一日一東方

2011年10月26日
(香霖堂・名無しの本読み妖怪)

 


『朱鷺として烏合の衆』

 

 

 紅白の巫女、及び白黒の魔法使いにこてんぱんにのされた朱鷺の妖怪は、復讐の機会を窺っていた。
「雌伏の時……朱鷺だけに……」
「え、酔っ払ってんの?」
 知り合いの夜雀にも心配される始末。確かにあれからやさぐれて飲んだくれる日々が続いたが、今はこうして潰れる寸前まで屋台に居座る程度に留まっている。随分と成長したものである。
 コップの中にある氷をがちゃがちゃ鳴らして遊んでいると、もはや煙も出ない炭を火ばさみで弄りながら、夜雀のミスティアが難しい顔をして忠告してくる。
「でも、あれだよー? あいつら、たまたますれ違っただけで私のことボコボコにしてきたからね。どっか病んでるよね。間違いないよ、うん」
「なにそれこわい」
「まぁ巫女のやることですから」
 彼女たちの他にも烏がふたり、朱鷺の隣に座ってコップを傾けている。決して広いとは言い難い屋台は三人でも窮屈なくらいだが、いちばんの問題は全員が鳥類で羽が邪魔くさいことだと考えられる。
 頭に大きな緑のリボンを付けたのが、地底から来た霊烏路空。通称おくう。
 頭襟を付けて耳にペンを挟んでいるのが、鴉天狗の射命丸文。
 日々、件の人間たちに対して愚痴を零しに来る朱鷺に対し、ミスティアが業を煮やして呼び出したのが以上の二名である。ミスティアは正直、ふたりがちゃんと会合に参加してくれるとは思っていなかったのだが、幸か不幸かこうして対策会議にこぎつけることができた。
 おくうはともかく、文の方はほぼ確実に新聞のネタとして解釈している節があるが、かなり頭が回る方なので鳥類にとっては貴重な人材である。前者は完全に火力増強の意味合いが強い。そもそも忘れっぽさでは群を抜いているおくうが、会合の日時を正確に覚えていたという事実の方が衝撃的ではあった。
「とにかくっ!」
 台を力強く叩き、その勢いで立ち上がった朱鷺の顔は既に赤らんでいる。目の焦点は辛うじて合っているが、酔い潰れるのも時間の問題といえた。
「本を読んでるだけでブッ飛ばされたんじゃあ、こっちの身が持たないわよ! 何だかあの後も朱鷺鍋食べてたみたいだし、断固抗議すべき! そうすべき!」
 声も高らかに叫び、コップに残された氷を一気に呷る。口の中でばりぼりと氷の残骸を貪りながら、お酒に舌を浸してちびちびと飲んでいるおくうに人差し指を差す。
「はいそこの地獄烏! 君の意見を聞こう!」
「んー。おいしいねーこれ」
「大天狗ご用達の大吟醸ですからね。特別ですよ?」
「話を聞けえぇー! あと私も飲んでねえぞそれ!」
 段々と絡み酒の様相を呈してきた。空き瓶あり鰻の串あり、武器になりそうはいくらでもあるため、ミスティアは苛立ちに任せてそれらを投擲しないように自制するので精いっぱいだった。
「朱鷺が、虎になる……」
「本当、身の程を知れって感じですよね」
「あんた言うこと酷くない!? どっちの味方なのよ!」
「失敬な。私は面白くなりそうな方の味方です」
「はっきり言いやがったー!?」
 うがぁーと頭を抱えてのけぞる朱鷺に、ミスティアは目を覚ませと一欠けらの氷を投げつける。その弾丸をきれいに額に受け、あわや地面に落ちそうな氷を朱鷺はぱくっと口に収めた。変なところで器用である。
「もごご……、うぬぅ、お酒飲んでるだけなら、いつもと何も変わんないじゃない。腑抜けてるわよ全く。そこの天狗は人間に舐められたままでいいと思ってんの? 違うでしょ?」
 やる気のない同胞を盛んに挑発する。と、文は頬杖を突いて皮肉げに笑う。
「まぁ……、そうですね。負けっぱなしは癪ですけれど、私は相応の勝利も上げていますし。辛酸を舐めたまま地に伏していることを雌伏と表するような雛鳥とは格が違うのですよ」
「私もそうだなぁ。負けもするけど、勝つ時はちゃんと勝つもの。不意打ちなんかすると一撃で終わっちゃうからつまんないんだけど」
「火力馬鹿ですからね」
「馬鹿じゃないもん。忘れっぽいだけだもん」
 おくうがそれに同調し、また大吟醸をちびちびと舐める。
「ぐぬぬぅ……」
「もう諦めなよ。そんなに苛々してたらお酒も美味しくないよ」
 ミスティアに宥められ、朱鷺は渋々腰を下ろす。おくうの隙を見て大吟醸を奪い取ろうとして、お得意の馬鹿力で頭を叩かれてしばらくカウンターに突っ伏して動けなくなっていた。
 朱鷺が空回りしている以外は屋台も通常営業である。頭痛から復帰した朱鷺が、カウンターに顎を乗せてまたぶつぶつと愚痴をこぼしている。酒に飽きてきたおくうがその頭にコップを乗せて遊んでいるが、それにも気付かないほど酒が回っているようだった。
「ちくしょう……ていうか私たちの方が畜生なんだけどさぁ……うぅぅ」
「いいじゃないですか。今度、余っている書物でもお貸ししますから」
「あれじゃなきゃ駄目なのよぉ……続んでた途中だったのに……」
 何度も口惜しげにカウンターに頭突きを喰らわせ、その拍子に落下しかけたコップをおくうが拾い上げる。中身は既に空だったので問題はない。
「ちなみに、どんな内容だったんですか?」
「忘れた……」
「あやややや。しょうがありませんね」
「読んだ本の内容を忘れるとか……ププッ」
「あんたは本を読んだことすら忘れてるだけでしょうがぁー!」
「なんだとやんのかこらー!」
「まあまあ。どんぐりの背比べですよ」
「屋台がヤバいから火に油注ぐのやめて本当」
 文も懸命にこみ上げる笑いを堪えているから性質が悪い。ミスティアは皿を洗いながら静かに嘆息する。楽しく酒を酌み交わしているのならまだしも、取っ組み合いの喧嘩を始めて、それを天狗が葉団扇を持ち出して仲裁する破天荒な展開は元から願い下げである。
 吹き飛ばされかけたふたりが羽ばたきと共に帰還し、再び何事もなかったかのように発展性のない飲み会を続ける。正直、店主のミスティアとしては寿命が縮む思いだが、閑古鳥が鳴くよりはだいぶ具合が良い。
 夜も更け、朱鷺あたりが寝入ったらお開きかなとミスティアが安堵の息を吐いた時、屋台に近付いてくる第三者の足音が聞こえた。こんな夜中でも客が来てくれるのは嬉しい限りだが、今は場が混沌としていることだし、そろそろ暖簾にしよう。
 屋台の外に回って、申し訳なさを漂わせながらミスティアは告げる。
「ごめんなさい、今日はもう営業、が……、お」
「がおー?」
 おくうが振り返り、そこにいる人物を見て急に立ち上がる。文は首を向けたままコップを傾け、朱鷺はしばらく突っ伏したままだったが、肩を叩いてくる文に文句を言おうと振り向いた瞬間、ようやくその人物に気付いて目を見開いた。
「あ、ぁ……」
「なんだ、今日はいっぱいなの?」
 仕方ないわねぇ、と肩を竦める紅白の衣装は、朱鷺にとって忘れたくても忘れられない存在であった。わなわなと震える朱鷺を不審に思い、店主のミスティアに「これ酔っ払ってんの?」と目配せをする。
 苦笑いするミスティアと対照的に、気合一喝、声を張り上げたのは朱鷺であった。
「ここで会ったが百年目ぇーっ!」
 飛翔すると同時に弾幕を展開し、忌まわしき過去と決別するための第一歩を刻む。勝手に黒歴史扱いされて困ったのは霊夢の方だが、博麗の巫女は伊達ではなく、不意打ち気味の弾幕にも即座に対応して回避する。
「ちょっ、あんた……!」
 後退しながらも上空にお札を投げつけようと構えるが、視界の端に、したり顔で制御棒を構える地獄鴉が目に映り、攻撃を打ち切って大きく飛び上がる。
「――いッけえぇぇぇっ!」
 轟音。
 紙一重、かつて霊夢が立っていた場所を一筋の野太い光線が行き過ぎ、木々を薙ぎ倒しながら森の彼方に突き進んでいった。
 闇夜の静寂を掻き乱し、二羽の鳥と一人の人間が森の奥へと消えていく。
 完全に傍観を決め込んだ文は、おくうの飲み残した酒を代わりに呷り、肩を落としながら土煙を払っていたミスティアは、気だるげに文の隣に腰を下ろした。
「まぁ、どうですか一杯」
 こくん、と力無く頷いて、夜雀は鴉天狗の誘惑を受け入れた。
 唐突な弾幕戦の勝敗がどちらに転ぶかは解らないが、どういう結果になってもとばっちりを受けるのは屋台なのだろうなぁとミスティアは一気に大吟醸を飲み干し、そのあまりの強さに目眩がした。
 さらさらと、おそらくは新聞の記事を箇条書きにしているであろう、文がペンを走らせる音が聞こえる……。

 

 

 




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2011年10月26日  藤村流
東方project二次創作小説





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