てんせい阿求さん

 

 

 

「先日、あなたが言った、わんこそばという言葉、これはちょっとえろいのでは?」

 先日から阿求様は様子が変でありまして、私はてっきり締め切りが近いからそのような表情をされているのだと認識しておりましたが、まさか、わんこそばがえろいかえろくないかで蝦蟇蛙くらいなら殺せそうな程の睨みを利かせていたとするのならば、ちょっと困ってしまったことになったぞと、私は早速隣の猫に「そう思うよね、君も」と話しかけてるメルヘンな主人を気遣った。

「締め切りのストレスに脳が圧迫されましたか?」
「私なら平気です、それよりわんこそばを何とかせねば……三毛もかなりえろいんじゃねえの? って言ってる!」
「焦らないで、猫より私の言葉のほうが確からしいですよ」
「まあ、そうだ」
「えろくはないと思われます」
「あなたは少し人生経験が足りなすぎる。あなた一人の意見で私と三毛の相手をするならば、ざっとこれ十人は必要ですよ」
「分かりました、少々お待ちください」

 私は一仕事終えて縁側で濡れ煎餅を齧っている仲間達に、これこれこういうわけだが、わんこそばという響きはえろいか否かと問うて阿求様の下へ戻った。

「ただいま戻りました」
「ご苦労様、して?」
「側近のストレスに脳が圧迫されましたかと尋ねられたことも含めて予想通りでした。すなわち満場一致でえろくない、と」
「ふん、そうやって上辺だけで捉える人間が増えたせいで、また私が生まれなくてはいけないというのに……!」
「困ったらすぐ御阿礼の子だ」
「数奇な運命に翻弄される幼い美少女をいたわろうと思わないのですか!」
「はいはい、撫でますよ」
「ふにゃー……」
「で、わんこそばが何ですって?」
「ううむ、撫で回すという言葉もえろいと思うのですよ」
「中学生かあんたは、わんこそばはどうしました」
「そもそも、わんこそばってね」

 阿求様は帯紐に挟んであった万年筆を取り出すと「わんこそば」と大きな字で机の上の紙に書いた。

「全体的に丸すぎる」
「字面が?」
「イエス、丸いというのはえろすに直結するのです。あなたのお尻みたいに」
「阿求様の頭も丸うございますから、こんな会話になるのでしょうか」
「使用人の分際でこの私を愚弄しますか!」
「別に実家に帰ってもいいんですよ、私は」
「かぁー、これですよ。何かあるとすぐ帰るですよ。忠誠心の欠片も感じさせないのです。かのメイド長はレミリア嬢を立てるにあたり自分のメインショットを――あ、止めて、待って、考え直してください、あなたの様なおいしい使用人に帰られたら、私の毎日が退屈で仕様がないでしょう?」
「他にお手伝いさんがたくさんいるではありませんか」
「あの子達はノリが悪いうえに、すぐセクハラで訴えるから駄目です」
「まず一番駄目なのがセクハラをするところです」
「善処してみる」
「わんこそばはもういいですか?」
「あ、良くないです。もっとたくさんの人の意見が聞きたいです、場合によっては調査結果を求聞史紀のコラムに載せたいです」
「妖怪対策本のコラムに、突然わんこそばがえろいかえろくないか出てきたらみんな顎外れますよ」
「いっそ、外れてしまえ!」
「帰らさせてもらい――」
「待って、待ってお願い、帰ってもいいから里の人々にアンケート取ってきてください」

 私は休憩終えて日向の廊下を雑巾がけしている仲間達に、これこれこういうわけで今日は帰ります、と伝えた後、わんこそばという響きはえろいか否かともう一度問うて、大変ですねという顔を一身に向けられながら、稗田邸を後にした。
 次の日、稗田邸を訪れると、腕組みをして仁王立ちの阿求様が三和土の上に立っていた。

「本当に帰る馬鹿がありますか! 私がどれだけ待ったと思ってるんですか、悶々として夜も眠れませんでしたよ!」
「遠足前夜の子供みたいで結構じゃないですか」
「何を言う、ふにゃぁ……こら、撫でるな撫でるな!」
「調査結果ですが、ここでは何ですので」
「そうですね。また私の部屋で話しましょうか、うふふふ」

 前を歩く阿求様はなんだか楽しそうだ。
 渡り廊下を過ぎる時に「わんこそばの歴史の開花が見られるなんて、あなたも果報者ね」と話しかけたきたので「いえ」と即答した。

「結論から申しますと」
「うむ」
「側近のストレスに脳が萎縮しましたかと尋ねられたことも含めて予想通りでした。すなわち満場一致でえろくない、と」
「誰一人!?」
「誰一人」
「調査対象に若干の偏りがあるのではなくて!?」
「アンケートは老若男女容赦なく取ってまいりました。」
「右も左も分からぬこわっぱどもに真実を期待した私が間違っていたのかしら……」
「間違いなく期待の方向が間違っています」
「仕方ないわ、これを出せば世論に惑わされて真実が見えなくなってる意固地なあなたも納得せざるを得ないと思うから」

 阿求様は帯紐に挟んであった万年筆を取り出すと「わんこそば」の絵を大きく紙に描いた。
 達者である。

「見て! 真っ赤な器の中を過分な汁とうねうねしたものがぎちぎちに責め立て――!」
「思春期ですかあんたは」
「思春期だもん」
「散々、こわっぱとか人生経験とかいって、都合の良いときに外見年齢を持ち出すのはフェアじゃありませんよ」
「永遠の十代前半です」
「舌だけは子供のままですけどね」
「あ、えろい!」
「えろくない、子供舌という意味です」
「カレーとショートケーキは生きた年数に関係なく常にご馳走だと思うの」
「だから以前、私がわざわざ阿求様の為にカレーケーキを作ってやったのに、三分の二も残してからに……」
「あなたのはカレーケーキよりも、苺の天麩羅の方が衝撃的でしたよ。好物だからって何でも組み合わせればいいってもんじゃないでしょうが」
「苺の天麩羅?」
「ん、あれ」
「……覚えがございませんが?」
「何を言ってるのです、あの時は――」

 阿求様からふっと笑顔が消えて、不安そうな顔になった。
 それから不貞腐れたように下唇を巻き込むと、机の前に座って私に背中を見せた。

「執筆作業に戻ります。しばらく傍にいなくても大丈夫ですよ」
「しかし」
「薬は飲んでおきます、時間になったら水だけ差し入れてください」
「……畏まりました」

 襖を閉める前に、声が漏れた。

「それから……苺の天麩羅はごめんなさい、そんなもの食べたことなかった」

 襖を閉めて、台所に向かう。
 台所では談笑している仲間達がいて、その中から昼食のメニューの話が聞こえた。
 私は強引に割って入って、昼食のメニューを改正させた。
 不満の声が波となって襲い掛かったが、阿求様の要望だと言えば沈まざるを得なかった。
 皆が恨めしそうに、壁に貼ってある献立表を見上げた。
 早速食材が集められたのだけど、誰も調理方法を知らなかったので適当に作って試食してみたら、そこそこまずかった。

「これ、出すんですか?」
「ええ」

 舞茸や蓮根の天麩羅に混じって奴は地雷のように笊に埋まっている。
 添えるべきは塩なのか砂糖なのか良く分からないから、調味料は二つ持っていった。

「阿求様」

 襖の向こうに声はない。
 しばらく待ってから聞こえた「水ならそこに――」という声を遮るようにして私は襖を開いた。

 私は父にも母にも似ていない。
 その代わりにと母さんが言うのだ、亡くなったお祖母ちゃんにそっくりだって。
 隔世遺伝。
 それもまた一つの転生か。
 ……なーんて阿求様の言葉を借りてみる。

「――ご一緒させてもらってもよろしいですか?」

 

 

 

 

■ メッセージ

 ふー、びっくりした。でも、えろくないという意見はほぼ一点に集中している。わんこそばは食べ物であるからエロスを感じる必要はないというもの。それ、ほんとなのかなあ。えろい派のメールを読んでみよう。



SS
Index

2006年11月24日 はむすた

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!