うどんげ、取立てがんばる!

 

 

 

いきなり地味で悪いのだが、私は今、納品請求書を書いている。

「ウドンゲ、それ、終ったら今度これお願いね」
「はい、師匠。おまかせください」

隣で私に注文書を突きつけたのは、八意永琳。
月の頭脳の二つ名を持つ月人であり、種族の垣根を越えた私の素晴らしいお師匠様。
私の事を親しみを込めて愛称でウドンゲと呼んでくれる。
ちなみに私の正式名称は鈴仙・優曇華院・イナバ。
何で敢えてウドンゲで区切るんですか?と尋ねたら『だって格好良いでしょう?』と言われて、師匠の愛の深さに震えた想い出がある。

「あら、今月もやっぱり赤字」
「でも、師匠。先月よりだいぶ良くなって来てますよ」
「そうね」

下がり続けて底辺を這い回ってた売上グラフも、ほんの少しぶり返した。
これも請求書作戦のおかげであろう。
永遠亭の収入の実に八割を占めている師匠の作る薬は、これまで特に問題がなかったので口約束だけで取引されてきた。
が、最近になって取引相手の中になんという命知らずか、買った証拠がないじゃーん、と踏み倒す奴らが大勢出現したのだ。
嘗められてはいかん!と形からちゃんとしていこうとした取り組みの一環が、この請求書作戦。
それ以降、我々、永琳の薬販促隊は、ちゃんと受領書に判子を貰ってきます。エライ。
というわけで私は、複写式の納品請求書兼受領書にがしがしとペンを走らせてる次第にあります。

「ウドンゲ、ちょっと頼みたい事があるの」
「はい、何でしょう、師匠」
「薬品販売部の業績悪化のせいで永遠亭が火の車なのはお前も良く知っているでしょう?」
「そりゃあ、もう嫌と言うほどに」

悲しいかな、永遠亭に体力はもう殆ど残されていない。
養う兎達の増加。
増長する輝夜様の無駄遣い。
主食の人参の需要増加による継続的な市場価格上昇。
毎夜繰り返される輝夜様主催の大宴会。
今まで隠れてひっそりと暮らしていた頃から考えられない出費の連続だ。

本来は一家の長たる、輝夜様に真剣に考えてもらいたい話なのだけど、あの方はそういうのにまるで頓着なされない。
っていうか働かない。

今日も今日とて輝夜様は、旧友との久々の会合に「もんぺーっ!」「ニートォォッ!!」と嬉しそうに罵声を飛ばし合いながら抱きついて転がりまわって、そのまま悪口合戦に移ったが、あからさまなニートと言う責め言葉が輝夜様には急所過ぎて耐えられず、途中で輝夜様がブチ切れて「このサスペンダーがぁ!!」と罵りながらの膝蹴りが顎を捉え、そのまま格闘戦に発展しそうだったが、何故かどちらが胸が大きいかと言う論戦に突入し、輝夜様の敗北の匂いが色濃く漂ってきたところで、うやむやにするために一升瓶持ってきて昼間から酒かっくらって二人とも大の字に倒れた。

あんたらやりたい放題だな。
失礼。

「ウドンゲはこの状況に対して、どう動けばいいか解かる?」
「輝夜様にもう少ししっかりして頂きましょう。何も働けとはいいませんから。それは諦めましたから」
「……他には?」

師匠は輝夜様には甘いからなぁ。

「では、未だに料金を踏み倒しつつある一部の奴らを見せしめにするために、販売停止処分を行いましょう」
「ウドンゲ、自分から商売の間口を狭くするのは良くないわね」
「すみません……」
「切捨てなくとも、ちゃんと売上を回収出来ればモアベター」
「はい」
「ここに踏み倒しリストがある」
「ほぉー」
「これをウドンゲに渡す」
「はい……」
「後はリストの上位連中からウドンゲが回収頑張る」
「え?えーーーっ!?」

私の記憶が確かならば、踏み倒してる奴らってなんか凶悪な連中ばっかだった気がする。

「師匠、師匠ならともかく私程度じゃ踏み倒した奴らからの強制取立ては無理がありますよ!」
「そういうのは中身を見てから判断してもいいんじゃないかしら?」

それはそうだ、どれ。

一位.博麗 霊夢
二位.八雲 紫
三位.西行寺 幽々子

「無理ぃぃぃいいい!!!」

何だこのスタメン。
何よこの三者連続ホームランなクリーンナップトリオ。
これにうちの「永遠の日曜日」と紅魔館の「スカーレットロリータ」を加えれば無敵の五人組の誕生じゃないか。
レッド!イエロー!パープル!ブラック!ピンク!五人揃って、ボウジャクブジンジャー!
嫌だなぁ。

「師匠、勘弁して下さい!これ、やる前から結果見えてます!私、明日にでも兎料理店に並んじゃう!」
「まあまあ、何も全部回収してこいってのじゃないのよ」
「え?あ、でも……ちょっとでもきついっすよ?」
「零なら零でいいんじゃない?」
「いやそれはしかし……怒りますよね?」
「あら、ウドンゲはひょっとして私がお金のためだけに、薬売りをしていると思ってるのかしら?」
「ま、まさか……師匠!」

医は仁術なりですか!?
さすが師匠!ああ、誇らしい!帽子の星が輝いて見えます!
私、本当に貴方の弟子で良かったぁ!

「お金も儲かる、人体実験よ」

………ですよね。

―――――

残務をてゐに押し付けて、ナップサック一つよいしょと背負って私は永遠亭の門の前に立った。
しかし本当に大丈夫だろうか。
あいつらがすんなり金払う光景は、どんなに想像しても出てこない。
それどころか鈍器とか札とか針とか刀とか猫とかバールのようなものとかが、弾幕と呼べる密度でがんがん飛んでくる。
私、まだ生きていたいです。
神様、憐れなうさぎにもう少しだけ時間を下さい。

『ニートにもっと理解を!』

永遠亭の門の前に立てかけてあった看板を涙目で蹴飛ばしてから、私は飛び立った。

―――――

さて、何処に行こうかなと飛び出した後に考えた。
出来れば、何処にも行かず、思うままに空を飛んでいたい。

とにかく赤貧帝王は無理だろう。
この前、請求書もって行ったら『請求するなら金をくれ!!』と、物凄い逆切れを見させて貰った。
いっそ清清しい。

スキマ妖怪もこの間、穏便な取立てに向かったばかりだ。
請求書突きつけたら、おもむろにスキマに頭突っ込んでこんな事言いやがった。

『アー、アー、聞こえナーイ』

この丸尻を蹴飛ばしてやったらどれほどすっきりするだろうと歯軋りをしていたら、式の狐が駆けて来て尻蹴飛ばしてくれた。

後は、あれか。
大飯ぐらいの幽霊様か。
あいつは一番駄目っす。
請求書を郵送で送ったら、後日こんな手紙が帰ってきました。

『お手紙たべちゃいました』

ネタかマジか身内総出で三時間くらい悩んで、こいつなら有り得るという結論にいたった。
議論は白熱したが、結論を引き寄せたのは月の頭脳の一言「山羊が食えるものを、幽々子が食えないの?」だ。

で、この三人のうち、私は誰かを選ばなくてはならない。
しかし、こうやって並べてみると変人ばかりだな幻想郷。
幻想郷の三大疾病は食いすぎ、寝すぎ、遊びすぎに違いない。

とりあえずマヨイガの方向へ私は軌道を修正した。
寝すぎから行こう。
スキマ妖怪の説得は無理でも、あの狐変化なら、私の話を聞いてくれるかもしれない。

空の風を一身に受けると耳も心なしかピンと伸びた気がする。
頑張ろう。
永遠亭のために。

―――――

「訊かなくても解かりそうだが、今日はどうしたって?」
「はい、薬の代金の未払い分を取り立てに参りました」

ごく普通に、スキマ妖怪こと八雲紫は寝てた。
これ幸いと、玄関で声を抑えて挨拶をすると、金色の尻尾と蜂蜜色の髪が割烹着に包まれて現れた。
八雲藍。
可愛いというより綺麗といった印象を受ける人だ。
ついでに苦労人といった印象も付き纏う人だ。
来意を告げると応接間に通され、座布団にお茶請けまで出してくれた。
ウドンゲ感無量。
やっぱりこいつはいい奴だ。

「金の取立てか、大変そうだなお前……えーっと何だ、うどんげ?」
「いいえ、ウドンゲです」
「だから、あってるだろ?」
「もっと角ばって格好いい発音なんですよ。はい、復唱。ウドンゲ」
「うどんげ?」
「んー、今ひとつ甘ったるい!」
「拘りはいい事だな。頑張れ。で、うどんげ」

なんでみんなそんなジーンズを尻まで擦り下げたような、気だるげな発音になるんだろう。

「……辛いよな。主が働かないってのは……」

その一言に彼女の悲哀が全て込められていた。
全く同感。
ああ、素敵。
今すぐ、馴れ馴れしく肩を組んで主人の愚痴を吐きながらはしご酒をしたい!きっとマブダチになれるわ。
が、立場上そうもいかないの。
私は決死の覚悟でお金を取りに来たのだ。

「八雲藍さん、申し訳ありませんが早速本題に入ります。これを見て下さい」

ナップサックから、薬の購入量が書かれた一枚の紙を取り出して、ちゃぶ台に叩きつけた。

「酔い覚まし、頭痛止め、肩凝りを治す丸型磁石、更には黒酢ダイエット一式まで全部代金未払いですよ!」
「そうか、未払いか。全くとんでもないスキマ妖怪だな、黒酢ダイエットってなんだよ……」

その口調とは裏腹に、藍の顔からふっと優しさが消え、細められた瞳は鋭利な刃物のような光を映した。

「だが、私には八雲紫様の命がある。どんなに理不尽でもこれは命令なのだ。そう簡単に金を渡すわけにいかん!」
「買ったものの金を払うのは人として当然の責任でしょう!?」
「駄目だ、猫缶が優先!」
「優先順位可笑しいわ狐畜生!」

友達になれると思ってたのに、嗚呼、運命って非情。
しばらく臨戦態勢のまま、睨み合いをしてみた。
八雲紫がこやつの意思に一枚噛んでるとなると、そう簡単に揺らぎそうにない。
どうしようかほんと。

「あら、うどんげちゃん。今日も可愛いわね」
「ひっ!?」

いきなり目の前の空間に逆さまの顔が現れる。
それこそ唇が触れ合いそうな距離だったので、飛び上がるほどに驚いた。

「ち、近すぎっ!あんた近すぎ!」
「起きたんですか、紫様」
「そうよー。お腹すいちゃったわ」
「昼ごはんなら枕元に置いておいたでしょう?」
「あら、あれはおやつでしょう?」

やばい、これで二対一になってしまった。
風向き思わしくないな、この辺が引き際かな。
しかも私に向き合ったままで、ちゃぶ台の向こう側の狐と長々と漫談を続ける紫。
っていうか……紫あんたせめて後ろ向け……離れ……喋るなって……髪ちょっ……邪魔……鼻が当た……あふんっ…唾が……

「うざったいんですよぉぉぉ!!」

首根っこ引っ捕まえて思いっきり引っ張ったら、ところてんみたいにスキマから紫が押し出されてきて、ちゃぶ台の上にぺちょんと潰れた。
お茶請け台無し。

「真昼間から、ずいぶんアブノーマルなアプローチ方法ね」
「アブノーマルなのはあんたの脳みそだ!いい!?私は金を取りに来たの!あんたの未払分!」
「未払い?何の?」
「ほら、紫様が買った健康食品や頭痛止めですよ」
「ああ、あれね。仕方ないわね。お金持ってくるからチョット待ってなさい」

そのまま、またスキマに入って消えていくスキマ人。
え、これってひょっとしてお金払ってくれるって事ですか!?
こんなにあっさり!
やたっ!師匠に誉められる!撫でられる!
スキマ様は四角い白い紙を三枚持って、再び穴から這い出してきた。
あれっこの辺の紙幣ってあんな形だっけ?
何これ?

「はい。霊夢の腋写真三枚ね」
「………」

無言で藍さんが私にスキマ妖怪を飛ばしてきてくれたので、それをラリアットで撃墜した。
ナイスジョブ藍。

「ちょ、ちょっと何するのよゴールデンコンビ!マスク狩り?痛いじゃない」
「これの何処がお金ですか!?私、腋興味ないですよ!」
「ふっ、何言い出すかと思ったら。ちゃんと買い物できるのよそれ」
「嘘付け、こんなもん持ってパン屋行ったら、パンの代わりに拳骨飛んでくるわ」
「いやいや、三枚もいらない。食パン一斤なら相場一枚でいける」
「買えるのかよぉ!!!」

カチ割らんばかりに私は頭からちゃぶ台に突っ込んだ。
霊夢の腋に普遍的な価値があるというのか。
それともパン屋の親父がただ変態なのか。
どちらにしろ、私はもう限界だった。

「もういい!帰る!私もう帰る!そんなディープな世界見たくない、知りたくない、おでこ痛い、師匠〜!」
「何だ、本当に帰るのか?」
「パン屋の親父と腋談義で盛り上がるくらいならパンなんていらないよ!」
「ふむ、相当きてるな。ちょっと待ってろ」

藍さんはこんなやり取りの中でも、冷静さを失ってなかった。
スキマ妖怪をひょいと抱え上げると、部屋から出て行った。
取り乱しまくった自分がちょっと恥ずかしくなって、顔を伏せた。
私も見習わないと。
それとも、もしかして、この人の日常っていつもこんなのです?
涙腺に熱いものがこみ上げた。

「お金はないが、これを持っていくといい」

戻ってきたのは藍さん一人になってたけど、紫の代わりにちゃぶ台の上に金色のオルゴールが登場した、蓋を開けると気高くて儚げな音が部屋に流れ出す。

「綺麗ですねぇ」
「だろ?マヨイガから持ち出したって言えば、多少の金になるさ」
「本当にいいんですか?」
「あぁ、問題ない」

しかし問題ないといわれても、そんな顔されてては……。
藍さんは、遠い日々を懐かしむように眼を瞑って音色に耳を澄ませている。

「昔は紫様も……もっと私に付きっ切りだったのにな……」

聞こえるか聞こえないか位の呟きを最後に、オルゴールの蓋は閉じられた。
私の知らない、この人達だけの歴史があるんだなと思った。

「勘違いするなよ、うどんげ」
「はい?」
「私は今でもとっても幸せだぞ」

一つ私に手を振ってから、割烹着の人は颯爽と奥に消えていった。

―――――

オルゴールをナップサックに詰め込んで、私はマヨイガを後にした。
なんとわたくしウドンゲは、皆様の予想を裏切り踏み倒し二位から見事に物品回収出来ました!
……でも、値段わからないぞ、これ。
後は、踏み倒し一位の赤貧帝王と三位の大飯食らいの大幽霊が残ったのですが。

「どっちも行きたくなーい!」

ちぎれ雲の下に絶叫が木霊する。
このままおうちに帰りたい。
少なくとも赤貧帝王は相手にしたくない。

だけどなぁ、残ったのも『お手紙たべちゃいました』だからなぁ……。
働かざる事林の如し、今夜の晩飯山の如く!
要求と働きがまるで一致しない!三大疾病、食いすぎに特化した西行寺最強の女!
……ってそもそも、あの幽霊とちゃんとした会話になるかしら。
私、晩飯にされたらどうしよう。

想像の果てはうさぎの葬式にまで飛び、師匠が骨も残らなかった私の棺桶の前で涙を零していた。
……てゐが柱の影でにやにやしていた。
ゆるせん!てゐ!
死なんよ!私はまだ死なんぞぉ!

そんな私の眼前に、白玉楼は静かに姿を表わしたのである。

―――――

「あらあら、まあまあ」

西行寺幽々子はあっさり見付かった。
出来れば、常に身の危険を感じるこいつより、従者の庭師の方を見つけたかったが、いるんだから仕方ない。

「こんにちは、えー、その、薬の代金の方をですね、集金にあがらせてもらっ……その目はやめんかい!」

今にも噛り付いてきそうな、幼児の『これって食べられるの?』的な疑問符が浮かびまくってる幽々子の顔を押しのけて、食用ではありません食肉は断固お断りだという事を伝えようと頑張った。

「先に言っときますけど私は食べられませんから!ユーシー?何?挑戦する事に意義がある?そういう問題じゃねーよ!」
「いやいや、それは置いておいて。今日は一緒じゃないのかしら?銀髪の」
「ああ、師匠ですか?いませんよ」
「ほぉ……」

扇子を口に当てて含み笑いを漏らす幽霊。

「ふふふ、いいんじゃない?遠いところ、わざわざご苦労様」
「あ、いえ。そんな」
「ここで立ち話も何でしょうし、ささ、うちの方へ上がって下さいまし」
「は、はい。そりゃどうも……」
「そうだ、良かったら、一緒にゆうげでもどうかしら?」
「ええ?でも、私ただ集金に来ただけですし」
「まま、積もる話もあるでしょう。精一杯のおもてなしをさせてもらいますわ」
「ほ、ほんとに?何だか悪いなぁ」

話してみればこの人もいい人じゃないか。
私、勘違いしてました。
誰だよ、大飯食らいの大幽霊とか言ってた奴。はい、ごめんなさい。

「妖夢ー。妖夢ー!今日の予定は変更よー!お客様と一緒に兎鍋にしましょうー!」

お客様は鍋に入る方ですか。

―――――

「それで、代金の取立てに来てたのか」
「そうなんですよ」
「兎って美味しいのよね〜」

白玉楼の庭師。
幽々子の懐刀にして、幻想郷屈指のちゃんと主を立てる健気な従者。
そんな魂魄妖夢が間に入ってきてくれたお陰で、何とか私は引ん剥かれずに済んだ。
もう少しで因幡の白兎にされてた。

「貴方のところの師匠には、例の一件でずいぶん世話になった。私の恩人といっていい」
「はぁ……」
「たまには珍しいものを胃袋に落としたいものだわ〜」

何かあったの妖夢?

「しかも、あの方は治療費も受け取らず……まさに医者の鑑」
「妖夢。これは好機よ?未曾有の兎鍋に向けての、千載一遇の好機を逃してもいいの?」
「幽々子様は少し黙ってて下さい!」

おお、す、すげぇ。
一体どうしたのだ妖夢よ。
そんなに師匠にでかい恩があったのかしらん。
まさか、お前が幽々子に逆らえるとは夢にも思わなかったぞ。
良く解からないが、師匠には感謝しておこう。

「ところで、一体幾らくらい幽々子様は薬を使われてきたのだろうか?」
「はいはい、えーっと」

ナップサックをごそごそと……あったあった。

「えー、読み上げますところ〜、酔い覚ましが三つ、パンクレアチン入り消化酵素剤が一瓶、それから」
「待って、パンクレアチン何だって?」
「まあ、豚のすい臓から作った胃薬ってところですかね」
「そう、胃薬……胃薬!?」

妖夢が不安そうに幽々子に目線を移した、幽々子の方は罰の悪そうに目線をそらした。
何、この湿った重い空気。
たかが胃薬一個じゃないの。

「幽々子様、どこかお体に悪いところがあるのですか!?」
「そ、そんなことないわ妖夢」
「言われてみると、この間だって高だか六人前の焼肉を残しておられませんでした!?」

普通残すわ阿呆。

「いや、私脂身あんまり好きじゃないし。とりあえず横に退けてただけ」

話の流れと関係ないんかい。

「じゃ、じゃあどうして胃薬なんて幽々子様が」
「だって……昔、私が妖夢の作ったご飯残した時に私に寂しそうな顔見せたでしょう?見てて辛かったのよね……」
「まさか、そんな……幽々子様それだけの事で」
「こうやって胃薬を常備しておけば、万が一の時にも、あの顔を見なくて済むじゃないの」
「幽々子様……」
「もう……そういう顔が見たく……ないんだってば……ほら」

――がばっ

二人は抱き合って、いきなりおいおいと泣き始めた。
えっと、これ、何て芝居?

「す、すみません、ぐすっ、うどんげ、少しだけ席外してもらえるかな?」
「え、ええ、いいけど……」

障子をぴしゃりと閉めて、私は外に立った。
本当だったのかしら……結構涙もろいのね、幽霊になっても人間は人間か。
涼やかな風が頬を撫でていく中で、散っていく雲を目で追って時間を潰す。
あ、そろそろ、空に赤みが走り始めたな。
この調子じゃ、霊夢のところに行くのは夜になりそうだわ。
どっちかっていうと夏の夜より秋の夜の方が好き、虫の音が綺麗だし。
………。
ところで、まだかな?
………。
まだかな?

「あのぉ……もしもし?」

障子をノックしても一切応答がない。

障子を開ける。

計ったように誰もいない。

「しまったっ!踏み倒されたぁっ!!」

―――――

「ちくしょう……ぐすん、月兎の純情を弄びやがってぇ……ち〜ん!」

夏空のキャンパスに涙の架け橋を描きながら、私は夜空を疾駆する。
最後のは鼻をかんだ音。

「師匠に告げ口してやる〜!」

ええ、どうせ告げ口より先に回収できなかった事に対しての子供じみた言い訳に必死になるんでしょうけど。
眼下にぽつぽつと灯る生活の火に、幸せな団欒があるだろうと思うとむかついてきた。
その中で、てゐが師匠に甘えている姿を想像して、よりむかついた。
そこは私の席だっての!返せ!
目の前でにやにやするてゐに、鼻かんだティッシュを投げつける。

もういいよ!赤貧帝王、ドンと来いだ!
とっと済ませて帰ってやる!

古色蒼然の、趣きある、うらびれた、いや、ぼろっちぃ。
そんな神社が見えてきたのはその時である。

―――――

人間界と幻想郷との狭間で「我輩は貧乏である!お金はまだ無い!」と激しい主張をする。
そんな博麗神社に、妖怪は迷い込んだら死んだフリをしろとまで言われるくらい、それはもう恐ろしい巫女さんが住んでいる。
博麗霊夢。
退屈そうにあくびをしながら数々の弾幕を避わして致死量の札を差し込んでくる、妖怪の天敵。
でも、幻想郷の中では結構良識人な方であると思う。
普通の時はだけど。

「紅白の巫女、金払えなくて、鬼となる」

詠み人ウドンゲ。字余り。

ちっとは儲かってるといいけど、と思い賽銭箱を覗いてみる。
みみっちい小銭が広々とした賽銭箱の端の隅の角の極一部で遊んでいる程度だった。
儲かってないわこれ……。
そもそもこの神社、宴会ぐらいにしか使われてないんじゃ。

「何やってんのよ、あんた」

瞬間、氷の柱を背中に入れられた気がした。
奴だ。
間違いない赤貧帝王の降臨だ。
それにしてもこの後ろから漂う威圧感は異常。

「あんた今すっごく失礼な事考えてない?」
「い、いえとんでもございません」
「何、その敬語?」
「あ、あの本日はお日柄も良く」
「夜に言うか普通?」
「え、ええと雲ひとつ無い秋の夜空で」
「月隠れてるわよ」

駄目だ、まともに頭が回転してくれない。
こうしてる間にも脂汗が浮かび、鳥肌がぴぴっと。

「で、何の用?」

き、来た。
怯むな!ここしかない!言うぞウドンゲ!

「薬販促隊のものですがビタミン剤の未払分をですね!いい加減払ってもらえませんか!?」
「ああ、それで敬語なんだ。と、言われても。払うお金がないんですけど」

両手をだらしなく広げてお手上げのポーズをとられた。
負けるなウドンゲ、金ならあったじゃないか!

「さ、賽銭箱にあるじゃないですか」
「賽銭箱?見たの?」
「あ、うん……いえ、はい」
「へぇ……」

紅白の巫女は賽銭箱まで歩くと、ぬぅと顔を突き出して中を覗いた。

「本当だ溜まってる、毎日毎日、懲りないわねあいつも……」
「毎日?懲りない?」
「あんたが気にする必要はないわ」

どういう仕組みか、賽銭箱の格子蓋が、がこんと上に外れた。
その蓋を地面に置くと、紅白の巫女は浄財を一つ一つ手で集め始めた。

「人間のお金で悪いわね」
「………」
「やっぱり、少なすぎて不満?」
「ち、違うってば」

それこそ生命線である賽銭を私に渡すだって?
ありえないよ。
どうして、今日はこんなにしおらしいんだこいつ。
この前なんて金払えの一言だけで「二重弾幕結界決壊(かわせない)」という、とんでもなく理不尽な技をくらわさせられたのに。

「あれ?何だ、五円玉ばっかりだ、これ」
「それはそうでしょうよ」
「は?」
「同じ奴が賽銭箱に放り込んでるのよね」
「何で?誰が?」

霊夢は、腕を組むと考え込むように下を向いた。

「やっぱ、言わないでおく」
「気になるじゃない」
「気にしないほうがいいって」
「出所不明って、怖いってばそういうお金」
「大丈夫よ、全部魔理沙のお金なんだから」
「魔理沙の?」
「あ……」

霊夢は観念したのか、頬をかいて照れ笑いを浮かべると、溜まっていた何かを吐き出すように、空を見上げて語り出した。

「魔理沙がね、最近夜中にこそこそ神社に来るのよ。何してんだろって不審に思ってたわ。
あんまり毎日来るものだから、くだらない悪戯でも考え付いたのかと思って、その夜は見張ってたのよね。
そしたらあいつ、賽銭箱の前まで来て五円玉一枚投げ込んで、真顔で祈ってるんだもの。笑っちゃうわよ。
そんな夜がしばらく続いた朝だっけかな、あいつ喜色満面の笑みでこんな事言い出したの」

『良かったな霊夢。これだけの人が五円玉入れてるなら、そのうちこの神社にもお金にご縁があるだろうぜ』

「あいつ、あれでばれてないつもりなのよ。未だにね……ほんっと馬鹿みたい……」
「………」
「さ、それで、もう一銭もないわ。夜も遅いんだからとっとと帰ったら?」
「……受け取れない」
「え?」
「これ、受け取れない!」
「ちょっと何よ、どうしたのよ、うどんげ」
「さよなら!」
「あ、こらっ、待ちなさいって、こらぁ、そこの兎ー!」

博麗神社を逃げるように飛び出して、飛んで、逃げて、逃げて、、、やがて涙の圧力に捕まった。
本当は私にも解かってた。
全部、嘘なんだろうって。
私を化かす為の演技なんだろうって。
ほら、あいつ、空飛べるのに追い掛けてこないじゃないの。

それでも私が嘘に騙されてる間は、楽園の素敵な巫女は貧しくても本当に素敵なままでいられるし、モノクロの魔法使いの心は夏の夜空より煌めいて、二人の友情は天の川でも決して阻めない程に深いのだろう。
だったら、それでいいじゃない。
昔話にもあるみたいに、亀に騙されて赤い目を泣き腫らすのが兎なのよ。
……てゐに笑われる。
ハンカチを取り出して、顔を洗うように乱暴に目に擦り付けた。
師匠はどうだろう、泣いて帰ったら怒るかな、心配してくれるかな。
弟子が簡単に騙されたと落ち込むかな。

だけど、涙を拭う時に一瞬だけ。
私は五円玉一枚握って、夜の闇に躍りだす魔理沙の姿を見た気がした。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

初めまして。
初投稿にて、至らぬところも多々あるかと思いますが、どうかご容赦下さいませ。
ご感想、指摘、突っ込み、大歓迎です。

うどんげのしわしわの耳が好きだぁ。



SS
Index

2005年9月17日 はむすた

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