早苗さん

 

 

 

『サナエでございまーす!』

 ってっててん♪ おさっかなくわえーたケロちゃん〜、おっかっけーてー♪
 はだしで、かけてく、ゆかいーなサナーエさん♪


………。


 ――舞台を見た里の人たちの反応をマイクが拾いました。

「いやー、今週のサナエさんも最高でした」
「さすがに外の世界のセンスは百年先を行ってますね、実にハートフルなコメディ!」
「OPから最高っす、寺子屋でもすげぇ流行ってます!」
「はだしで〜♪」
「かけてくぅ♪」
「「ゆかいーなサナーエさん♪」」
「だははっ、いいよぉ、いいよなぁ――あ、よく考えたら裸足の巫女さんって結構レアなコスだなぁ」
「え!?」
「……いや、だから裸足の巫女が」
「何それ!? ちょっ、何!? どういう、なにそれ!? え、裸足巫女!?」
「お、おい、落ち着けよ!」
「マジ新しいんですけど!? どうしよう、このくるぶしへの昂ぶりを僕はどうすればいい!?」
「どうもしなくていいよ! お前取材マイクの前で何足首に興奮してんだよ恥ずかしい! すんません、すぐ静めますんで!」
「……でも、たまらんのだろ?」
「SO! たまらぁーん!」
「たっまらーん!!」
「くるぶしやっふー!」

 ――以上、現場の射命丸からでした。



―――――


「もう、止めませんかこういう事……」

 私がぼそりと呟いた声も、蟹を前にしてはしゃぐ二人の神様には届いていなさそうだった。
 外の世界から持ってきた丸テーブルを挟んで、わいのわいの笑い合いながら荒稼ぎして金で買った蟹をしゃぶっては穿り、しゃぶっては穿り、無くなったら捨てるを繰り返している。

「もう、止めましょうよ」

 ……汚いんだ。
 聞こえないフリを始めた。
 私はテーブルの上に食べ散らかしている蟹の殻を見た。 
 瑞々しく輝く赤い甲羅は、夕食前まで灰色だったものだ。
 生きていたのである。どういう経路だか知らないが、これだけの鮮度のものを幻想郷で手に入れるには相当な労力がかかるはず。
 その労力を私達は金で買った。
 恥ずかしい、無論金を使う事がそうなのではない。

「もう、パクるのを止めましょうよ!!」

 大声で叫んでテーブルを叩いた。
 蟹の殻がからからと崩れてテーブルから落ち、音にびっくりした諏訪子様が蟹を喉に詰めて倒れた。
 私の主張は確かに届いているはずなのに、神奈子様ときたら――。
 
「な、なんだい早苗。蟹美味しくないのかい?」

 なんて惚けてる!

「神奈子様!!」
「お、おう」
「美味しいから怒っているのです! こんな美味しいものは汗水流して働いたお金で買うべきです!」
「……ちゃんと働いてるじゃないの」
「そうだ、そうだ、私だって一生懸命舞台をやりましたわ!」 
 
 復活した諏訪子様が、蛙の図が彫ってある湯飲みを傾けては、ぷはーっと満足げな息を吐く。
 いつも二対一、だけど今日は絶対に負けない!
 
「サナエさん、これパクりでしょう!?」

 露骨過ぎる、二人が同時にそっぽを向いた。
 ここ一ヶ月で我が家のメニューの質が大幅に向上しているのはこんなせこい理由があった。
 こっちに来たばかりの時は力をあわせて、どこぞの番組並に質素な倹約生活を繰り広げてきた私達、ああっ、そこには美しい支え合いと助け合いの絆があったというのに、今はなんだ、どんどんパクれ、ちょろいもんだぜ、次は何をパクる? もう最低だ!

「昭和で大ヒットした脚本をこっちに持ってくりゃそりゃ売れるでしょうよ、斬新でしょうよ! でもそれパクりじゃないですか! 私達が考えたストーリーじゃないじゃないですか!」
「でも、キャラはオリジナルだし……」
「サブちゃんは射命丸だし、イササカ先生はパチュリーでしょ!? 本人達元ネタ知ったら激怒しますよ! ノリスケ君役が嵌ってるレティさんは特に!!」
「う、うぅ……」
「ね、この辺が潮時だと思いませんか?」
「あのぉ……」
「何ですか諏訪子様。都合が悪くなると腹痛のフリをして逃げるのも今日は通用しませんよ?」
「……ごめん、お腹痛いからちょっと産卵に」
「あるかーっ!!」

 私は金ダライで諏訪子様の頭を思いっきり叩いた。

「ぼ、暴力はいけないわ早苗! 私達だって好きでやってるわけじゃないの、ただ早苗に貧しい思いをさせたくない一心でね、優しい心を鬼へと変えて――!」

 頭から星を撒き散らしながらダウンした諏訪子様を見て自分の身もやばいと感じたのか、神奈子様が私に泣き落としを仕掛けてきた。
 だが、過去に三度騙されて用心深くなっている私には通用しない。

「現実問題、山の妖怪を相手にしているうちはいいけど、麓の人と親交を深めるためにはお金が必要さね。宴会に出て手ぶらってわけにはいかないだろ? 酒のツマミだって必要じゃないか、徳を広めるには色々とお金がかかるもんさ」
「……要するに信仰を広めるのにかこつけて美味いもの食べたいってわけですね」
「そんな酷い、私はただ神の口に相応しい食べ物を要求しているだけで……」
「前はねこまんまだってうまいって言ってたのに。今の神奈子様みたいなのをなんて言うか知ってます?」
「オチュール……(気位が高い)」
「ワ・ガ・マ・マって言うんですよ!!」

 私が動くと読んでたぜとばかりに神奈子様は両手で頭を防御したが、私はテーブルの下から足を伸ばして神奈子様の脹脛を抓った。
 
「ぐああっ!? フェ、フェイントとはやるじゃないの早苗……だけどこの程度の痛みで神の心を折ろうなどと百年早――マジすみませんでした」

 必殺の抓りで神奈子様の意気を挫いたところで私は諏訪子様を睨んだ。
「な、何ですのあの鶴の様に貪欲な抓り方は、あれはもう噛み付くですわ、噛み付く!」どうやら、あちらもこれを見て戦意を失くしてるようで、私の睨みに対し身体を縮こまらせて正座してきた。 

「で、どうなさるおつもりですか? 止めますよね?」
「も、もったいないなぁ」
「止めますよね!?」
「……早苗がそこまで言うなら、ねぇ?」
「……まぁ、神奈子がいいなら」
「ふぅ、ようやく結論が出ましたね。それじゃあ、今まで稼いだ分は里に寄付させてもらいますから」
「「それはひどい!」」

 神様二人による私への息の合ったブーイング攻撃が始まったが、私は箪笥から稼いだ分を引き出すと袋に仕舞い、食事の後片付けを始めた。
 本当に、何を考えているのやら……。

―――――



 ……あれから一ヶ月が経ちました。
 食事が出るたびに愚痴をこぼしていたお二人も、徐々にもとの生活に身体が慣れてきたようで、今では卵焼きにししゃもという簡素な朝ご飯を前にしても喜んで両手を合わせて食べておられます。
 妖怪の山と麓との信仰バランスを取る為に、河童や天狗との宴会の回数も程ほどに調整しているようですが、宴会が少なくて嫌だという泣き言も出ておりません。
 守矢神社に再び頼れる神奈子様と優しい諏訪子様が戻ってきたのです。
 
 私といえば毎日のように、里の人達に山の神様の理解を深めてもらうべく里に出向いています。
 今日も私は汗を流し、パンフを配り、一人でも多くの人に神を信仰してもらうために頑張っている最中であります。
 
「さなえさーん!」

 このように応援の声がかかることも良くあります。
 私は手を振って応えますが、応援はそれだけでは終わらず果物や野菜を頂いたり、時にはもっと有難い申し出があることもあります。
 
「――え、秋祭りにわた飴屋を? いいえ、ありがたいです、是非やらせてください!」

 今日の幸運は、秋祭りに屋台を出してみないかというお誘いでした。
 ここに来たばかりの私なら「ザラメを回転させるのに奇跡を使うなんて……」とすぐに断っていたでしょうが、私はもう成長していました。
 ザラメを回転させて作るのはわた飴ではありません、私の風で作るのは子供達の笑顔!
 今は小さなこの風がいつか大きな風になる、守矢に時代の風が吹く。
 牛歩なりとも一歩が大切と信じて頑張っていきます。

 私はパンフレットを配り終えて、幾つか家に分社を置かせてもらえる約束を取り付けて、夕陽が山にかかる頃に今日の営業をお仕舞いとしました。
 秋も大分深まって、昼に暑くて掻いた汗が、夕方になってひんやりと身体を冷やしてきます。
 このまま真っ直ぐに帰られるといいのですが、私にはまだ一つ寄る場所が残っていました。
 里の外れ――もう妖怪の山も大分近くなるところに本屋が建っています。
 帰り道に必ずここに寄ることにしています。 
 幻想郷に来て一番思い知らされたのは文化の違いです。少しでも多くの情報を、取り分け幻想郷で何が好まれ何が流行っているのかを知ることは大変重要なことでした。

 私は本屋に入ると、立ち読み自由のコーナーにある「幻想郷ジャーナル」という週刊誌を一冊手に取り、読み始めました。

(幻想郷ニュース:文々。新聞の射命丸氏にパクリ疑惑!?)

 タイトルにどきりとしながらも続きを読みました。
 
『幻想郷ニュース:文々。新聞の射命丸氏にパクリ疑惑!?
 
 あややややで有名な射命丸女史にスペル盗作疑惑が浮上している。
 この疑惑は先週二十日に博麗の巫女が「似てるわ……夢想封印と無双風神は似てる……」と口にしたことから始まっている。
 その発言を受け、同日午後五時に速攻で十王裁判が開かれ7:3で黒じゃない? との結論が出た。
 判決を受けて射命丸女史の家へ巫女が家宅捜索に入ったが、三十分後「スペルカードはあったが金目の物は無かった……」と悔しそうに報道陣に答えている。
 女史は以前にも流行ってもいない言葉を流行語として新聞で紹介した罪(アリスる*注1 かぐやる*注2 レティる*注3)等で閻魔から厳重注意を受けており、今回黒だとすると厳罰は避けられないものと思われる。
 
 *注1 アリスる:一人になること *注2 かぐやる:自宅警備員になること *注3 レティる:           ←光学迷彩』


 私は大きな溜息を吐きました。
 一歩間違っていれば新聞に載っていたのは私達なのです。
 やはり悪い事はしてはいけない、地に足をつけて生きなければ……思いは固まります。
 私はそのまま好きなように読んでいき、店内に灯明がついて読んでいる雑誌の頁がオレンジ色に染まった頃になって静かに本を置きました。 

「そろそろ戻らないと……」

 本を置いて、店を出ようとして、入り口付近の一番目立つ場所に平積みになっている雑誌が目に留まりました。

「へぇ……幻想郷にも漫画雑誌があるんだ……」

 ビニールに入っていたり、テープで止められたりはしていないその雑誌を申し訳なく思いながらも、つい手が伸びてしまいました。
 懐かしい重さです、月刊誌でしょうか? こちらに来る前は少女漫画などを好んで読んだものです。
 私はちょっと人目を気にしながらも、その雑誌の表紙を捲りました。
 
(脅威の大型新人! 絶好調巻頭カラー!)

 少し古臭いコピーも、いい気分にさせてくれま――



(『ケロケロたいむ』 作者:けろ美)



 ――くれません、いきなり絶望しました。
 絵柄からピンときましたが、おそらくケロケ○ちゃいむのパクリです。
 最近また社の方に引き篭もりがちだと思ったら、こんなことしてたのですかあの方は……! 

(しかも、けろ美って……ばれない努力をしてくださいよ……!)

 隠したいのかアピールしたいのかよくわからない(おそらくコンバット越前レベルの)偽名を前にして私の視界は揺れていました。
 こめかみを押さえて苦しみながら、一応ストーリーをチェックしようとしましたが、すぐに良心が音を上げました。
 もろパクリでした……。

「おじさん、こんばんはー!」

 私が頭痛と胃痛に苦しんでいると、元気の良い子供が店に入ってきました。
 なんと妖怪のようです、尻尾が二股に分かれていますし頭に猫のような耳もついています。
 これは驚くことですが、今の私には「辺鄙なところにあるから妖怪も利用するのかなぁ」くらいにしか感じられませんでした。
 とにかく目の前にある事象にどう対応していいか、そればかりを考えて頭が痛かったのです。
 平静を保つ為、余計な事に感情を使っていられません。

 彼女は私が持ってるのと同じ漫画雑誌を買いに来たらしく、私を気にしながらもひょいひょいと近づいてきて平積みになっている一冊を持ち上げました。
 私はその愛嬌のある動きと素直そうな瞳を見て、思い切ってこの子に漫画のことを尋ねてみるのも悪くないかと考えてると、運良く向こうから私に話しかけてきました。

「お姉さんもその漫画を買うの?」
「え、あ、私は」
「面白いよね! ケロケロたいむ!」
「なんて言えばいいか……その、ケロケロたいむはいつから連載してるのかな?」
「うんと、三週間前からだよ!」
(……丁度ご飯に不満を言わなくなった辺りじゃないの……!)
「何?」
「あの、この漫画が売ってる場所ここだけかな? 他に、他にもっとあるの……!?」
「人里ならどこでも売ってるよ」

 私は身体から力が抜けて本棚を支えにしました。
 回収するにしたって規模が広すぎる。連載は止めさせるとしてどうやって証拠を消すか……もういっそ諏訪子様を消そうか……。

「おもちゃ屋にいけばグッズとかもいっぱい置いてるよ〜」
「ごぶはっ!? グッズ展開してるの!?」 
「グッズ、うん……チルノやミスチーも持ってるし! でもグッズで言うなら最近出た『絶対無敵オンバシラー』の方が人気あるかな!」

 絶対無敵オンバシラー……私はいよいよ駄目になって、血を吐いてその場に倒れました……。 

―――――

「まさか早苗がそこまで気に病むとは思わなかった……」

 私は家に帰るとすぐに寝込んでしまいました。
 加害者のお二人は目尻に涙を溜めて謝罪の言葉を繰り返していましたから、今度こそ本気で後悔しておられるようです。
 反省の台詞もたくさん飛び出しました。
 私が寝込んで次の日の朝早くに、諏訪子様、神奈子様と一緒に里に出向いて連載の終了を宣言。
 グッズは回収され、狭い我が家に大量のグッズと漫画が帰ってきました。ちょっと息苦しいのですが、近いうちに妹紅さんに焼き捨ててもらうと約束したので心配はないでしょう。

 私が立てないことが良い方向に出たのか、お二人は料理を思い出し、狩りと採集の仕方を思い出し、自立の心を取り戻しました。
 諏訪子様が川に洗濯へ、神奈子様が山に芝刈りに……何年ぶりの光景でしょうか。
 二人揃って家に帰ってくれば楽しい夕ご飯の時間です。
 スプーンに乗せたおじやを神奈子様が息で冷ましてから私の口に運びます。
 
「美味しいかい?」
「うん……」

 私は寝込んでから初めて頷きました、今度こそ大丈夫だと思ったから許したのです。
 六畳の部屋に団欒という笑顔の華が咲きました。
 もう二度とパクリ商品を出さないことを約束して指きりをした………そんな日から三日目のことです。
 

―――――


「怒らないでおくれ! 諏訪子は早苗の言いつけをちゃんと守っているのよ!」

 ……怒る気力も起きませんでした。
 まさかここまでやるとは思っていませんでした。
 諏訪子様は薬局の前で立っているだけで、特に何もしていません。
「これで時給八百円なの!」と神奈子様が八本の指を立てて自慢してきます。
 確かに、今回はパクリ商品を出したわけでも、キャラクターの名前を騙ってるわけでもありませんが……。

「諏訪子様?」
「いいえ、私はケロちゃんです」

『ケロちゃん人形の代わり』という諏訪子様の身体を張ったアルバイト。
 神のど根性に触れて、私は頭を垂れた……。 

 

 

 

 

■ メッセージ

「風神録でも堂々の主人公! 既に数え切れない実績を持つヒロイン博麗霊夢さんに、射命丸文がインタビューしたいと思いまーす! こんにちはー!」
「…………」
「今作品で懐かしのレイマリコンビ復活となりましたが、どうでしょう? やはりこのコンビには懐かしい思いもあるのではないでしょうか?」
「別に……」
「そうですか、それでは新作でぞくぞくと出てきました新キャラ達について先輩として何か一つアドバイスお願いしまーす!」
「興味無いわ……」
「え、ええと、それでは今回霊夢さんが新しい武装を披露してくれましたが、あの妖怪バスターに開発秘話などがあれば是非聞かせてください」
「別に……」
「あやややや、これはちょっと機嫌がよろしくないのでしょうか?」
「普通よ……」
「それでは今回神様が相手ということで戦いにくい部分もあったのではないでしょうか?」
「別に……」
「…………賽銭箱について何かあります?」
「今なら三十円以上入れた方に私からお茶をサービスするとくとくキャンペーンが実施中!!! 団体客は五人以上で割引がつくし、二十円入れるだけでお茶が一杯付いちゃうかも! もちろん以前同様シルバー割引も行っているから安心して! あと移動が困難な人のために幻想空想穴でトラベリングサービスを始めました、これ無料! ついでに絵馬の販売も同時スタート! あ、ごめんなさい、絵馬は有料なの、これ外注だからさ、私としてはうーん無料だっていいんだけど、そうすると外注先の幽香が泣くじゃない? えー、そこまで言っちゃう? じゃあこのインタビューを聞きましたって言ってもらえれば、明日だけ絵馬を三十円で販売しちゃおうかな! それと十一月最終週は妖怪撲滅週間で通常の五十円のところなんと四十五円で妖怪退治をしちゃうからジャンジャン注文し――」
「……風神録について何かあれば」
「別に……」



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2007年11月3日 はむすた

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