姉道

 

 

 

 窓の外で風に激しく乱れる紅葉が、会議の行く末を示しているようだった。
 レミリア・スカーレットはこの緊張をどうやって抑えるべきか考えていた。
 対面に座っている古明地さとりも落ち着きの無さを何度も指を組み変えることで現していた。
 ここにあと一人来る……。

 本日第三水曜は、幻想郷姉会議の日である。

「おはようございます。みなさん」

 二人は息を飲んだ。
 会長のルナサ・プリズムリバーが到着する事により、空気はより引き締まり、動けば皮膚が切れそうだった。
 これで全員が揃ったのだが……いつも破天荒で我侭無双なレミリアお嬢様でさえ、ルナ姉の到着には蝙蝠の羽を縮こまらせて萎縮してしまう。

 誤解があるといけないが、これは決してレミリア様がチキンハートなのではない。。
 姉界隈ではルナ姉の存在は伝説なのである。
 フリーダムでハッピーゴーラッキーなメルラン、狡猾で俊敏なリリカ、この制御はとても無理だろうという二人の妹を相手に恐るべき統率力と威厳をもって接し、それでいて甘えさせる隙を作るのも忘れない。
 これがルナ姉の姉力であり、わかりやすく指数で言うならば、彼女の姉力は67300。
 ……まだよく分からないという顔をする皆様に対して、簡単なサンプルをあげると――。

『魔物の大軍に攻められて落城寸前の城から弟を助ける為に自らおとりになって孤軍奮闘するのだけど最後には崖から落ちて消息不明になる姉』

 ここまでやって、ざっと姉力28000。まだ28000だ!
 この説明でルナ姉の67300という数字の尊さと偉大さを少しでも解っていただけらいいなと思う。

「それでは先月の活動について、まずレミリアさんから……」

 名指しをされてレミリアはびくっと震えた。
 先月の会合で、レミリアは瀬戸際に立たされていたのだ。
 彼女の姉力は現在325。
 これは町を歩いていてもたまに姉と妹を勘違いされるというレベルであり、300のラインを割ってしまうと「一般的にそれは姉と言っていいかどうか〜」と苦しむという数字になる。
 どうしてもこのラインは死守したかった。
 レミリアは机の下で嫌な汗をかいてる手の平を握った。
 大丈夫だ。
 だから先月は頑張って妹を地下から連れ出して一緒に遊んだんじゃないか。
 頑張った分だけ姉指数は上昇しているはず。
 せめて、400に、400にカムバック! さあ!

「ブンブン新興所さんの調査によると……うーん、現在のレミリアさんの姉力は282です」
「なんでっ!?」

 何で下がっている!?
 レミリアは机を叩いて立ち上がった。
 幾ら会長の発言とはいえ、これはさすがにおかしい。もしくはブンブンの野郎が手心加えたに違いない!
 レミリアは上座のルナ姉に手を挙げて異議を申し立てた。

「私頑張ったわ! 妹ととも毎日二時間は遊んだわ! 私の何が悪かったというの!?」

 レミリア姉(仮)は自らの努力と、妹の喜び具合に対して必死に説明した。
 同席しているさとりも明日は我が身かと震えている。
 だが、ルナ姉は冷静な顔で首を横に振った。

「いえ、これは当然の結果なのです。幾ら一緒にいる時間が長くても姉としてあるまじき接し方をしていては、姉力は下降してしまいます」
「あるまじき……ですって?」
「レミリアさんの行動は姉として相応しくないということです」
「ふ、ふんっ、冗談じゃないわ。私のどこが悪かったって――!」
「では、同ブンブン新興所さんが撮影してきたビデオの検証をしてみましょう」

 ビデオ――あるのか!
 ってか隠し撮りじゃん! んもう、あの天狗!
 レミリアは興奮したが、それと同時に自分が間違った行動をしてたのかという不安が暗雲のように湧いてきた。
 一体何がまずかったのか、彼女には見当もついていなかった。
 ちゃんと遊んだ、ちゃんと可愛がった。一体何故……。
  
 ルナサの背後の白いスクリーンに紅魔の日常が映し出される。

『今日のおやつはプリンですよー』

 場面はおやつの時間らしい。
 画面右にレミリア、左にフランドール、生クリームとさくらんぼがついたプリンが乗った皿を咲夜が置いていく。
 映像は続く。
 
『いただきまーす!』

 二人とも手を合わせて、きちんと挨拶をしてい――いや、レミリア様違う! 早く食べたくて、いただきますを口の中で省略した! 何だよ、いっす! って。
 第三者のさとりもこれには開いた口が塞がらない。
 しかも食べてる最中こぼすわこぼすわ、おべべ汚れまくりで、口の周りにはクリームつきすぎ。
 さっさと一人で食べ終わったら口寂しそうに指を咥えて……ああ、ひどい! 妹のプリンを腕力で横取りだ!
 フランドール嬢号泣。
 咲夜さん慌ててかけつける。 
 ビデオのあまりの酷さにそのままさとりのアゴが落ちた。
   
「え、何!? 今の駄目なん!?」

 あんた気付いてなかったのかよ。

「うっそ! だって私そういう風に習って生きてきたのよ!?」
「駄目です、今は悪魔社会の常識よりも姉妹の関係の方を優先しましょう。これからも姉という立場を貫きたいという思いがあれば、ですが」
「そ、そんなこと言われたって、私どうしたらいいか……」
「ええ、今日はそんなレミリアさんの為に、正しい姉プリンの食べ方を用意してまいりました」
「ほう、正しい姉プリンの食べ方とな!」
「しかも、条件は厳しくプリンは三姉妹で一つにしました」
「ええっ、そんなの無条件で姉が食べちゃう!」
「こちらです、どうぞ」

 白いスクリーンに再び映像が、今度はプリズムリバー邸が映される。

『ルナ姉〜、プリン一つしかなかった』

 確かにリリカが持ってきたプリンは一つだ。
 ソファーにいるメルランとルナサさんを合わせて場に三人。
 一体このプリンをどうするというのか。

『じゃあ、三人で分けましょう』

 ルナサがスプーンを持ち出して、三つに分ける。
 レミリアはびびった! マジかよと!
 さとり様はちょっとがっかり、なんだ、普通じゃないですか、と。
 その時下に字幕が出る。

(このように、姉はさりげなく一番ちいさいプリンを取ります。決して恩着せがましくそれを話題に出さないように)

 字幕で驚愕の事実発覚! き、気付かなかった! 本当にさりげないルナ姉の配慮!
 しかも口に出してはならぬとは姉道とはなんて修羅の道なの……!
 レミリアは急いでノートを展開してメモを取った。
 さとりも続いた。

(スプーンをつけるのは妹達が食べるのを確認してから。食べる速度は妹より少し速く、ただし速過ぎずおこないましょう)

 この字幕にレミリアとさとりは一様に首を捻った。
 食べ始めをわざわざ遅くしたのに、妹より早く食べ終わる必要があるのか? 

『ほら、メルラン。汚れてるわ』
『んんぅ……』

(先に食べ終われば周りを見る余裕が出来ます。妹の口の周りに汚れがある場合、それを拭いてやりましょう)

 二人は放心した。
 なんだろうこの甘さ、芳醇でいてそれでいてしつこくない……。
 そしてこの寛容さ、ルナサの姉っぷりには見ている方が思わず妹になりたいと願ってしまうくらいだった。 
 いいや、もうなるね! 
 レミリアはルナサに甘えるため、飛びついて頬擦りをしようとしたが、その寸前で自分の立場に気付いて頬がへこむほど奥歯を噛み締めて踏みとどまった。
 私は……姉じゃないかっ……!
 僅かに残った姉プライドがレミリアの最後の防衛ラインだった。
 それをかなぐり捨てて飛びついてみろ、もうダムが決壊するようにルナ姉の妹になってしまう。
 レミリアはゆっくりと息を吐いた。
 そして決意する。

(やり方は分かったぞ。後は実践するだけだ……!)
 
 レミリアは持ってきた赤いバッグにがちゃがちゃとペンとノートを押し込んで、じゃ、お疲れ様っ! と挨拶したら一目散に己の館に向かって飛び立っていった。
 あまりに身勝手な態度にさとりは唖然として何も出来ない。
 ここでようやくアゴを戻した。

「あの……レミリアさんを止めないで良いのですか……?」
「いいのですよ」

 はあ、と返事をして、さとりは飛び去って小さくなっていく背中を目で追った。
 あの背中に背負った鞄……レミリアは『咲夜に買ってもらったブランド物バッグ!』と自慢気に見せびらかせているつもりみたいだけれど……。
 さとりは知っている。あれはランドセルって言うんだ……って。

 古明地さとりは落ち着いた言動と高い母性からなかなかの姉力を誇る姉である。
 姉会議に参加しているものの低ランクで必死なレミリアと違い、彼女はまだ姉として余裕がある6300という姉力を誇っている。
 だが、さとりは毎回学ぶつもりでこの会議に出ていた。
 普段心を読むことに頼っていたさとりは、いざ無意識の存在を前にするとどんな対応をしていいかわからなくなるのだ。
 姉として妹とはちゃんと話がしたい。
 締め付けられ、抑えつけられた母性というポテンシャルが妹に向かって解放されれば大きく姉力がアップしそうな気配がさとりにはあった。
 だから、胸の話じゃなくて。

「さとりさんも、宜しければ今の方法で妹さんとコミュニケーションを図ってみてください」
「え、ですが、私は……といいますか妹の方が……」
「心配しないで。無意識とはいえ、妹さんは姉であるあなたをちゃんと捉えていますよ」
「そうでしょうか……」

 何も見えぬまま妹に踏み込んで、妹に怖がられはしないだろうか。
 あの子は……自分のことを内心馬鹿にしているのではないだろうか……?
 重なる不安が落ち込みを誘ったが、それでも隣に立つルナサさんの微笑みを見ていると、さとりの胸から重たい何かがすうっと引いていくのを感じた。
 さとりもレミリア同様に決意した。
 明日のおやつで妹を誘ってみます。上手くいったら報告しますね、と。
 ルナサは大きく頷いた。

―――――

 さとりは悩んだ末、レティチル製菓の雪美だいふくをおやつに買い付けた。
 うん、このお菓子なら間違いないだろうと思う。
 味も申し分ないのだが、容易に半分に割れるので妹と分けやすい。
 それでいて雪を見立てて散りばめられた白い粉が、こいしの口元を汚すのも十分に期待できる。
 お菓子はこれでいいだろう。あとは妹が上手く捕まるかどうか……。

 次の日の朝、さとりは三時が来るのをそわそわと待って、幸運にもその時分庭で遊んでいたこいしを見つけて、座敷に呼んだ。

「こいし、今日は一緒におやつを食べていきなさい」
「わー、いいのー?」

 笑顔で寄って来るこいしを愛しいと思う。
 第三の目さえ閉じなければずっと一緒にいられたろうに……そう思うと目がじわりと熱くなった。

(小さい方が私、大きい方がこいしね……)

 さとりはルナ姉の教えを心の中で反復しながら、大きな大福をフォークで半分に切って、大きい方をこいしに渡した。

「さあ、どうぞ」

 ところが出された大福に妹が口をつけない。
 嫌い? と聞くと、ううんと首を振って、さとりの顔ばかりを見る始末。
 い、いきなり予定がずれたわね、と思いながらも、視線に耐え切れなくなったさとりは先にちびりと大福を口に付けてみた。
 そうすると妹もそれに倣って、笑顔で大福に齧り付いた。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 さて、この後どうするんだったか。
 たしか自分が先に食べて、こいしの口を拭いてあげるんだったわね……。
 さとりがそうやって悶々と考えながら食べていると、突然こいしがさとりが食べている大福をぐいっと下から押し上げた。
 
「えいっ!」
「きゃっ、ちょっと何を……! ああっ、馬鹿ね、汚れたじゃないの……」 
「あはは、お姉ちゃん、お口真っ白〜!」

 笑う妹を顔を赤くしてさとりは嗜めた。
 ああ、恥ずかしい、本当に何を考えているのかさっぱり分からない子だ。
 えっと、ハンカチ、ハンカチ、もう、あれだけ意識してたのに一体どこに消え――。

「えへへ、お姉ちゃん。汚れを取るのにハンカチなんていらないよぉ」
「え……?」


 ――ちゅっ。


―――――


『――このように妹との仲が急接近致しました。これもルナサさんのおかげです。
 妹は私と一緒にいることをとても楽しんでくれているようで、今日は二人で冬物のセーターを買いにいこうかな、なんて考えています。
 本当にありがとうございました。

 PS. 最近妹が傍にいると胸がドキドキするのですが、どうしたらいいでしょうか?』


 ソファーで手紙を読み終えたルナサは、眩暈を抑えるように右手を額に当てた。
 幸せな姉妹関係が誕生したことには立ち上がって拍手を送りたいが、追伸がアブノーマルな領域でかなり心配だ。
 同封の写真にはこいしがさとりの胸に顔をうずめて、こちらに向かってピースサインを送っている。
 ただおやつを一緒に食べただけで、どうしてこうも発展してしまったのか謎だが、自分が一緒に食べろと勧めただけにあんまりきつく問いただせない。
 ルナサはペンを取り、こう記した。

『美しい姉妹愛をありがとうございました。二人の関係を祝福致します。ただし節度は忘れないでください』

 ふう、と大きな溜息を下ろす。
 さとりさんは良識のある人物だ、きっと私の忠告を理解して健全な姉妹関係に戻ってくれるだろう。
 ルナサは力を抜いてソファーに身を任せた。
 どっと疲れた気がするが、今日返信しないといけないものはもう一通ある。
 寝返りをうって手を伸ばし、テーブルから真っ赤な便箋を引き寄せる。
 もう一通の手紙はレミリアさんからだった。
 こちらは上手くいっているといいのだけど……と、思いながら手紙を取り出す。


『ねえ、あれから、言うとおりにしてみたのよ――――』


―――――

 レミリア・スカーレットは昼の光にも負けず元気に跳ね起きて、おやつの時間を迎えた。
 体調良好、気分は絶好調、何しろ、今日はフランドールが心の底から自分をお姉さまと崇める日なのだから。
 今日のおやつは何かしら?
 プリン? ケーキ?
 なんでもいいわよ。出来れば生クリームいっぱいなのがいいけれどね。
 背中の羽も軽快に動き、優雅に笑いながら椅子を引いて座ったら、丁度咲夜がおやつを持ってくるところだった。
 とりあえずレミリアはいつも使っている自分専用のスカーレットの花が描かれた皿を、フランのと交換してやった。
 フランは喜んでくれている。いいぞ、まずはポイント+1。

「それで、咲夜、今日のメニューは」
「今日のおやつは新発売のところてんこですわ」
「はお!?」
 
 みょんな声が出た、何で今日に限ってそんな上級者向けのおやつを持ってくるわけ!?
 隣のフランを見ると、わーいとか無邪気に喜んでいて、あれ!? そんなメジャーなお菓子なのかしら!?
 ってかところてんでしょう?
 ところてんとかあんまり子供のおやつに出さないでしょう?
 レミリアは血走った目で咲夜を睨んだが、咲夜の方は気付いていない。
 しかも、ところてんこって何だ、ああ、天子がパッケージに印刷されているのね……そう、キャラクター商品なの……辛子も付いてるし中身は無難に普通のところてん――。

『ぷるるん、辛子ピーチ味☆』

 しまった、これはゲテモノ!!

「それではお分けしますね」

 分けるなよ! くそう、笑顔で何がぷるるんだ、本人は揺れないくせに!
 レミリアは思う。黒蜜かけとかならまだおやつとして許容出来るが、辛子ピーチ味って安息の一時を真っ向から否定してるだろうと。
 どれだけ勝負かけてるのだろうと。
 だが、おやつの変更は出来ないのが辛い。
 なぜなら、姉として出されたおやつが嫌で変更とかいう我侭を通したら好感度最悪になるからだ。
 レミリアは必死に我慢した。
 生まれてこの方初めての我慢だったのかもしれない。
 果たしてこのおやつに『あら、フラン口元にところてんが付いているわ』なんて展開があるんだろうか。
 ねえよ、んなでかいの先に気付くだろ。

「いただきまーす」

 挨拶をちゃんとしてから食べる。これは忘れていない。
 レミリアはフォークでぷるぷると震える桃色に染まったゼリーみたいなのを持ち上げて、改めて咲夜を恨んだ。
 殺る気満々じゃねえか……!
 フランは――あ、食べている。
 いけない、フランが口をつけたら食べ始め、先にこっちが食べ終わらないといけないんだった。
 レミリアは慌ててフォークに絡めた物体を口に入れた。
 次の瞬間、天子を、天人の味覚を、それからこの商品に関わった全ての馬鹿を恨んだ。
 桃、匂い出し過ぎだろ……!!

「ぐううっ!」
 
 レミリアは唸りながらところてんこを口にかきこんだ。
 ようやく味に我慢出来るかと思ってきたころに辛子の塊に遭遇して、そいつらが鼻に上ってきた。
 やばい、これは危険すぎる。
 今のレミリアがどれくらい危険な状況かと例えれば『動かざる事、山の如し』と宣言したばかりの信玄公が『バーカ! これが動かずにおられるかっ!』と逆切れしてトイレに走り出すほどの危険度だ。
 吐きたい、だけど耐えたい。
 レミリアは必死に言い聞かせた。耐えよ、耐えるんだ、ここが姉の死線、人生の正念場!
 血と汗と涙を流せっ!
 
「お姉様……?」

 気がつくとフランはフォークを休めて心配そうな目を姉に向けていた。
 レミリアは死ぬような思いで口にかきこんだところてんこを咀嚼しながら、妹の視線に引き攣った笑顔で応えた。
 な、何でこっち見てるのかしら、この子。

「お姉様、泣いているの?」

 心配いらないわ、とレミリアは鷹揚に返事をしたつもりだったのだが、声は扇風機を前にしたようなカタカナ声になった。
 食べられないなら食べられないでいいのよ、ご馳走様してしまいなさい、とレミリアは取り繕うように続けたが、フランドールは暗い表情で自分のおやつと姉の泣き顔を交互に見ている。
 
「悲しいの……? お姉様……」

 悲しいというか、痛くて辛くて辛いのよ……!
 早くっ! ハリーアップ!
 なかなか進もうとしない妹にレミリアの苛々が募ったが、フランドールは意を決したというように大きく頷くと、自分のおやつをレミリアの前に差し出した。

「……フランのおやつも、お姉様にあげる」
「え……?」
「だからお姉様、元気になって! いつもみたいな私の好きなお姉様に戻って!」

 目尻に涙の珠を浮かべながらフランは告白した。
 そんな姿にレミリアは衝撃を受けて、口の中の地獄も忘れて妹を見た。
 なんてこと……自分は自分の都合だけでフランに接していたのに……フランの方はこんなにも私を愛してくれていただなんて……。
 レミリアはそっと妹の髪に触れた。
 びくっと震えた妹の頭を優しく撫でながら、フランごめんなさいね、ありがとうね、と呟く。
 フランドールは耐え切れず嗚咽を漏らした。
 ぐっと抱きしめてやる。
 姉っぽいことは何も出来なかったけれど、レミリアの胸の中で泣くフランは、確かに私の可愛い妹であった。

 美しい姉妹愛を前に、柱の影で成り行きを見守っていたメイド長も胸を打たれのかハンカチを取り出して鼻の下を拭った。

―――――
 
『――私は姉として威厳の保ち方ばかりを考えていたけれど……妹が姉という存在を育ててくれることもあるのね……。
 この日を境にフランとの仲も急接近して、今では誰もが認める立派な姉妹になれたわ。
 もちろん寝る時も一緒。
 ありがとうね、ルナサ。

 PS. 最近妹が傍にいると胸がドキドキするのだけど、どうすればいいの?』


 お前もかよ、とソファーで手紙を読み終えたルナサは、頭痛を和らげるようにこめかみを指で揉んだ。
 レミリアの姉力が回復したのはいいが、どいつもこいつも節操がないというか、あまりにベタベタし過ぎじゃないだろうか。
 二人ともおやつを一緒に食べちゃっただけでここまで仲良くなってしまったのだから、放って置いても接近するのは時間の問題だったのかもしれないけれど……物事には何事も限度というものがある。
 ルナサ・プリズムリバーは節度やモラルに対して厳しい姉だ。
 ルナサはペンを取り、こう記した。

『レミリアさん、もう心配ないみたいですね。いつまでも仲の良い姉妹でいてくださいね。だけどドキドキするのはちょっと異常なのでドキドキしない範囲でお願いします』

 はああ、と大きな溜息を下ろす。
 まあ、心配しなくてもあの館には瀟洒なメイド長がいるから、おそらく妙な姉妹関係に発展する前に釘が刺されるだろう。
 ルナサはソファーにもたれて、木枯らしが吹く窓の外を見た。
 冷たいよりは暖かい方がいい。 
 だけれども熱くなりすぎるのは問題だ。
 姉と、妹、きちんと立場を踏まえて線引きしていかなければ、姉妹という言葉からくるイメージはいつしか歳の差だけになってしまうだろう。
 
(一緒に寝たり、ちゅーしたりするのはやり過ぎよね……)

 自分の頭が固いのかしら、とルナサはもう一度こめかみを揉み解して苦笑した。
 ああ、本当に寒くなってきたわ。ルナサは身体を両手で庇って、そろそろ風呂に入らないといけないと時計を見上げた。
 服を脱いでバスタオルを巻くと、バスルームへと続く扉を静かに開けた。




「あー、きたきた、ルナ姉おそいー!」
「ごめんねー、リリカ。ちょっと用事があって」
「姉さーん、シャンプーしてー」
「はいはい、メルランはいつまでたっても一人でシャンプー出来ないのね。よいしょっと」
「ルナ姉! メル姉の終わったら私と洗いっこ!」
「あらあら、ちょっと待っててね」


 ルナサ・プリズムリバーは節度やモラルに対して厳しいが、自分の妹達がたまらなく好きだという気持ちは最優先である。

 

 

 

 


「……見て穣子、姉妹の話だというのに私達の名前がカスりもしないわ」
「お、お姉ちゃん……」
「きっともう秋も終わりだからね……ああ、あの葉っぱが最後の一枚よ。あれが落ちた時、秋は死ぬんだわ……」
「ああっ、お姉ちゃんしっかり! 大丈夫、まだ秋が終わるわけがないよ! ちくしょう! 葉っぱ頑張れ! 負けんな、根性見せろー!」
「……ごめんね……さようなら秋……そして、こんにちは冬……」
「おねえちゃん……? おねえちゃん!! うわぁ! カムバーックオーターム!!」

というような事を毎年欠かさずやっている秋姉妹はとても愛情深い姉妹であるが、道を急ぐ通行人には「頼むから道の真ん中でやらないで」と不評である。



SS
Index

2008年11月16日 はむすた

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