一日一東方
2011年10月17日
(神霊廟・幽谷響子)
『neutral』
ナズーリンが命蓮寺の門前に降り立った時、彼女は境内から見知らぬ者の気配を感じた。
少々不審なものを覚えながらも、ダウジングロッドを束ねて肩を鳴らしながら正門を潜る。
聖が復活し、命蓮寺という落ち着ける場所を手に入れた今、ナズーリンの仕事は以前ほど多くはない。話術に長けているため渉外任務を担当することが多いが、子鼠を使った人海戦術、ダウジングによる総合的な捜索活動など、要するに広く雑務全般をも任されている。
「ま、それが悪いとは言わないけどね……」
されど疲労は蓄積され、小さな鼠の肩は鳴る。
若干強めに足音を刻みつつ、違和感の漂う境内を見回していると、それはすぐさま目に入ってきた。
「――ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー」
気配どころかはっきりと唱えていたのだから、わからないはずはないのだけど。
ナズーリンは意識的に足を止め、視界の中にいる存在が一体何者であるのか、数秒をかけて黙考した。まぶたを閉じ、腕組みをして、何度か爪先で地面をつついた後、彼女は開眼した。
「……わからん」
結局、直接聞いてみなければ解らないというわけだ。
新品の竹箒を握り締め、大して散らかってもいない境内を勇ましく掃き続けている、犬のような耳をした緑の髪の生き物かに。
咳払いをしようかとも思ったが、寸前で留める。無駄に警戒心を与える必要もない。
「あー、君」
とはいえ、声の掛け方が素っ気なさすぎた。かといって、言い直すのも紛らわしい。厄介なものだ。
詰まらないことで逡巡しているうちに、小柄な少女はナズーリンに気付き、くるりと可愛らしく身を翻した。
「あっ、こんにちは!」
「あぁ、こんにちは」
元気な挨拶にも、冷静さは崩さない。その笑みは命蓮寺に住む誰よりも朗らかであったが、童子にも似た快活さに怯んでいるようでは、寺の仕事は務まらない。後ろ暗いことがないとは言わないが、それを容易に表に出すほど浅はかでもない。
「君は……」
「あっ、初めまして! わたし、幽谷響子って言います! ヤマビコです!」
声が大きい。
不意に耳を塞ぎそうになり、すんでのところで何とか留める。声量の大小も個々の個性だ、いきなり拒絶されるのも気分が悪いだろう。
「あぁ、うん。そうか」
「今日から、ここでお勤めさせて頂くことになりました! えっと、これからよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げ、一通りの自己紹介を完了させる。
一時の静寂が訪れ、一陣の風が紅葉の始まったイチョウを揺らす。
ナズーリンはこめかみを掻く。響子はナズーリンの言葉を待っている。何を言えばいいのかはわかっている。適当に名前と役職を告げ、これからもよろしく、何故ここを頼ったのか、なるほど生きていればそんなこともあるだろうね――と、訳知り顔で頷いておけばいいだけの話である。世渡りの上手い鼠であれば造作もないことだ。
が、どこか釈然としない。
その根拠を探しているうち、響子の破顔一笑に辿り着く。おそらく、ナズーリンが彼女に出会った時から浮かべていたであろう、誰もが羨む笑顔。愛されることを前提にした稚児の愛嬌は、当事者の年齢と体躯にそぐわないものである場合、周囲にむずがゆい違和感を振りまく。
「……?」
ナズーリンは、不思議そうに小首を傾げる。
幽谷響子の事情を、ナズーリンは知らない。彼女に如何なる事情があろうとも、聖が彼女を受け入れるであろうことも、重々承知している。
ならば、吟味するのは己の役目だ。
「幽谷響子」
「はっ、はい」
じっと相手の目を見る。睨むでもなく、諭すでもなく、響子の視線がどこに向いているのかを確かめる。目を逸らしているからといって、嘘を吐いているとは限らない。その逆もまた然りだ。
響子は、ダウジングロッドに焦点を合わせている。もしかしたら、ダウジングに使うものだと認識できておらず、ただの武器だと捉えているのかもしれない。
「……え、えぇと」
頑として動かないナズーリンに、響子の表情も次第に強張ったものに変化していく。
満面の笑みは、初対面の相手を牽制し得る武器になるだろうか。ナズーリンにはわからない。わからずとも、それ以外の武器をもって対抗することができた。だが、誰しもがナズーリンのように振る舞えるわけではない。
聖も、星も、そして響子も。
それぞれの盾を構え、それぞれの矛を握り締めているのだ。
懸命に。
「――そんなに、がんばらなくてもいい」
ナズーリンは、いくぶんか表情を和らげる。それにつられて、響子も少し顔を綻ばせる。強く握り締められていた竹箒から、ふっと力が抜ける。
「私は、ナズーリンだ。見ての通りの鼠でね、故あって寅丸星の補佐役を務めている。今は主に、命蓮寺全般の雑務をこなしているよ」
「あっ……」
不意に声が漏れ、響子は申し訳なさそうに口を噤む。ナズーリンも、無理に言葉の先を促すことはない。言いそびれたのなら、またの機会に譲ればいい。同じところに住んでいれば、嫌でも顔を合わせるのだ。その中で、幽谷響子がどういう性質を持っているのか、少しずつ解きほぐしていけばいい。ナズーリンが最終的にどんな結論を下しても、聖が響子を排斥することはないのだろうけど。
「……あぁ、それから」
いまだに恐縮している響子に向けて、今度はナズーリンが微笑んでみせる。
「元気なのは素晴らしいと思うけれど、もう少し、声量を下げてもらえると嬉しいかな。なにぶん、生まれつき耳が大きいものだから」
冗談めかして、鼠色の耳に手を添える。
おそるおそる、響子も垂れ下がった自分の耳に触れ、ようやく相好を崩す。
まずは、武器を外すことから。
そこから、全てを始めよう。
宮古芳香 霍青娥 蘇我屠自古 物部布都 豊聡耳神子 二ッ岩マミゾウ
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2011年10月17日 藤村流 |
東方project二次創作小説 |