一日一東方

二〇一〇年 七月三十一日
(非想天則・ゴリアテ)

 


『巨人の一糸、蟻の一撃』

 

 

 巨人が裁縫に秀でている必要はない。
 膂力が活かされるのは建築や伐採などの大規模作業に限定される。餅は餅屋だ。
 魔法の森に生えている樹木は、根っこの部分から森の瘴気に侵されている。それ故に成長も速く、昨日切り落としたと思った枝が昨日よりも長く伸びていることも日常茶飯事である。ゴリアテ人形はまだ試験運転中であるため、主にマーガトロイド邸周辺の魔樹の剪定作業に充てている。
 アリス・マーガトロイドは、背後にゴリアテを立たせ、指先から魔力の糸を伸ばす。一体の巨人より、多数の小人を操ることに慣れていた彼女としては、ゴリアテの操縦は苦難の連続だった。それでも、幾多の難関を越え、多少のタイムラグはあってもある程度は自在に動かせるようになった。
「行くわよ。ゴリアテ」
 起動。
 見えざる糸を通し、ゴリアテの全身に魔力を行き渡らせる。体積が増加した分、必要な魔力も膨大である。そのため、現状では同時に他の人形を操ることは不可能だが、ゆくゆくは複数同時起動も視野に入れて腕を磨いている。
 ゆっくりと両腕を振り上げ、両手に持った剣を交差に振り下ろす。小柄な人形では断ち切ることすら困難だった枝も、ゴリアテの手に掛かれば振り下ろしの一閃で事が済む。
「次」
 今度は右手だけを使い、下から上に振り上げる一撃。ゴリアテの剣はさほど切れ味が良いわけではなく、斬るよりも叩き潰すといった印象が強い。へし折られた枝が高々と打ち上げられ、ちょうどゴリアテの眼前に落ちてきたそれを、今度は左の剣で横一文字に薙ぎ払う。
 ばらばらになった破片が地面に突き刺さり、程無くして異臭を放ちながら灰となり崩れ落ちる。樹木とは似て非なる物体に、掛けるような慈悲は余っていない。
「跳ぶわよ」
 宣言すると同時、巨人は跳躍する。
 両手を振り、下から上に枝を断つ。落ちた枝の行方は見定めず、落下の勢いで強靭な幹に剣を叩き付ける。地響きと共に着地し、その背中に大樹が倒れる軋みを聞く。己の剛力に酔う感情を知らないゴリアテは、低い体勢のまま疾駆する。
 アリスはゴリアテの視界をある程度共有しているが、ふたつの視野を保有し維持するのは危険である。短い時間であれば訓練によっては可能かもしれないが、今のアリスでは脳に掛かる負担が大きすぎる。
 それゆえ、アリスはゴリアテに近い位置から操縦せざるを得ず、視覚によるゴリアテの探知能力もあまり当てにならない。瘴気にはとうに慣れたが、ゴリアテが切り飛ばす枝の直撃を避けながら、巨人を操るのは相当に体力を使う。
 額にひとつ、珠のような汗が浮かぶ。
「旋回」
 指環が嵌められた手を振りかざし、ゴリアテが彼女と同じ動きを取る。
 左足を後ろに踏み出し、腰を回しながら背後の枝を切り落とす。続けて、勢いを殺さずに右の剣で眼前の樹を袈裟に切る。少し遅れて、幹が軋み、樹が緩やかに倒れる音が轟く。耳を塞ごうとして、あまり意味がないことに気付く。
 身体を起こし、荒々しい剪定を終えたゴリアテは、澄み切った瞳で虚空を睨んでいる。アリスがその体内に巡らせた魔力は滞りなく循環し、指先にほんのわずか魔力を込めるだけで、巨人の剛腕を振るわせることが可能だ。
 故に。  奇襲は、アリスとゴリアテの知覚範囲外から行われなければならない。
「――そこ。子鼠」
 アリスが真っすぐに手を挙げる。
 ゴリアテは、それに従って一段と高く跳躍する。
 魔樹の天井を越え、ゴリアテが跳躍力と重力のちょうど境目に達したとき、水晶の瞳が氷柱を抱えた氷精を捉えた。
「げぇっ!?」
 驚愕の声が飛ぶ。巨人は既に剣を振りかぶっている。
 間に合わないと知りながら、巨大な氷柱をゴリアテに向けて撃ち出す。
 その瞬間、空っぽの器が派手に叩き割られるような、軽い音が響いた。

 

 

 不時着した氷精は、どでかいたんこぶを頭にこしらえて大の字に倒れ伏している。ゴリアテが剣の切っ先で突っついてみても、目立った反応はない。
 おおかた、返り討ちにされたのを根に持って襲撃に来たのだろうが、ゴリアテもアリスも確実に成長している。氷精に後れを取る人形遣いではない。
「……うぅ、うー」
 唸りを上げ、土を引っ掻いてはじたばたともがいている。悪い夢でも見ているのか、あまり長引かせるのも可哀想だからアリスはゴリアテにもう一度チルノの頭を突くよう指示した。
 ――ごんっ。
「いてえっ!?」
 飛び起きた。
 四つんばいのまま周囲をきょろきょろと確認し、腕組みをしているアリスと、両手に剣を提げた状態で佇んでいるゴリアテを発見すると、反射的に氷の弾丸を放った。
 アリスもまた反射的にそれを避けたが、延長線上にいるゴリアテが剣の腹で弾丸を撃ち返し、物の見事にチルノの額にブチ当てた。
「あだぁっ!?」
 蛙のように引っ繰り返り、うーうー呻きながら地面を転がるチルノ。アリスは手のひらを握っては閉じ、ほぼタイムラグ無しでゴリアテを動かせたことを静かに誇る。
「うぎぎ……でかいのに速いだなんて、そんなの反則だあ……」
「最近は、おっきくても速いのが主流なのよ。悔しければ、あなたも怪力を手に入れるか、せめて人間並みに大きくなるべきね」
「ちくしょー……このひきょーもの! 人形なんて捨ててかかってこいよ!」
「そう。わかったわ」
 あっさりと挑発に乗り、不敵な笑みを浮かべてゴリアテに送る魔力をカット。直後、両腕を力無く下げ、自重を支える力を無くして大地に膝を突く。
「あぁ」
「あ?」
 アリスがおもむろに左へ移動すると、ゴリアテは重力の赴くままにゆっくりと傾き始める。その巨躯が倒れ伏す位置には、ちょうどよくチルノが転がっていた。
 ごめんなさいね、とアリスが微笑を漏らす。
「あーっ!」
 あたかも、ゴリアテが散々斬り飛ばしてきた大樹の末路のように、それは緩やかに軋轢を生み、崩壊の悲鳴を上げながら倒れていった。
 ――ずしんっ。
 アリスは、指環と指環を重ね合わせて、静かに手のひらを合わせた。

 

 

 

 



非想天則 太歳星君
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2010年7月31日  藤村流
東方project二次創作小説





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