一日一東方

2011年10月20日
(神霊廟・蘇我屠自古)

 


『蒼い稲妻』

 

 

 永江衣玖を訪ねる者がある、という天女の話を聞いて、渋々ながら指定の場所に赴いた衣玖が見たものは、自信満々に腕組みをして佇んでいる亡霊だった。
 衣玖は舌打ちした。
「ちょっ、いきなりそれは酷いんじゃない!?」
「何か御用でしょうか」
 上昇気流に煽られて雲の上まで昇ってきたのだろうか。
 どうせなら一気に冥界の方にまで達してほしかったのだが、上手い具合には行かないものだ。衣玖は溜息を吐いた。
「はーぁ……」
「それいちいち口に出すことじゃないわよね、ていうか口にしたらダメな部類だよね多分」
「用が無いのなら帰ってもらえますか」
「あるよ、あるわよ! 貴女が言う暇を与えてくれなかっただけじゃない!」
 何故だろう、この盛り上がり方はどこかで見た覚えがある。
 視界の端に桃をかじっている総領娘的な何者かが移り込んでいる気もするが、余計な真似をしてこない限りはなるべく構わない方針で行く。
「何ですか、何なんですかあなたは。とても大事な用件を抱えているような様子には見えませんが」
「いちいち腹の立つ物言いね……まぁ、いいわ。貴女が私を畏怖する理由もわかるから。同じ属性を持った存在として、意識せずにはいられないものね。私がそうだったように、貴方もまた、そうなのでしょう?」
「……はあ」
「なんでそこで気の抜けた返事をするわけ」
「いえ、いきなり舌打ちをしてしまって、もしかしたら申し訳なかったのかなとも思ったのですが」
「もしかしなくても無茶苦茶失礼だったけどね」
「この様子なら、別に申し訳なく思う必要もなさそうなので」
「なんでよ!?」
「さすがにそれを口にするのは憚れるので……」
「気を遣う場所が間違ってるよ! もっと前だよ!」
 衣玖はやれやれと言いたげに耳を塞いだ。
 そうはさせじと亡霊が彼女の腕を弾き、瞬間、ふたりの間に蒼い電撃が走る。――バチィッ、という定型の雷鳴が響き、一瞬、天界に旋律が走る。
 衣玖の素性を知る者なら、雷を発するのも驚くに値しないが、今度は些か趣が異なる。
 何故なら、雷を放ったのは、衣玖と相対する無名の亡霊だったからである。
 衣玖の驚愕を受けて、亡霊は不敵に笑う。その指先から、チリチリと蒼い光が瞬いている。
「ふふ、どうかしら……? これで、鈍感な貴女にも事の次第が理解できたのではなくて?」
「はぁ、そうですね」
 凄いわねー、と遠くから呑気な歓声が聞こえる。おそらく、観客の正体を知らぬであろう亡霊は、その声を受けて自慢げに踏ん反り返った。
「そう、私は貴女と同じ雷を操る能力を持つ者。この手にて雷を放ち、大地に雷鳴を轟かせる者よ。でも、そうね、同類を前にして言うことではないかもしれないけど、同じ力を持つ者は二人と要らない。……いえ、違うかしら。取り繕わずに言うのなら、私と貴女、どちらが雷を操る者として相応しいのか、確かめてみたいと思」
 彼女が途中から目を瞑って語り始めたので、衣玖は踵を返してその場を後にした。
 特にすることもないが、総領主様の娘と似たような手合いを相手にするくらいなら、家の周りの草をむしっていた方がましである。
「本当に……、無駄な時間でしたね」
 ははは、と乾いた笑みを浮かべて、ふわりと衣玖は雲の間を漂う――。
「おいおいおぉぉい! どこ行くんだあんたはあぁぁぁーっ!」
 締めに入っていた衣玖の肩をぐいっと引き寄せるのは、額に青筋を立てて烈火の如く怒り猛っている亡霊であった。
 そういえばまだ名前さえ聞いていなかった。
 別に聞かなくてもいいような気もする。
「おや、お久しぶりです」
「さっき会ったばっかでしょーが! えっ、何よ、何なのよあんたは! 折角私が一所懸命話してるのに、勝手に居なくなるとかそんなのある!? ないでしょ!?」
「天界においては至極当たり前の行為でして……」
「さらりと嘘吐くんじゃないわよ! さっきの客にちゃんと聞いたんだから、バカみたいに笑っててあんまり使いものにならなかったけど!」
 ぶひゃひゃひゃと呵々大笑する比那名居天子の姿が目に浮かぶ。若干、目の前の亡霊に叩きのめされていないか不安だが、実力でいうならあちらも相当なものなので気にしないでおく。
 とりあえず、不躾に肩を掴んでくる亡霊を振り払い、適度に距離を取る。性格はどうあれ、雷を意のままに操る厄介な相手であることに変わりはない。周囲に部外者の姿もなく、彼女がその気なら容易に一線を越えられる状態ではあるのだ。
「……ふふ、ようやくやる気になったようね」
「全然そんなことはないのですが」
「そこは嘘でもやる気あるってことにしてよ。わざわざ天界まで来た私がバカみたいじゃない」
「……?」
「なに『えっ、バカじゃないんですか……?』みたいな顔してんのよ! バカじゃないわよ! やめてよもう!」
「凄いですね……うちの知り合いでもそんなにテンション持ちませんよ」
「嬉しくないわ!」
 はーはーと肩で息をしながらも、亡霊はめげずに力強く衣玖を指差す。
 宣戦布告だ。
「とにかく! 我が名は蘇我屠自古、遥か昔に眠りし蘇我一族の末裔! 亡霊となりしも主に背かず、一身を捧げて高貴に振る舞う者なり! って逃げんな! もう前口上終わりだから!」
 よく声が持つものだ、と衣玖は感心した。その大声に免じて、衣玖も少しばかり古代の亡霊に付き合うことにした。
 天の羽衣をはためかせ、雲の真ん中にあって暴風に負けず、己を雷として蘇我屠自古を見据える。
「失礼致しました。わたくし、永江衣玖と申します。若年ではありますが、竜宮の使いを務めさせて頂いております。以後お見知りおきを」
 スカートの端を摘まんで、仰々しく一礼をする。
 屠自古も突き付けた指を下ろし、乱れていた呼吸を整える。深呼吸を終え、屠自古が衣玖と目を合わせる。挑戦的で、情熱的な視線にも、衣玖は動じる気配すらない。
「余裕綽々、といったところかしら……? 先に仕掛けてもいいのよ、勝負は既に始まっているのだから」
「そうですねえ」
 衣玖は、少し考えるような仕草を見せて、閃いたように指を鳴らす。
「では、お言葉に甘えて」
 衣玖の一言で羽衣が蠢き、彼女の手に螺旋状に巻き付き始め、しまいにはドリルめいた形状と化す。
 音もなく衣玖は空を蹴り、風に逆らわず、竜宮の使いの本分に従い、揺らめくように屠自古を追い立てる。
「くっ……! その動き、さすがは竜宮の使いといったところね! けど、私とてその程度は予測済みよ!」
 動きながら喋ると舌を噛まないか衣玖は不安に思ったが、本人がやりたいようにやらせておこうと心に留めておいた。実際、身ぶり手ぶりの激しい方が本人もやる気が出るようだし。
「やってやんよぉッ!」
 掛け声と同時、屠自古を中心とした同心円状に無数の稲妻が轟く。
 衣玖もその包囲網から逃れることはかなわず、あえなく雷の魔の手に襲われた、が。
「……、効いて、いない……!?」
 屠自古は見た。
 稲妻は衣玖を貫きことすれ、羽衣の表面を撫でるに留まり、大した衝撃を与えられぬまま地面に落下していった。衣玖は何食わぬ顔で空を漂い、緩慢に、迅速に、屠自古に肉薄しつつある。
 危機的な状況であるにもかかわらず、屠自古は不敵な笑みを崩さない。
「流石にやる……! でも、同属性の私に雷が通用するとでも……!?」
「えっ」
「えっ」
 衣玖は一向に雷を発現させる様子もなく、ただドリルアームを屠自古に叩き付ける機会を窺っている。
「……えっ?」
「あぁ、そうですね。雷、使った方がよかったのかもしれませんね」
「え、……使わないの?」
 目を丸くする屠自古に対し、衣玖は器用に小首を傾げた。
「いえ、同じ属性相手に雷を使っても効果がないのは解り切ってますし」
「……、えっ、でも」
「すみません、次からはそうします」
 言うだけ言って、衣玖は風に乗って屠自古に突進する。
 目を泳がせていた屠自古も、慌てて電撃を放つけれど衣玖の猛攻を止められない。
「あ、ちょっ、待って! 力と力の勝負でしょおぉこれはぁー!」
「いきますよー」
 遮二無二振り回される屠自古の腕を掻い潜り、衣玖は螺旋状に回転するドリルアームを振り上げ、勢いのまま屠自古の鳩尾に叩き付けた。
 ――どむっ。
「ぶみゃっ!?」
 容赦の欠けらもない。
 「く」の字に身体を折り曲げて、屠自古はお腹にドリルアームを突き立てられたまま、真っ逆さまに落下していく。
 隕石のように、流星のように、はたまた土砂崩れのように、ふたりは空の上から天界に墜落した。
 ――ごぉん、と地を揺るがす轟音と土煙、それが晴れた後には、びくんびくんと小刻みに震えて倒れ込んでいる亡霊と、乱れた羽衣を整えながら、早くもその場を後にする竜宮の使いがいた。
「おつかれさまー」
 今まで傍観を決め込んでいた天子が、呑気に声を掛ける。
 ちらりと彼女を見、衣玖は躊躇いがちに足を止めた。
「ただいま帰りました」
「今、無視しようと思ったでしょ」
「よくわかりましたね」
「そこは否定しないんだ」
 まぁいいけど、と天子はぱたぱたと手を振る。さっさと行きなさい、という指示だと判断した衣玖は、軽く会釈だけをして踵を返す。
 屠自古はまだ起き上がれず、見え透いた勝利宣言を告げる必要もない。衣玖はただ、わざとらしく後ろ髪を掻き上げ、揚々と天界から飛び去って行った。
 ひゅう、と、これまた冗談めかした口笛が風に溶ける。

 

 

 

 永江衣玖を頼る者がいる、という天女の話を聞いて、渋々ながらも指定の場所に赴いた衣玖はとりあえず最大出力で相手に電撃をお見舞いしたが、案の定大した効果はないようだった。
「お、お久しぶり、ねね」
 だが舌は痺れているようだ。
 もう一発喰らわせるべきかもしれない。
「待ちなさい」
 身体を震わせながら言うことでもない。
「何か御用ですか」
 昨日も同じようなやり取りをした気がする。
 不敵に鼻を鳴らす屠自古に少しイラッとした。
「貴女の……、その、戦闘技術。小狡さ。そして冷静沈着な立ち振る舞い……。是非とも、参考にしたいわ。貴女さえ良ければ、教えて頂けないかしら?」
 衣玖は舌打ちした。
 それにもめげず、舌をぺろりと出して親指を立てる屠自古の脳天に、衣玖は再び最大出力の電撃を叩き付ける。
 遠くでは、天子がげらげらと腹を抱えて笑い転げていた。

 

 

 



幽谷響子 宮古芳香 霍青娥 物部布都 豊聡耳神子 二ッ岩マミゾウ
SS
Index

2011年10月20日  藤村流
東方project二次創作小説





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