どてらVS人類(前編)

 

 

 

 踏まれた霜柱がぎゅっぎゅっと音を立てている。
 今年最高の寒さ到来のため、頬っぺと箒を持つ手は田舎者みたいに真っ赤だった。
 息を吹きかけて指先を蘇生しながら、魔理沙は神社の境内を歩く。

「お、紫じゃないか」
「あら、魔理沙。あなたも霊夢に用が?」

 予定に無かった人物に巡り合うのも楽しい。
 今日の空は蓋をしたように曇っていたが、紫は相変わらず日傘を差していた。
 これから霊夢とお菓子を食べるのよ、と紫は言った。

「仲がいいなぁ、お前ら」
「あなた程じゃないんじゃない? それで魔理沙は?」
「ああ、用って程じゃないが、暇だったんだぜ」

 魔理沙は紫と合流して母屋に向かって歩いた。
 いやー、昨日までの秋は一体何処に行ったのかね、なんて話しながら。
 寒がりな霊夢の姿は境内には無い。
 おそらく家の中でゆったりとした気持ちで熱いお茶でも飲んでいるのだろう。

「おーい、霊夢ー。遊びに来てやったぜー!」

 紫と一緒に家に上がって、障子をパーンと開け放つ。
 だが、その先に見えた霊夢はいつもの霊夢ではなかった。 

「んー?」

 返ってきた声に魔理沙は放心した。それどころではなく見ることは出来なかったがおそらく隣の紫も 放心しているものだと思われた。
 猫背で炬燵に入っている霊夢は……セーターとどてらを着ていた。
 魔理沙の身体は芯が折れたように揺らいで、障子にもたれかかってそいつが破けて頭から転んで血を 流す。
 どてらって、おい――!
 しかもセーターはタートルネックかよ!
 うなじとか、腋とか、鎖骨とか、そういうチラリズムを幻想郷は大事にしていたし愛していたはずだ ろう!
 魔理沙は立ち上がった、ぼろぼろの身体で、目の前の理不尽に対して立ち向かった……!

「許されるか! そんな軟弱な精神がお前に許されるかッ! あとそこにラーメンが揃ったら――お前 完璧に受験生じゃないか!」
「どてらいいわー、最高っす。これ、もう手放せないわ、マジで」
「駄目だ! お前は今までもこれからもずっと伝統を守り続けていないといけないんだよ! なぜなら 何があっても開いていた腋は、幻想郷の懐の深さを表していたからだ!」
「うるさいなー、いいじゃないの腋の一つや二つ」
「で、誰の入れ知恵? ねえ、誰の?」
「早苗」
「あの現代っ子ーっ!」

 魔理沙にはその歴史の転換点が目に浮かぶようだった。
 霊夢さん、冬でもその格好はおかしいでしょう? なんて言いながらどてらを手に擦り寄ってきたに 違いない
 可愛そうな霊夢、寒い冬にどてらなんて出されたらもう辛抱たまらんに決まっている!
 早苗の悪魔の甘言が霊夢を堕落させたのだ……!
 これは幻想郷の全ての霊夢を愛する者への宣戦布告に等しい! 守矢神社は幻想郷に再び革命を起こ そうとしているのか!
 
 燃え盛る怒りを握り拳に溜めて、そこで魔理沙は、はっとなって紫の方を振り向いた。
 ――紫は死にそうだった。
 畳を這い回って現実から必死に逃げようとしているその姿は、わき、うなじ、よこちち、という謎の 単語を繰り返していた。

「紫、しっかりしろ!」
「暗い……寒い……何も見えない……わき、よこちち……どこ……? ごブぁっ!」

 血の塊を吐き出す紫。
 生きろ! 死ぬな! と叫ぶ魔理沙。
 だがその塊の分だけ体が軽く楽になったとでもいうように、紫の目は、意識は、魔理沙をしっかりと 捉えなおした。

「魔理沙……」
「大丈夫だ! すぐに腋は復活する! そうだ萃香を持ってこよう! この部屋も明るくなるぞ! お 前の腋エネルギー不足分だって――!」
「駄目よ、魔理沙……あの子一人に全ての腋分を背負わせるわけにはいかない……そんな非道な事…… 私には出来ない」
「ゆ、紫……」
  
 抱きかかえる紫からどんどん体温が奪われていくのが分かった。
 部屋はこんなに暖かいのに、こいつはなんて冷たいんだろう……。
 魔理沙は紫を強く抱いた、死ぬな、死ぬなと呼びかける、落ちそうな瞼と最後の気力で戦っている紫 はもう限界だった。
 もうすぐ死んでしまう。
 何か、何か手はないか、ああ、そうだ――!
 
「お、おい、紫! 楽しい事を考えろ! お前、霊夢と一緒にお菓子を食べに来たんだろう!?」
「お……かし……?」
「このまま終わりでいいのか!? 霊夢とお菓子を食べる楽しい時間を前にして、ここでくたばっちま ってあんたそれでいいのか!?」
「……ちょこ……ろーる……」
「チョコロール?」
「チョコロールを霊夢と……食べにきたの……今日は霊夢と楽しく……ごふっ」
「そうか、よし、それでいい! 頑張ろうぜ、紫! こんなところで死ぬもんじゃないぞ!」
「ええ……」

 だが紫の返事はますます弱々しくなっていて、くっ、と魔理沙は喉を鳴らした。
 紫の顔にもう生気はなかった。
 いつも母性を感じさせる笑みを浮かべていた紫が、今は青白い顔をして柳のように揺れているのだ。
 魔理沙は紫の背中を支え大声で励ました。
 
「紫! チョコロールは美味しいよなぁ!」

 紫の返事は無い。

「お前がしゃきっとしてないと! 私が食べちゃうからな!」

 反応があった、ぴくりと背中が動いて……でも少しだけだった。
 魔理沙は続けた、温かいお茶も付くぞ、お茶とチョコロールは最高だぞ、霊夢も炬燵でお前を待って るんだぜー!
 その時、霊夢の隣の席は誰だ? そうだお前だ! お前が座るんだ! チョコロールも霊夢も私に取 られてもいいのか!?

「……駄目よ……」

 紫は魔理沙に向けて笑った。
 魔理沙は安心した、いいぞ、チョコロールだ、チョコロール。希望を持って最後まで頑張ろうぜ。
 一瞬を置いて、紫の頭の上にもやもやとした白い煙のようなものが見えた。
 魔理沙は思った、これはきっと紫のチョコロールを求める強い気持ちが幻のチョコロールを見せてい るのだと……。


       ・
       ・
  ――監修:八雲 紫―― 

       ・
       ・

 ――プログラム:八雲 紫――  
 
       ・
       ・

「紫ーッ! これチョコロールちゃう! スタッフロールだ!!」

 流れていく、流れていく、文字が上に流れていく。
 魔理沙は無理やり止めようと文字に手を伸ばしたが、雲みたいな文字は身体をすり抜けていくだけだ った。
 なんてこと、早いうちに止めてやらないと、ENDマークを打たれたら紫の人生お終いだ!
 焦った魔理沙は、紫の耳元で「ロール違いやんか!!」と突っ込んだ。
 そんな魔理沙の声も届かず、紫は悪いキノコでも食べたみたいに、にへらにへら笑っていた。
 
「いけない! もうスペシャルサンクスに……!」
 
 紫の人生であるからスタッフも紫一色なので進みは速かった。
 スペシャルサンクス……これが終わってしまえば「and You!」で締められてしまう。
 魔理沙は白くなっていく紫の顔をこすりながら、何が最良の手なのか分からないまま紫を励まし続け た。
 しかし駄目だった。
 それでも予想以上にスペシャルサンクスは続いてくれていた。
 藍、橙、萃香、霊夢……こいつ、ずいぶん愛されて、そして周りを愛していたんだな……。
 私はどうなんだ、私を愛してくれる奴は、そして私が愛した連中はこんなにいるだろうか。
 気持ちを取り直して、魔理沙はもう一度紫をゆすってみた。
 そこで魔理沙の動きは止まった。
 流れる文字の中に……自分の名前があった。

「お前……」
 
 私をスペシャルサンクスに入れてくれるっていうのか……?
 なんてお人好しの馬鹿妖怪だ……そんなんだからいつも眠そうにしてるってなめられるんだよ……!
 魔理沙は畳を叩いた。
 眠そうにしている紫の顔は、膨大な時の流れに磨耗して、それでも微笑み続けてきた賢者の顔だった 。
 死なせねえ……! そんな熱さが胸を打った!

「霊夢――私はどうなってもいい、お願いだ! 紫を助けてやってくれ! 霊夢!」

 台所の方に消えていた霊夢に恥を忍んで魔理沙は懇願してみると、箸を真一文字に咥えた霊夢が丼を 両手に帰って来たっていうか、あ、この野郎、ラーメンはあれほど駄目だって言っただろッ!! 

―――――

「見ろ、紫死んじゃったじゃないか……」

 炬燵から三角布を頭に付けた紫を見下ろして魔理沙は言った。
 
「……綺麗だろ? 死んでるんだぜ、これで」 

 今びくっと指が動いた気がしたけど気のせい。

「いいか、霊夢。私は八雲紫の意志を継いだ。紫が愛した幻想郷を取り戻す! その為に、お前が着て るどてらとセーターを何としても脱がしてみせる!」

 霊夢から返事はなかった。
 霊夢はずぞずぞ音を立てながらラーメンを啜っているだけなのだった。
 時々胡椒でむせて咳をしてより猫背になった彼女を見ていると、魔理沙は霊夢もまた冬の寒さに負け たどてら社会の犠牲者であると改めて思った。
 それにしてもこのリラックスぶりはひどい……。
 たった一枚のどてらで――いや、どてら、炬燵、ラーメンというトリプルコンボで人はここまで堕落 してしまうのだろうか……。
 魔理沙は動物園のコアラと霊夢の怠け度を比較してみた。
 すぐにコアラに軍配が上がった。
 
「なんてこった、お前よりコアラの方がもうちょっとしゃきっとしてるぞ!?」

 魔理沙は大声で霊夢に向かって叫んだが、霊夢は応えない。
 これはもう何かとんでもない力が、どてらから出ているとしか魔理沙は考えられなくなった。
 例えばどてらの中綿としてびっしりと詰め込まれた柔らかい繊毛……あれが実は生きていて、着てい る人間の活力を奪い取っているのだったら!?
 メトロイドだ……! どてらという蓑に隠れてやってきた宇宙生命体ドテライド……!
 魔理沙は不安になって霊夢のどてらをちょっと捲ってみたが、どてらは特に動いていなかったので一 切の不安は解消された。

「霊夢、こうなったら力づくでもお前に脱いでもらうぜ!」
 
 ご近所に聞かれたら勘違いされそうな発言をして決意を改めた魔理沙は「やあっ!」と言って霊夢に 飛び掛って服を脱がせようとした。
 ……したのだけど「ねちょにする気かあんた!?」と霊夢がかなり本気で反抗してきたせいで、朝か らご近所の妖怪に申し訳なく思うキャットファイトに突入した。
 アッパーが唸る、ラーメンが飛び散る、ナルトが額に乗る、霊夢がいい加減キレて魔理沙をひっくり 返して馬乗りになる。
 そんな状態の時に神社に駆け込んでくる足音と声があった。  


「大変ですー! 紅魔館がぁー!」


 部屋の外で激しいノックを繰り返すのは、パチュリーのところで司書をやっている小悪魔っぽかった 。
 わりと大人しい性格の彼女が神社の障子の枠が歪みそうなほどノックするなんて、よほどのことがあ ったのだろう。
 魔理沙の中で嫌な気配が脹らみ始めた。
 魔理沙は霊夢をリバースして障子に駆け寄る。

「どうした!? 小悪魔か!? 紅魔館に何かあったのか!?」
「ええ、本泥棒の声!? くぅ、どうしてこんな時に天敵に出会わねばならぬのか、それにしても本泥 棒とフォン・ド・ヴォーって似てるなぁ……!」
「いいから、入れ!」
 
 だから子牛がねとフォン・ド・ヴォーの説明を廊下でしゃかりきに始めた小悪魔を、魔理沙は無理や り引っ張って部屋に入れた。
 キリンと象を見間違えそうなくらい小悪魔は錯乱していた。
 なかなか落ち着かない小悪魔を、魔理沙はくびねっこひっ捉まえて炬燵に押し込む。
 だが残念なことにその際足の小指を炬燵の足にぶちかましてしまい、小悪魔は、こぁー、こぁーと足 を抱えて転がりまわった。

「それで小悪魔、紅魔館がどうかしたか?」
「こ……こぁー……いつつっ、そ、そうなんですよ! 紅魔館です! 紅魔館でどてらが大流行しちゃ ってるんです!」

 なん……だと……!?
 痛みを堪えて立ち向かう小悪魔の告白に、魔理沙はショックを受ける。
 被害は神社だけじゃなかった……! 既に紅魔館全域まで……!
 魔理沙が呆然としていると、開き直ったのか、まだ錯乱が続いているのかよくわからないが、とにか く雪崩の勢いで小悪魔はまくし立てた。

「とにかく全部どてら! 最初は風邪をひかないようにと寝間着の上に導入されたものが、いつのまに か普段着として広がりまくりんぐなんですよ! 萌えもへったくれもあったもんじゃないでしょう!?  パチュリー様なんてとっくに動かない大どてらになっちゃってますよ! もうプリンしか食べないの ! お風呂入らない日は私が身体を拭いていたのにそれも面倒だって拒否するんです!」
「でも、お前はどてらじゃないじゃん」
「ばーか、聞いてて解んないですか、私は反どてら派なんですぅ!」
 
 小悪魔が顔を真っ赤にして炬燵を両手で叩き始めた。
 というかこいつが困ってるのは明らかに身体を拭かせてもらえないからだろうと魔理沙は思う。
 そんな深刻なもんだろうか、レミリアどてらとかって。
 魔理沙は炬燵から首だけ出して寝ているどてら霊夢を見た。
 ……。
 血が滲むほど唇を噛んだ。

「どてら、許せん!!」
「でしょう!? でもそれだけじゃないんです、どてら派が反どてら派にどてらの着用を強制し始めた んです!」
「うわぁ、一行に三つもどてらって入ってるだけで萎えるってのにそんな!」
「今のところ咲夜さんが反どてら派のメイド達を率いて頑張ってくれています、しかし、その咲夜さん もシャツは二枚重ねです」
「そんなのもうすぐどてら館じゃないか!!」

 魔理沙はいても立ってもいられなくて立ち上がった。
 しかし出来ることはなかった、咲夜を加勢しに行くにしてもシャツ二枚重ねの奴なんてもうどてらの 魅力に転んでるだろう。
 それにしても、どてらだ、どうもおかしいじゃないか。どうしてそんな凄い勢いで幻想郷に広まって いるんだ。
 三日前に宴会をやった時は皆普通だった。
 この三日間で何かあったとしか思えない……。
 

「大変ウサー! 大変ウサー!」

 
 更なる珍客の登場だ。
 何が大変なのかどれくらい大変なのか魔理沙にはもう解っていたが、出来るだけ昂ぶる気持ちを抑え 、永遠亭から来た悪戯兎を部屋に迎え入れる。

「安心しろ、てゐ。ここにいる二人もお前と同じ目にあってる同志だ」
「はぁはぁ……ま、まさか神社までどてらに汚染されてしまったの!? 永遠亭みたいに!?」
「そうか、やはり永遠亭も……」
「小悪魔がいるということは紅魔館も堕ちたウサね……なんてこと、霊夢を頼って来てみればこいつも ……! ん?」

 そこでてゐは何かに気付いたように炬燵の上から霊夢を観察しだしたかと思うと、いきなり炬燵に頭 から突っ込んで潜り始めた。
 お、おい霊夢に蹴られるから止めときな、と魔理沙達は止めたのだけど、てゐは霊夢に蹴られながら も何かを探しているようで、やがて目の下に青アザを作った顔をみんなの前に上げた。

「大丈夫! 霊夢はスカートだ、まだ完全にどてらに堕ちちゃいない!」
「ど、どういうことだ!?」
「どてら化には進行度があるウサ、まずどてらを手放さなくなる、次に炬燵から離れなくなる、続いて ラーメンや蜜柑を好んで食べ出す。その次はスカートが億劫でズボンへと履き替えて……やがてどてら が集まる部屋からは絶えず麻雀牌を混ぜる音が聞こえ始めるウサ。それが終わったら……」
「……終わったら?」
「それが終わったらみんなズボンに上着とシャツを入れだす!」
「上着をズボンに!?」
「インズボンに!?」
「そうなるともう手がつけられないウサ! ちなみにうちの姫様とれーせんはもう末期の状態で、それ を見た永琳様が昨日月に帰った」
「「帰ったの!?」」

 魔理沙と小悪魔は絶望した。
 このままだと霊夢やパチュリーがもっとひどいことになる!
 己の医術に誇りをもっていた永琳、悪化するどてら化を止められずただ見守ることしか出来なかった 永琳。
 永琳はきっと胸が張り裂けて、月に帰ってしまったのだろう。
 それにしても、優曇華の華、咲く前に散らせてしまうとは!
 神はなんと無体なことをなさる!

「お、おのれ、邪鬼王っ!!」 

 邪鬼王って何なのかわからないのだが、とりあえずやり場の無い怒りをぶつける相手が欲しかったの で魔理沙は小悪魔と一緒にそれっぽい敵をでっち上げてみた。
 そういえば、鈴仙と言えばズボン以外にも「あの子はブルマの中に体操着を入れちゃうの? 出しち ゃうの?」という議題で幻想郷中に白熱した議論を巻き起こしたことがある。
 ヒートアップが続く議論はどうにも決着がつかず、やがて西と東にわかれての大掛かりな戦に発展し た。
 有名な関ヶ原の戦いである。

「だ、だけど、どうしたらいいんだ……。永琳すら匙を投げるようじゃ、私達に霊夢を治すなんてとて も無理なんじゃないか……」
「魔理沙さん! あなたがそんな暗い考えでどうするんですか!」
「そ、そうは言うけどさぁ……これだけチラリズムがないと、なんかこう生きる気力が……はあぁ、死 にたくなってきた……」
「馬鹿! 幻想郷にはまだ生脚筆頭の射命丸さんが生き残っていますよ!」
「そうか、射命丸が!」

 魔理沙が射命丸のふとももを頭に思い描くと、不思議とやる気と元気が補充された。
 未知なるエネルギーに感謝する。OH、ヴィーナス。

「そういや、さっきから気になってたんですけど、あそこで死んでる人は誰ですか?」
「ああ、あれ紫。警察が来るまで勝手に触ったら駄目だぞ?」
「オーラーイ」
「それでさ、やっぱりこのどてらを広めている犯人を捕まえるのが解決への一番の近道だと私は思うん だ」
「犯人? するとこれは人為的な異変だと?」
「そう、だから、まずはどてらがどういうルートで入ってきたか調べれば――」
「あ、永遠亭のどてらは姫様が配ってたウサ。何処から仕入れたのかは知らないけど」
「なるほど、紅魔館はどうだ?」
「こっちは確か……ああ、頭に変な帽子被ってる子供が大量にくれたんですよ。目玉が上に二個ついて て、茶色くて大きな帽子を被った子」
「それは諏訪子だな……あっ! そういや、こっちの霊夢は早苗からって言ってたぞ!」
「おお、つまり?」
「つまり守矢一家がこのどてら騒動を煽動している可能性が高くなってきたってことだ!」
「でも、動機は何なんですかね?」
「それだよなぁ、どてらを自分達の宗教服にでもしたいのかなぁ?」
「どてらをー?」
「ないよなぁ……」

 今ひとつ話が繋がらず、魔理沙達が炬燵の上に肘をついて悩んでいると、炬燵から首だけ出して寝て いた霊夢が突然むくりと起き上がった。
 今まで全く動かなかっただけに、場にいる全員が凍りつく。

「れ、霊夢……?」
「……」

 霊夢の目はぼんやりと炬燵の上を見ていた。
 これはひょっとして……巫女の嗅覚が異変の匂いを敏感に嗅ぎ取って、どてらの縛を解いて起き上が ったということなんだろうか?
 すげえ、さすが霊夢だ、自然と身体が動き出してしまう。それが数々の異変を解決した博麗の遺伝子 なんだろう――ってなんか霊夢の手が卓上の何かをかき混ぜているような動きを。

「も、もしかして霊夢さん……四人揃ったから麻雀を打とうとしてるんじゃ……」

 ………。
 小悪魔の解釈が実に理に適っていて、魔理沙達はそっと非情な現実から目をそらした。

「どうすんの!? 次に霊夢さんを待っているのは最終形態インズボンですよ!?」
「わかってる、わかってるよ! そんなこといったって、どうすりゃいいんだ! おい、てゐ、お前の 悪知恵で何か打開策は出てこないか!」
「えーっと」
「ああ!」
「と、とりあえず霊夢はここに置いといて、私達で黒幕をブッ殺すというのはどうかな?」
「「大賛成!」」

 魔理沙と小悪魔とてゐは今もまだ卓上で手を動かす霊夢の傍から危ないからラーメン丼だけを遠くに 引いて、それが終わったら一目散に部屋を飛び出した。
 廊下は寒い、外に出るともっと寒かったが、その寒さが身を引き締めてくれた。 
 正直あのぬるい空間にいると、どてら霊夢の雰囲気に負けて、そのまま同化してしまいそうで危なか った。
 
「よし、じゃあ、守矢神社だね!」
「さっみぃ……! だな、あそこが一番怪しい! ただ戦力的に我々が二柱を相手にするのは難しいし 、それは避けよう!」
「どうするウサ!?」
「一番弱い早苗を真っ先に狙って人質にとる!」
「真っ黒だなあんた!」


「その必要はありません……」


 三銃士みたいに高く手を重ね合わせて三人が異変解決を誓っていると、とても穏やかで透き通った声 が空から降ってきた。
 空気がバリバリ震えるほどの威圧感……これは、よほどの大物に違いないと、魔理沙達は身構える。  

「無駄な抵抗は止めて、皆さんもどてらに帰依しましょう。ね?」

 笑顔の東風谷早苗を曇り空に見つけて、魔理沙達は拍子抜けした。
 小物ではないが、大物とはとても呼べない。
 だが、飛んで火にいるなんとやらの展開に、魔理沙達はたじろぐ。
 早苗がいつもと一つ違うのは、どてらとマフラーでがっちり寒さをガードしていることか。
 魔理沙は早苗に話しかける。

「おいおい、早苗。まさかお前がラスボスだなんて言わないよな?」
「ええ、どてらを炬燵とセットにして広めたのは私です。ラスボスという言い方が私に適当かどうかわ かりませんが――私にとってあなた達はアンチどてら派の最後の敵ですね」
「ほう、ずいぶん自信があるようじゃないか、普通人」
「霊夢さんを見ました? あの幸せそうな寝顔……! 可愛いでしょう!? もう何も考えなくていい んです。腋だの露出だのを諦めて、どてらさえ着込んでぬくぬくとした炬燵に入ってしまえば、全ての 人類は例外なく幸せになれるのです!」
「ふざけんな、何が可愛いだ、私はあんな堕落した霊夢見たかないね! 腋を失くした霊夢なんてもう 輝きの二割も残ってないじゃないか!」
「……そうやってあなた達が腋出せ腋出せ言うから、私はこっちにきて風邪を引いたんだ」
「ごめんなさい」
「さあ、あなた達も意地を張っていないで、暖かくて幸せなどてらに帰依しましょう?」
「ちょっと待て、帰依って何だよ? 宗教みたいじゃないか」

 早苗は質問には答えず、どてらの内側についてる大きなポケットの中を探って、その中に用意してき たらしい新聞をこちらへ投げてよこした。
 文々。新聞で、日付は三日前になっている。

「そこの記事を御覧ください」

 三人は上目遣いで早苗が何か仕掛けてこないかと警戒しながらも、屈み込んで地面の新聞を受け取っ た。
 魔理沙が開いた新聞を中心に顔をくっつけ合う。
 一面記事にどこぞの死神がトロフィーを掲げて写っていた。


『本年度 ベストジーニスト賞:小野塚小町(578票)』


 どうやら毎年恒例のジーニスト賞が決まったらしい。
 新聞を読む三人は、誰も小町がジーンズを履いて活動している場面なんて見たことないのだけど、ま あ、これは旬の人に出るものだから別にいいやと思う。

「……で、このベストジーニスト賞ってのが何か?」
「そこよりもっと下です」
「んじゃ、このベストミニスカート賞:射命丸文(418票)ってのが?」
「もっと下です」
「この、ベストブルマーノ賞:星熊勇儀(256票)っての?」
「もっと下もっと!」


『ベストドテラーノ賞:八坂神奈子(67票)』


「「「あるんだ!?」」」


「そう、つまりはどてらを愛するという事は八坂様を信仰するに同じ事! ベストドテラーノ八坂様を 頂点とした素敵な信仰ピラミッド社会が築き上げられるのです!」

 ああ、うっとりします! とそこまで言い切った早苗が、踵を軸に両手を広げてターンした。
 初雪でも観測した子供みたいな態度に魔理沙も小悪魔もてゐも呆然とする。
 
「お、おい、ちょっと待て、こんなこと本気で信じてるわけじゃないんだろう? どてらと信仰は完全 に別物だぜ!?」
「いえ、現実に凄い勢いで神徳が溜まってきています」
「マジで!?」
「おかしいのはあなた達です。どうして頑なにどてらを拒むのです。どてらさえ着てしまえばもっと幸 せになれるのですよ?」
「そんな幻の幸せなんかいらん! 私達が求める幸せは健康的なお色気だ! 乳だ! 尻だ! チラリ ズムだ!」
「その通りウサ!」
「強情な方々ですねぇ……もう幻想郷に残ったアンチどてら派はあなた達で全部だというのに……」
「へへっ、嘘で意気を挫こうったってそうはいかないぜ! 幻想郷にはまだたくさんのアンチどてら派 が残っているはず!」
「そうですよ、紅魔館の咲夜さん達だってまだ必死に戦って――!」
「咲夜さん? 咲夜さんならレミリアさんと炬燵でぬくぬくしていましたが」
「ギャー!!」
「こ、小悪魔ー!? だが私達にはまだ射命丸が――」
「射命丸さんならコスプレ喫茶ドテラーノの店長をしていますよ」
「ギャー!?」

 魔理沙と小悪魔は冷たい地面に頭から倒れた。
 コスプレ喫茶って……ドテラーノって……一体何に対してのコスプレだよ……あ、ドテラマン?
 くそっ、いたなぁ、そんなヒーロー。
 もう駄目だ、世界は暗黒に呑まれてしまった、ふとももの光無いここは暗く、希望は全て儚く消えた ……何もかもお仕舞いだ……。
 魔理沙と小悪魔は口の中から飛び出た魂が、天へと旅立っていくのを感じていた。

「小悪魔、魔理沙、何してんの!? 立って!」
「……」
「……」
「今私達三人が倒れたら、幻想郷はどうなるのよ!? もうこの三人しかいないんだよ!?」
「……」
「……」
「わかった、れーせんのパンチラ写真をそれぞれ一枚付けてやる」
「やろうか! 私達が最後の砦だ!」

 やはりこの正義、曲げるわけにはいかない!
 二人は胸の傷を押さえて立ち上がった。目の間の巨悪を倒し、幻想郷に再び光を取り戻すのだ!
 全世界どてら化したら、パンチラどころではないのだもの……!
 立ち上がった乙女達の身体から出る闘気は暗雲を切り裂いて、天空で龍になろうとしていた。
 
「う、うふふふ……」
「どうした? 勝てないと知って怖くなったか?」
「いえいえ、そう、あなた達はヒーロー気取りなのですね。この現人神早苗が如何に強化されていよう とも三人で頑張れば勝てると思っている。その考えを笑わずにはいられましょうか」
「なんだと!?」
「これが最後通告ですよ? どうあってもどてらに逆らおうというのですね?」
「当たり前だ!! そんな新世界はいらん!」
「よろしい……では、現人神の力、あなた達に見せてあげましょう……」

 台詞終了と同時に、どてらをがっちり着込んだ早苗の身体から赤いオーラが立ち上った。 
 魔理沙には見覚えのあるオーラだ、これはEXオーラ。EX早苗さんオーラ。
 なるほど、どうやら手ごたえが有りそうだな――だが!

「神徳! 五穀豊穣――!」
「来るぞライスシャワーだ! このまま中央に打って出る! 横から来る米粒弾に神経を集中させなが ら、三人分の火力で一気に撃破だぜ!」
「ラジャー!」
「ういっす!」
「――ライスシャワー!」

 早苗のスペルが放たれるよりも早く、中央に躍り出た魔理沙達が渾身の力で撃ち込みを開始する。
 米粒弾の薄いところに陣取って三位一体の集中攻撃……それだけで早苗が怯んでくれると楽だったの だけど、彼女の強化具合は気持ちが悪いほどで、全くダメージを感じさせない顔で米粒をばら撒き続け た。
 思っていなかった展開に三人に冷や汗が垂れる。

「ま、魔理沙さん……こいつ、硬い!」
「心配するな、それより左右に集中してろ! あいつが涼しい顔してられるのもそろそろ終わりだ!」
「魔理沙、嫌な予感がするよ! 一度下げようよ!?」
「駄目だ、下げたらむしろきついんだよ! そんなことより米粒弾の薄いとこで――え?」
「ぐわぶっ!?」
「て、てゐさーん!?」

 てゐが……被弾……?
 馬鹿な……。
 だが、魔理沙はてゐがぴちゅる音を聞きながらも、目の前に迫ってくる恐怖に全ての思考を持ってい かれてしまった。
 やられた! この弾幕ただのライスシャワーじゃない……!
 
 ――米粒弾と米粒弾の隙間に、巧妙にアボガドが仕込まれているッ!!

「まずは、一人ですわね……!」
「ちっ、こいつはとんだミラクルフルーツだぜ! おい、小悪魔、後ろは任せたぞ!」

 魔理沙はアボガドに撃墜されて後方に吹っ飛んだてゐを回収に向かった。
 限界まで手を伸ばして倒れ行くてゐの手に指を絡めようとした瞬間に、上空から早苗がどてらを着込 んでいるとは思えないような俊敏な動きで接近し、地面に落ちる直前のてゐを空中で拾い上げた。

「ええ!?」

 息一つ乱れてない早苗がてゐを抱え、ゆっくりと背中を伸ばす。
 魔理沙は早苗のスピードと持久力に改めて驚愕した。
 スペルカードの弾幕は消えていたが、早苗の背中から立ち上るオーラはより一層赤く、いや赤黒いと 表現していい領域に入っている。

「早苗……お前……」
「うふふ、このままライスシャワーwithアボガドで一気に三人を倒しても良かったのですが。それでは つまらないですよね?」
「おい、てゐを離せ! そいつは私らの――」
「私らの何ですか? お仲間ですか? まあまあ、どてらの幸せも知らずこのような戯言に付き合わさ れて、てゐさんったら可哀相。さあ、てゐさん、寒い中良く頑張りましたね。ご褒美ですよー」
「う、うう……!」
「やめろ……! てゐに酷いことするな!」
「とんでもない、露出を押し通してぬくもりを否定する事の方がよほど酷い事じゃないですか。さあ、 活目せよ、これぞ東風谷の奇跡なり!」

 早苗が箸の先に白い紙を挟んだようなお払い棒で、てゐの額をえいっと叩く。
 そうするとてゐの身体が煙のような白いものに包まれて、あっと思って煙幕が晴れた頃には、てゐは もうどてら姿になっていた。

「て、てゐー!?」
「うう……? おわぁわ!? なんかどてら着てるー!?」
「どうです、てゐさん? 素晴らしいぬくもりでしょう?」
「く、くそう、なめるなよ守矢の女! このてゐ様がどてら如きで心を折ると思ったら大間違いだ!  板垣死すとも自由は死せずってんで――ひゃあ、ら、らめぇ、隙間無く詰められた裏起毛の絶妙なタッ チが私のハートをなぶるぅ!」
「うふふふ! スマートなピンク基調のデザインながらも紬織り生地のしなやかな肌触りが羽のような 着心地に反してどっしりとあなたを包み込むでしょう!?」
「く、くやしい、私がこんな奴に…………で、でも、ぬくもっちゃう!」
「てゐー! どてらのぬくもりに魂を渡すなー!」
「くうっ……ま、魔理沙、小悪魔……ごめん……私はここまでみたいウサ…………だけどね!」

 最後の力だと言わんばかりにてゐは目を見開き、早苗のどてらの首周りをぎゅっと掴んで叫んだ。

「いいかっ、守矢の女! あんたが相手にしようとしている二人は幻想郷きってのフェチストだ! こ いつらはたった二人だけど、ぶっちゃけ気持ち悪いくらいの執念があるんだぜ!」
「あらあら」
「忘れるな! あんたが相手にしようとしているのはたったの二人じゃない……! こいつらの背中は 、幻想に散っていった百万の兵が……支えている……んだから……」
「うふふ、おやすみなさい、てゐさん」 
「二人とも、ちょっと先に行ってくる……へへっ、楽しかったぜ……グッドラック!」
「てゐ……」
「……ぬく……うま……」
「てゐー!!」

 てゐはもうあちら側の妖怪だった。
 完全にとろけきった顔でどてらを羽織って立ち、早苗が手を離すとゆらゆらと神社の母屋の方に歩い ていった。
 おそらく炬燵を目指しているのだろう……。
 魔理沙も小悪魔もそれを止められなかった。 
 魔理沙は在りし日のてゐの元気な姿を頭に強く思い描いた。

 ――てゐ〜! 
         ――待ってよ、てゐ〜!
  
 二人素足で草原を駆け抜けた日のこと。
 手に持った靴が落ちて笑い合ったこと。
 ……もちろん魔理沙にそんな思い出はないのだが、大体そんな感じのような気がしてきたから、そう いう過去をでっち上げてもいいかなーと思う。
 ちょっと不安になって隣を見ると、小悪魔もそんな感じで再生しているようで安心した。

「……早苗、お前が作ろうとしている世界は何だ?」
「世界? 大袈裟な……私はただ各々に定められた露出範囲という常識を撤廃し、暖かい冬をみんなで 過ごそうとしているだけです」
「それは実に常識人の考えだな」
「そうでしょうか?」
「まあ、いい、平行線だ。お前の目指している方向が間違ってるとは言わん。現にみんな幸せそうだし 、私が必死で救おうとしている霊夢なんかは逆にお前に感謝しているだろう」
「それなら――」
「だが、それでもな、戦う理由をてゐが置いてっちまったんだよ!」

 八卦炉を突き出す。
 早苗の笑顔で細められた目が、ちらりと開いて緑を覗かせた。
 背後で唸る風が戦いのゴングになる。
 小悪魔が右、魔理沙が左に分かれ、早苗を挟撃する。
 だが早苗は突撃してきた小悪魔を突風だけで軽くいなすと、魔理沙に向き直って大地を蹴った。
 
「小悪魔っ!」
「あいあいさー!」  

 打ち上げられた小悪魔が上空から大玉の雨を降らす。
 早苗はめんどくさそうに軸をずらすと、何の障害もなかったように魔理沙に目掛けてお払い棒を突き 出した。  

「残念! そこが八卦炉の真正面だ! いっくぜぇー!!」

 これでダメージが通らない奴なんて、幻想郷にいない。

「マスタースパァーク!!」

 絶対の自信をもって放たれた至近距離でのマスタースパーク。
 膨大な光の波に早苗の姿が呑まれていく。
 どうだ? これで勝敗が決するほどのダメージが与えられたかどうか……分からない。
 だが戦意を削ぐだけの威力はあったと、手の中で熱い八卦炉が訴えていた。
 そんな手応えに酔っていたら――。

 ――耳たぶの近くでぞっとするほどの優しい声が聞こえた。

「……ラストバトルにボムは効かない。常識でしょう?」

 首筋に息がかかりそうな距離で、早苗が唇の端を吊り上げる。
 その声から優越感が感じられた。
 驚きで漏れた白い息が早苗の髪にかかって消えた。
 早苗は本体どころかその着衣に傷一つ無い。

(どうしろってんだよ、こんなの……!)
 
 絶対的不利を知った魔理沙は腰を落としてその場から飛び退こうとしたが、そんな魔理沙の右腕は早 苗に掴まれて、とんでもない力で上に捻り上げられた。
 上空の小悪魔は距離があって、援護は間に合いそうもない。
 やられる……!

「どてらの世界へ……ようこそ……!」

 大きく振り上げられた早苗のお払い棒が、魔理沙の頭に――。

「させないよっ!」

 魔理沙の目の前で大きな火花が散ったように見えた。
 早苗のお払い棒が柳のようにしなって弾かれる。
 てっきり小悪魔の援護が間に合ったのだと魔理沙は思ったのだが、飛んできた武器は鉄の輪で、その 持ち主は違う人物に心当たりがあった。 
 
「諏訪子参上!」

 ブーメランみたいに戻ってきた鉄の輪を神社の屋根の上でばしっと受け取り、洩矢諏訪子はポーズを 決めた。
 場にいる全員が、早苗すら例外なく屋根に立つ諏訪子を反射的に見上げた。
 その瞬間捻りあげる力が緩んだのを感じた魔理沙は、これはチャンスだとばかりに早苗の手から転が り逃げて距離を取る。
 早苗は魔理沙のことなど目にも入ってないようで、己の神社が祭り上げている神に向かって話しかけ た。 

「これは、洩矢様。今までどちらにおられたのですか? 先日から姿が見えず、早苗は心配しておりま した」
「ちょっと考えるところがあってね、守矢神社から離脱させてもらったよ」
「まあ、なんてこと」
「早苗、もうこんなことは止めるんだ。これ以上どてら化を進めればきっと不幸になる!」
「計画は順調に推移しております。今更恐れるものなど何もありませんわ。それに洩矢様だって計画に 大賛成しておられたじゃないですか」
「そ、そりゃあ、まあ、神社の財政は潤ったけどね。でも、まさか、マジでどてらと信仰が結びつくと はその……」
「ええ?」
「と、とにかく事情が変わったんだよ! 中止、中止! 神様命令!」
「……それは八坂様のご意見ですか?」
「うっ、神奈子には訊いてない」
「では、駄目ですね。八坂様と守矢神社の為に、私は頑張ります」
「違うっ! 早苗は神社のことなんか考えてない! 口実だ! 早苗はこの力をもって普通の人という 評価から逃げたいだけだ!」

 その言葉に魔理沙は早苗が怯んだように下を向いたのを見た。
 だけど、それは一瞬で早苗はまた笑顔になって上を向いて話し始めた。

「どうしても、洩矢様がご理解頂けないというのであれば、私は八坂様への信仰の為に障害を取り除か なければなりません」
「その表情で言われると怖いなぁ……」
「武器を下ろしてくださいますね?」
「ノーサンキュー、けろ」
「ふざけた返事……至極残念です……」
「魔理沙、小悪魔! 何も考えずに母屋に向かって走れ! 私が殿を務める!」
「……だが、今の私なら、あなたとだって戦える!」

 後ろに下がった早苗が落ちていたお払い棒を拾い上げて、諏訪子に躍りかかるまでコンマ二秒。
 諏訪子は鉄の輪を投げつけてそれを迎撃し、魔理沙達に怒鳴った。

「なにやってんの! 早くっ!」
「で、でも母屋に入って何をするんだぜ?」
「言うまでも無く、寝ている霊夢を叩き起こすのですわ!」
「……え、あの、どてら霊夢を?」
「そうです、朝早くから霊夢を起こせば大暴れ間違いないですけれど、って、早くその、にゃにいいっ !? どてらなのぉ!?」
「ええ」
「うそおー!?」

 諏訪子の動きが鈍ってきた、相当ショックだったのだろう。諏訪子の頭の中では、寝ている霊夢を叩 き起す>異変解決へ、というフラグがべきべき折れているのが見えているんだろう。
  
「洩矢様! 私をがっかりさせないでください! その程度ではないでしょう!?」
「ちょ、たんま、たんま! 冬眠前の蛙に本気出すとか大人げないよ早苗!?」
「これが……これが私が懸命に近づこうとしてきた二柱の神の一人ですか! もっと本気を見せてくだ さい!」
「……わ、私らはどうすればいいんだぜ?」
「いいから母屋に駆け込むよ! 早苗も神社ごと手を出してきたりはしないから!」
「逃がしません!」

 魔理沙は小悪魔とアイコンタクトで話し合うと、早苗と諏訪子を置いて一目散に母屋に駆けた。
 諏訪子もそれを見て、ミシャグジ様のスペルを屋根に叩き付けると、早苗に背中を向け蛙の瞬発力で 母屋の玄関を目指す。
 雪崩れ込むのが早いか、早苗が突破してくるのが早いか。
 魔理沙が一番にスライディングで駆け込む、続いて小悪魔がほぼ同時にヘッドスライディングで玄関 を越えた。
 振り返って二人が諏訪子を呼ぶ。
 諏訪子は二人の声に元気に応えて跳んできた。
 あと少しでゴールだ、耐久スペルが作り出してくれた早苗と諏訪子の距離は、セーフティリードであ ると誰もが思った。

「すわっ!?」
 
 何も無い場所で諏訪子がこけた。
 諏訪子がドジったのではない、早苗がしっかりと諏訪子の足首を掴んでいた。
 その動きは風にも勝る。神速は飛んだというよりは、空間を超えてきたというレベルであった。

「くそっ、諏訪子が! 小悪魔、先に霊夢のところへ行ってろ。ちょっと諏訪子を助けてくる!」
「た、たすけるって、無茶ですよ、簡単に言わないでください!」
「諏訪子はこの戦いに絶対必要だ。こんなところでどてらに堕とさせたら、先に逝っちまったてゐが泣 くぜ!」
「だ、だけど、どうやって」 
「なあに、私がブレイジングスターで突っ込んだら早苗だって幾ら何でも怯むだろう」
「自爆じゃないですか! そんなことしたら魔理沙さんがどてらにされちゃいますよ! てゐさんの言 葉忘れたんですか!?」 
「……悔しいが諏訪子の方が私より戦力になる。てゐだって許してくれるさ、それじゃあな」

 急ぐ魔理沙の肩を小悪魔が強い力で掴んだ。
 魔理沙が驚いて振り返る。

「……そういう考えなら突っ込むのに最も相応しい人物がいます」
「小悪魔?」
「魔理沙さん、パチュリー様がネグリジェで図書館を闊歩する未来! 期待していますよ!」
「お前――!」

 魔理沙の叫び声を背中越しに聞きながら小悪魔は飛び出した。
 自分が一番弱い、犠牲になるなら私しかいない!
 小悪魔はそう思った。
 屋根に飛び上がると、屋根を蹴って、身体を勢い良く回転させながら、早苗を目指して急降下した。

「こいつが私の……リトルレディスクランブルだ!!」

 これはレミリアのバッドレディスクランブルの猿真似で、グレイズも打撃無敵も無いただの突進技だ が、小悪魔の魂がこもっている。
 スペルカードを持たぬ小悪魔が、己の身体能力を最大まで引き出した、一度限りの捨て身の突進。
 冬の空に赤く燃える火の玉のような小悪魔を見ながら、魔理沙は小悪魔の最期の言葉を思い出してい た。
 
『魔理沙さん、パチュリー様がネグリジェで図書館を闊歩する未来! 期待していますよ!』

 彗星は瞬きする間も無く、早苗の背中へと降り注ぐ。
 激突に世界が揺れる。
 ノックバックした早苗の手が諏訪子の足から離れたところで、魔理沙は肺から全ての空気を搾り出し て諏訪子を呼んだ。
 目を白黒させながらも諏訪子が立ち上がり、こちらに向かって駆け出す。
 頭を振って立ち直った早苗が慌てて諏訪子を追おうとしたその軌道上に、膝の笑いが止まらない小悪 魔が立ち塞がる。
 小悪魔はその場所に踏ん張りながら、こちらに親指を立てて見せた。
 
(グッドラック……!)

 魔理沙は一度だけ頷くと、振り返らずに諏訪子の肩を抱いて母屋へと急いだ。
 魔理沙の瞳に負けられない執念の火が灯る。

「逃げるのかっ! ヒーロー!」

 早苗の罵声を聞きながら、魔理沙は駆けた。

 

 

 

 


ぶつかり合い、競い合い、強い奴だけが残っていく。
そういう意味で歴史と力士は似ている……。



後編
SS
Index

2008年12月14日 はむすた

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