タイムアウト

 

 

 

 咲夜、咲夜。
 ちょっと来なさい、いいから来なさい。
 掃除なんて後でいいから。
 そこに座りなさい。
 馬鹿、正座よ。
 ……。
 あー、やっぱりね。
 どうもおかしいと思ってたのよ。
 今、あなた、正座しなさいって言ったとき、ちょっと嫌な顔したでしょ?
 ほら、口答えした!
 これだ、これだもの、完全で瀟洒なメイドが聞いて呆れるわ!
 最近、カリスマが出てきたからって、調子に乗ってるんじゃない?
 何が滅相もございませんよ、聞き飽きたっての、それ以外に気の利いたこと言ってみなさいよ。

 ごめんなさい。
 悪かったわ。
 咲夜は、こういうの苦手だったわね。
 ソーメンもございませんって……全くチルノも凍る……。

 今日は、咲夜に言いたいことがあるの。
 従者ってのは主を立てるものじゃないのかしら?
 そうよね、そこで素直に頷いてくれる咲夜はとても可愛いわ。
 だけど、どう?
 本当に咲夜は、それを守れているの?
 先日、運命の整理をしていたら見逃せない事実が次々と露呈しちゃってね。
 枚挙に遑がないって、こういう事かしら?
 当然、アルバムの話よ。
 だけど、アルバムの整理をしてたら〜、なんて始めから言ったら私の格好がつかないじゃないの。
 普通は、解っても主を思ってスルーだわ。
 そういう箇所を含めて、今日はお前を徹底的に叩き直してあげるから、ちょっと覚悟しときなさい。

 まずは紅魔郷からいこうか。
 霧の異変の時の話だけど、これは咲夜もよく覚えているでしょう?
 咲夜は五面のボスを担当していたのだけど……。
 なんか、強くない?
 強くないというか、私よりも強くない?
 これ、おかしいわよね?
 通常弾幕からして厭らしさ全開だし、胡散臭い判定のナイフで侵入者がみんな死んでいくわ。
 これじゃあ、見た感じ咲夜が館最強に感じるのも、無理はないでしょうよ。
 見た感じで物を言うな? うるさい! 見た感じでペド姉妹とか呼ばれてる私の身にもなってみなさい! 
 だからー! 口答え禁止だってば!
 五面からこんなに頑張ったら、ラスボスである私のカリスマが台無しになるでしょうが!?
 私は要するにそこが言いたいのよ! 何で咲夜が一個前の面で頑張っちゃうのよ!
 しかも、お前、六面で出てきたら、急に弱体化してるじゃないの!
 心当たりあるでしょう!?
 ……いいわ、今から運命に録音してある言葉を私の声で再生するから、心して聞きなさい。

「お嬢様の怒られる前にせめて1ボムでも潰させないと〜 」

 聞こえた? メモッとけよ。
 お嬢様の怒られる前にって何か変、とかそういう事に突っ込みたいんじゃないわよ。
 見た感じ、通常弾幕がずいぶんと生暖かくなってるわね、咲夜には残念だけど、私はもっとかしら?
 お嬢様を前にして手を抜くなんて、お前はどういうメイドなのよ?
 ……ほう、手は抜いていないと申したか。
 弾幕なんて、人により感じ方が違うし、当然、難易度も変わります〜と申したか。

 よろしい、ならば、奇術エターナルミークだ。

 忘れたなんて、言わせないわよ。
 あなたが六面で出した唯一のスペルよ。
 名前からして強そうよね、殺人ドールであの強さなら、エターナルミィーック! ってもう画面中から無限のナイフが飛んできそうよね。
 私も大いに期待してたわ。
「この子、ボムどころか残機まで削る気だわ!」って期待でお尻が震えたわ。
 紅い月の裏から、いっけー咲夜ぁー、ってお前が喜びそうな幼女声だして応援してあげてたわよ。
 ところが、びっくり、開けたら中身は全部丸弾! 時止めどころか、ナイフすらないって、大さぼりでしょう!?
 大チョンボでしょう!?
 ……時間いっぱいになりました、これよりお嬢様が登場します。
 そんな短い弾幕いるか! 妙に敵に優しいわ!

 丸弾ばら撒きなんて、門番や氷精ならカラフルにやってのけるってのよ。
 あー、それとも、私って実は高速弾も出来るんですー、って自慢だったのかしらね。
 ……あれ、少し言い過ぎた?
 でも、私の動体視力なら、あんなものは止まってるのと同じなのだもの。
 全然意味がないんだよ。
 私は咲夜の時止めやナイフ技能を認めて、私の傍においているの。
 勝手な真似をするのは百年早いわ。

 宜しい、許してあげる。
 その顔を見るに、良かれと思ってやったことだったみたいね。
 動機に対して二人に齟齬があったみたい。
 思い出してみれば、霊夢もなかなか苦戦してるじゃないの。
 結果的にボムまで出させなかっ――

 ……咲夜……どうして倒れた時に……敵にボムをあげてるの……?

 反省したかしら?
 さすがの人気投票上位も、これには猛省かしら?
 頷いたわね、見逃さないわよ、人気上位ってところで頷いたでしょ咲夜。
 ふん、どうだかね。
 まだ、あるわよ?
 あ、また嫌な顔した。
 ホーリーシット! って顔した。
 駄目駄目、そんなに頭を絨毯にこすり付けても許してあげないわよ。
 頭を擦りつけるフリをして、鼻血を絨毯で処理しているのがバレバレよ。
 というか、一体何に欲情したのよ? その姿勢じゃ足首くらいしか見えてないでしょうが。
 咲夜はどれだけ私を愛しているのよ。

 まあ、いいわ。
 次はね、永夜騒ぎの時よ。
 こちらはもう、いわなくても解ってると思うのだけど?
 咲夜、何でそんなにショボくなっちゃったわけ?
 妖々夢の時の強さは何処に消えたの?
 ソロでやると強くて、私とコンビ組むと弱いって、正味の話、嫌がらせだと思わない?
 うん、言うと思ったけど、主を立てる為に手加減したってのは紅魔郷の時が説明できなくなるから駄目よ。
 さあ、どうなの?
 ああいう場面こそ、従者が盾になり頑張るべきじゃないの?
 ほぼ終始、主の私を矢面に立たせといて、貴女は後ろで何をやっていた?
 ……。
 尻?
 ……何よ、尻って?
 そういえば、咲夜、ずっと私の後ろを飛んでいたな……。
 あはは、ちょっと待て、私の後ろで何をしていた咲夜ぁぁぁー!!!

 お座り!
 お手!
 ふんっ、忠誠度はまだ高いらしい!
 躾がなってなかったか。

 その辺りは私も反省すべき点ではあるわね。
 明日から咲夜のスケジュールは私が管理するわ。
 ほう、嬉しそうだな。
 では、朝の着替え担当からも外すと言ったら?
 ……急に死んだ魚のような目になるのはやめなさいよ。
 言った私の方がショックが大きいわよ。
 人生の価値ってそんなもんじゃないでしょう?
 ね?
 はい、れみりあうー。
 続けていいわよ〜。
 れみりあうー、れみりあうー、れみりあ――よーしそこまで。
 暴走は許さん。

 随分といい顔になったところで、いよいよ文花帖の話をしましょうか。
 ええ、これは天狗の新聞のネタ探しという舞台で、ほぼオールキャストを実現したお祭りのお話ね。
 そのせいか、出られなかった極一部の、三姉妹とかが異様な嘆きを見せていたけど。
「今出ないで、いつ出るんだよぉ!」って末の妹が屋台で愚痴りながら血の涙を流していたのが懐かしいよ。
 一方、屋台主は、レクイエムを歌っていた。
 
 蒲焼は美味しかったけれど、閑話休題。

 文花帖の咲夜のスペル、完全に私を食ってるわよね?
 紅魔に続けて文花帖はもっと酷いよね、ここまで来ると勘違いじゃ済まされないよ?
 どのスペルも鬼の強さだわ、ナイフの隙間に一切の妥協がないわ、その割にはスペルの名前が適当なのがむかつくわ。
 一度聞いたら悪い意味で忘れられないでしょうよ、パーフェクトメイドなんて。
 普通止まるでしょうが、カード名を付ける前に、はっと我に返るでしょうが。
 私がカードに「スカーレットデビル」って付けるのと同じくらいストレートで恥ずかしいわ。
 だからネーミングは私に任せなさいと言ったのに。
 は? 何よ?
 永夜抄?
 …………あッ………。
 ボ、ボムの時のスカーレットデビルと、弾幕時のパーフェクトメイドを同じセンスで語るなんて、何て酷いメイド!
 あの良さが解らないうちは三流! お前は何年待ってやれば完全で瀟洒なメイドになるのだ十六夜咲夜ー!

 うん……。

 悪かったよ、今の逆切れはさすがにみっともなかった。
 しかし、そうか、咲夜は敬愛する私を模倣することで、少しでも私との距離を縮めようとしていたのね。
 私に近付く為に、わざとストレートに付けてみた、そういうわけね?
 咲夜は、どれだけ私を愛しているのよ。
 いいえ、そんな甘言に乗るデーモンロードだなんて思わないで頂戴。

 この際だから、もう一つだけいきましょう。
 あ、また嫌な顔した。
 ジーザスクライスト! って顔した。
 面白い顔するわね、咲夜。
 そういう表情をメイド達にも見せてやればいいのよ。
 喜ぶわよ。
 相対的に私のカリスマも上がるし、一石二鳥だわ。

 で、話は永夜抄の時に戻るわ。
 本物の月の下で、輝夜に会った時のことよ。
 覚えているかしら?
 私が満月を見つめて「まぁ、咲夜がいなくてもこの満月下なら無敵だけど」と格好よく切り出した。
 その時の咲夜の返答が、こちらなのだけど。

『あら、それは酷いじゃないですか。どんな場面でも、私は力になりますよ。頼りにしてください』

 これね。
 なんというか……これは……良いと思うわ……。
 忠誠心溢れる素晴らしい台詞だと思う。
 こういう台詞なら、いつでも私は歓迎してあげるのに。

 あら、意外そうな顔。
 また怒られると思っていたの?
 私だって褒める時は褒めるわよ、気が向いたらだけど。
 あーあ、気が向くまでこんなに時間がかかっちゃって、残念ね。

 ま、いいか。

 咲夜。
 もっと私を敬いなさい。
 そして、私の右腕として頑張ってる自分を誇りなさい。
 無敵のお嬢様と素敵な従者という関係を、いつまでも守っていきなさい。
 私が頼れる咲夜でいなさい。
 私の好きな咲夜でいなさい。
 頼りにしてるよ。
 今日、言いたいことはそれだけ。

 そろそろ喉が渇いたわ。
 咲夜、紅茶を――あら、用意がいいわね。
 ふん、生意気な口を利く……どうせ、時を止めたのでしょうに。

 

 

 

 


話したくて仕方が無い。
そんな表情でレミィは飛び込んできた。
久しぶりね、と言ってから私は本を閉じ、それから小悪魔に紅茶を二つ頼む。

レミィは私にアルバムを見せて、魔法は成功したわ、と極めて上機嫌に言った。
机の上の色褪せた写真の中に、見知った顔が微笑んでいる。
気休めに言ったものだったが、枕の下に入れておけば写真の夢を見る、というのが効いたらしい。 
懐かしくも傍若無人な話が続く。
私はジト目を更に細めて、話の節に相槌を打ってあげた。
案外、こいつは寝ているんじゃないか、とか思われてそうだけど、別にそれでいい。
聞くことが目的で、話すことが目的なら、私は適当な所で頷いていれば寝ていても変わらないのだ。

紅茶が来る頃には、話は終わっている。
話したかったくせに、話し終えるとレミィは寂しそうな顔を見せる。
それで何かを失ったように、自信の無い顔に戻る。
レミィが紅茶に息を吹く。
猫舌であった咲夜の真似をする。
それがたまらなくて、私はレミィを促した。

別れの挨拶を無しに、レミィは扉を開けた。
暗い廊下に少しだけ背が高くなった友人の背が消えていく。
今夜、空に咲く十六夜の月が、彼女に再び良い夢を見せてくれることを私は祈った……。



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2006年7月9日 はむすた

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