一日一東方
二〇〇八年 一〇月二十七日
(緋想天・永江衣玖)
『土曜の夜はサタデーナイト』
やっちまった。
「……どうしましょう」
目の前には、いい感じに焼け焦げた天狗がいる。若干、雷を落としすぎたようだ。ぴくりとも動かない。
とりあえずおろおろしてみる。
柄にも無く頬に手をやって可憐さを演じてみるものの、なんとなく空々しい空気が流れたので即座にやめた。自分に可愛いのは似合わない。それ以外なら要訓練、場の空気を読む程度の能力は伊達ではないのだ。
ともあれ。
「後始末です」
腕まくりなどして、ごつごつした岩肌の山道を引きずるようにして、天狗を運ぶ。背負えば楽なのかもしれないが、服が汚れるので断念した。
それもこれも、天狗が無理にでも天界に行こうとするからよくないのだ。スカートも短いし、それでドロワーズなんか履いてたら意味ないんじゃないかと常々思うのだが、別に自分も履いてみたいとかそういうことを考えてるわけじゃなくて……。
「……はあ」
衣玖は疲れたように首を振った。
「妬ましい……」
この天狗、何食べてるんだろう。腰が細すぎるぞ。
引っ張っていた天狗の腕を下ろして、焦げくささの残る鴉天狗の脇腹を摘まんでみる。ぷに、とそこそこ柔らかい感触はあるものの、試しに自分の脇腹を摘まんでみて発した擬音に衣玖自身がへこんでいるところからするに、その差は歴然と言わざるを得ない。
その脇腹を引き千切ってやろうか! と叫びたい衝動に駆られ、ひとまず鴉天狗の横っ腹をあらわにする程度で収める。
特に意味はない。嫌がらせである。
風邪でもひくがよい。
「天界では、食べることに不自由しませんから……」
言い訳も虚しく響く。最早、言い繕うことさえ己を傷付ける。
鴉天狗も勝手に目が覚めるだろうから、この例えようのない疲労感を癒すべく帰路に着こうとした。
が。
「そこまでだ!」
裂帛の気合が衣玖の背中を襲う。
それと同時に、一陣の風を纏った獣が衣玖に迫り来る。衣玖は咄嗟に雷を召喚するも、風を手のひらに捕らえることは出来ないというふうに、白き狼はジグザグに躍動しながら徐々に距離を詰める。
「はあぁぁッ!」
横一文字に太刀が振るわれ、背を預けていた岩壁に、深々とその爪痕を刻む。返す刀で振るわれた逆袈裟の一撃は、天高く飛翔することで逃れることは出来たが。
「ふッ!」
息付く暇をも与えんと、白狼天狗は岩壁を蹴りながら衣玖に追いすがる。
「しつこい……ですよ!」
衣玖は天に差した指を天狗に翻し、稲妻の如き裂帛を込めて宣言する。
『 fever time! 』
やばい間違った。
「あぎゃぎゃぎゃ!?」
凄まじい勢いで、目も眩むほどの雷撃が天空から打ち下ろされる。あまりの眩しさに衣玖も目を開けていられず、眼下でどんな惨劇が起こっているのか、衣玖は硬く目を閉じて待つことしか出来なかった。
そして、ごろごろと何かでっかいものが転がり落ちる音が聞こえて、一通り雑音が聞こえなくなってようやく、恐る恐る眼下を窺う。
そこには、何やらこんがりと香ばしく仕上がっている狼の姿が!
「……えーと」
仲よく転がっている二人の天狗を見下ろして、衣玖はこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。
最近、天界を目指して突っ込んで来る輩が多いせいか、そんな彼女たちの猛攻を凌ぎ切るため、衣玖の電撃も知らずと強力なものになっていたようだ。初めのうちはちゃんと手加減をしていたのだが、今ではもう天に指を突き上げるだけで稲妻も立派に応えてくれる。ありがたいことだ。
とも言い切れないのが、籠宮の使いの辛いところである。
空気を読むのも一苦労だ。
「後始末です」
と、その前に。
衣玖はうつ伏せに倒れている白狼天狗の脇腹に触れ、ぷに、という感触が自分のそれと同じくらいであることに満足し、よっこらしょと彼女を仰向けに引っ繰り返して、隣の鴉天狗と同じように山伏に似た服の裾をめくった。
お腹まるだしの天狗が二人、いい感じに焦げている。
衣玖は、感慨深げに頷く。
「……うん」
何の儀式だ。
「冷えますね……」
見目麗しい天狗がへそだししてるのを見ていたら、何だか身体が冷えて来た。引きずるのが二人に増え、もはや衣玖の腕力ではにっちもさっちもいかない。というか、別に後始末などしなくても構わないような気がする。誰も文句は言わないことだし、鴉天狗は勝手に風邪でもひけばいいし、白狼天狗はそこそこお腹に肉があるからしばらくは耐えられるだろう。
よし、と衣玖は納得した。
「鴉が鳴いたので、帰りましょう」
適当な理由を付けて、衣玖はその場を飛び立った。
取り残されたのは二人の天狗、後に起きるのは白狼天狗が先であり、彼女が先輩天狗のお腹を目の当たりにして、まず何を思うのか。
それは、奇しくも竜宮の使いと同期していた。
嗚呼、妬ましや、嫉ましや。
比那名居天子
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