿求の後ろでしずと立っていた藍を呼びつける。
「地獄の方へは、もう返事をしてしまったかしら」
 藍は困ったように答える。
「いえ、申し訳ありません。届ける途中で油揚げ……いえ、稗田のに捕まってしまいまして」
 うんうんと頷く紫。
「じゃあ、届ける内容を変えるわ。あの閻魔さま、来いって言っても来ないものねえ」
 あのね、と言って、紫は伝令を口にした。

『ルックイースト・プロジェクト 後』
文章:うにかた
扉絵:くま
メインキャラ:紫、映姫、小町、その他

長文のサンプルはこちら(冒頭4ページくらい)


















五本の短編が稗田一族の血と汗と涙の歴史を綴ります



















ふじつぼの例大祭4新刊、『稗田の。』
184P、新書サイズ、スペース『か20b』で頒布予定です。






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