ワンダフルライフ!

 

 

 

『この付近でのうーを禁止します』

 その立て札を見た瞬間、私は身体中の細胞が震えた。
 私を連れて夜桜を楽しみに来ただけのお嬢様に、どうしてこんなにも酷い仕打ちをするのか。
 お嬢様の人気を妬んだ下衆の仕業――すぐに思い当った、博麗の巫女が溢れ出るお嬢様のカリスマに恐れをなして、このような卑劣な手段に出たのだ。
 昨日、ここ博麗神社でお花見をしてる最中に出会ったのは、紅魔館の身内を除いたらあいつしかいない。
 何が博麗の巫女をここまでの凶行に駆り立てたのか?
 確かにお嬢様のうーの力は凄かった、凄かったがだからといって特に実害は出ず、せいぜい興奮した私が桜の木を根元から引っこ抜いて振り回して神社に当てた、その程度だ。
 ちゃんと後で植え直しておいたし。

「咲夜、私なら大丈夫よ」

 部下を気遣い、気丈に振舞うお嬢様の優しさに私は涙した。
 お嬢様は手を腰に当ててみたり、腕を組んでみたり、頭を抱えてみたりと取り留めの無い変化を続けていた。
 落ち着かないのだ、手にしっくりくる位置がないのだ……!
 巫女は立て札一つで拷問を行っている……お嬢様の安息を奪っている!
 お嬢様のうーが幻想郷で最も優れている立ちポーズだということは、今更言うまでもないだろう。
「カリスマだだ漏れ終身幼女」とまで呼ばれた伝説のポーズに匹敵する――あるいは妥協してそれの穴埋めが出来るポーズをすぐに探せといったって、それは不可能というものだ。
 咲夜よ、そうだと解っているなら、お前は早急に代案を出しお嬢様の不安を静めなければならないぞ。
 私は考えてコンマ二秒で答えに辿り着いた、桜の下にさっとお出かけシートを広げ、お嬢様を誘導する。
 立ちポーズが駄目ならば座ってもらおう。
 だが、座ってもお嬢様の手は落ち着かなかった。
 お嬢様が腰掛る椅子には常に肘掛があった、今それがないからお嬢様は両手を置く場所に困っておられるのだ。 
 私は決意を固めた、身体を丸めてお嬢様の隣に並んだ。
 自ら肘掛になる――これが咲夜の忠誠。 

「お嬢様、私をお使いください」
 
 お嬢様は満足そうに微笑んだ。
 微笑んで、私に乗りかかった。
 どすん、と。

(ち、違います……お嬢様これは違います……!)

 意思疎通が上手くいかずお馬さんごっこになっていて、私は慌てた。
 だけど何を喋っても悩ましい吐息がこぼれるだけで、既に私の背中はお嬢様のお尻に圧迫されており、お嬢様の占領統治下だった。
 咲夜の背中に降りてきた、お嬢様のお尻という名のエンジェル。
 エンジェルと言っても破壊力は壮絶、エンジェルという振り仮名に爆弾と書く、全身の血液が沸騰したところで咲夜は覚醒した。
 
「わおーん!」

 喜びの声を上げて私は走った。
 柔らかい事は正義だ、それがお嬢様のものならば神だ。
 背中に積んだお嬢様と言うロケットエンジンが咲夜わんを加速させる!
 いくぞ、三秒で終わらせてやる!
 お嬢様を苦しめた立て札目掛けて、私は突進した。
 立て札は渾身の一撃で夜空に舞い上がり、神社の敷地から出て行った。
 これでもう大丈夫。
 お嬢様がうーを解放するのを、私は見る事が出来なかったけど、お嬢様の安堵と喜びと私に対する感謝は私とお嬢様の接点から感じ取った。
 気分がのってきた私は、桜の周りを疾走した。
 石段から上がってくる他の花見客を見つけたので、唸って牽制する。
 今夜は紅魔館の貸切にしてやる!
 紅魔館の面々が遅れてやってきた。
 ノリにのっている私の背中に、どすんと乗ってくる妹様。
 あれあれ、いいのかな? 頑張る咲夜には良いご褒美である、二つになったエンジンは私の背中で融合し一つの姉妹になった。
 運転手は私だ、車掌も私だ、一番車両は幼女専用!

「ずっと私のターンだわーん!!」
  
 二人のきゃっきゃっという声が聞こえる、いいぞ、私はこういう雰囲気が大好きだ。 
 勘違いしないで欲しいが理性は失っていない、例え四つん這いになったとしても私はお嬢様方を喜ばすことを第一目標に頑張っている。
 わーんという語尾も、あくまでお嬢様に喜んでもらうために恥ずかしいのを我慢して行っているのである。
 お釣りがでかいからだ。
   
「……咲夜さん……あの……?」

 美鈴……! どうしてお前は流れを断ち切るような格好で現れるのか……!
 美鈴は困った顔をしていたが、私の方だって困っていた。
「ごめんなさい、私何も見ていません」といった表情をして目を逸らさないで欲しい。
 だから私はキッと睨んだ。
 お前がとろいせいで私が二人分のお嬢様を相手をしているのよ! と部下の後始末をしているような上司の睨みを利かせた。
 美鈴は私の睨みに怯んだ。
 それから背筋を正し「お疲れ様です!」と社から幹部を送り出すような敬礼をした。
 よろしい。
 一抹の不安を感じているお嬢様達を安心させるべく、私は神社の屋根に上った。
 地形を無視した咲夜わんのアクロバットな走りに、お嬢様達は拍手喝采!
 ありがとうございます、咲夜は幸せものにございます。

「咲夜……あなた」

 しまった、はしゃぎすぎた、紅魔館で最も恐るべき人物が……!
 見上げるパチュリー・ノーレッジ様は、お嬢様の親友であり、私のライバルでもある。
 私より上の立場を利用して、私からお嬢様を奪おうしていたりしていなかったり小悪魔といちゃついていたり魔理沙と周囲をやきもきさせたりする。
 正直何してるのか良く分からない。
 梅雨時にはしいたけが生えてくる。

「ちょっと降りてきなさい」
 
 これは逆らえない、お嬢様方も叱られちゃうのかと身を竦めていた。
 仕方なく私はおかんむりな魔女の前に下りた、なんということ……こんなエンディングが待っていたとは。
 これだけ働いた咲夜わんを労いこそすれお叱りは見当――。

 ――どすん。
 
 一瞬何が起きたのか解らなかった。
 気付いた時に鳥肌が立った、野郎、乗りやがった、この幼女専用車両に相乗りしやがった。
 巨乳はお断り……! と私は振り落とそうとしたが、お嬢様方まで落ちてしまうので無理は出来なかった。
 楽園が、私の楽園が危ない!
 私は美鈴を呼んだ、外部からの力でこの不埒な物体をどけてもらおうと思った。
 美鈴は何を思ったのか私の背中に座った。
 やめて! 美鈴!
 すぐに楽しそうな方に流されちゃうのは悪い癖よ、って口が酸っぱくなるほど言ってきたのに!
 さすがに四人は重かった。
 そこに小悪魔が飛んできたので、私は最悪な状況を避けてお尻を向けたが、小悪魔は何のサインと勘違いしたのか笑顔で乗って来た。
 いつの間にか巨乳の支持が過半数を超えている。
 楽園から地獄へ、そして乗車率250%、満員電車とか超過積載とかそういうレベルを超えてしまった私だが、それでも私は走る、いや走らなければならない、巨乳に圧迫されて苦しそうにするレミリア様が、フランドール様が、咲夜走ってと願う限り、この私が止まってはならないのだ! 
 忠義を示せ十六夜咲夜! 例え骨一つ残らなくても愛する者の笑顔が残る!
 
「わ、わおーん!」

 最後の力で神社に向かった。
 神社から眠たそうに出てきた霊夢が、迫るトーテムポールのような物体に目を剥いて大結界を張っていた。
 お嬢様が楽しそうに、突撃ー! と言って前を指した。
 正直そこから先はあまり覚えていないのだけど、お嬢様方が楽しそうにしてたから十分だと思った。
 





 

 翌日、お嬢様と博麗神社に赴くと、こんな立て札があった。


『この付近で幼女とハッスルすることを禁止します』


 神は死んだ、と思った。

 

 

 

 

■ 作者からのメッセージ

咲夜さんからさんを取ると大変失礼な感じがして夜も眠れないが、わんをつけると不思議と快眠出来る。



SS
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2007年4月8日 はむすた

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