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「この見積もりだと……小売価格は幾らくらいを?」 「人間のお金で一万は超えるだろうと思います」
この程度の女だったかと、十六夜咲夜はこの台詞に失望していた。 気になって出向いてみれば、さっきから業界を解っていない台詞ばかりが飛び出している。 五千円。 このラインだ。 ここを切れるかどうかで各メーカーが鎬を削って争っている……。 動かしたい関節を削ってでも、売れる値段へと修正していく、子供の玩具に出せる金額は五千を超えた時点で金を出す大人が冷めてしまうからだ。 なのにこの金額、材料費だけで五千円を超えているじゃないか、これに人件費、発送費、卸売り業に回り、小売へと動いて最後に店頭に並んだ時に一万じゃ済まない金額だろう。 咲夜は鼻で笑った、これが技術者が付けたがる良心的な金額という奴か。 「ドールハウス。シルヴァニアファミリー」と書かれた企画書の上に、馬鹿げた金額の見積書を伏せた。
「解りました、折り返し連絡致しますので」 そう言いながら、もう連絡なんてしないだろうと思ってる冷めた自分がいた。 紅魔館の主力はあくまでレーミィ人形、最盛期の勢いは無いが順調にシリーズを重ねて十代目を突破したレーミィ人形が紅魔館を支えている。 勘違いしてはいけない、ドールハウス化とはレーミィ十周年に便乗して小銭稼ぎとして出た企画なんだから。
「メイド長、一つサンプルを見ていただけませんか?」
ドアに向かう咲夜の背中に静かな声がかかった。 サンプル? 振り返った咲夜の前にまだ色も塗っていない白いレーミィ人形がいた。 中途半端な物を見せられても……このまま泣き落としでもするんだろうかと眉を顰めた咲夜は、次の瞬間信じられない物を見た。
(れみ)
(りあ)
(うー☆)
動いている……! 人形が――いやそれは動かされていたのだけど、まるで指の先まで神経が通っているかのような繊細な動きだった! 咲夜は土下座した……! 目の前の人物へではなく、部屋に漂うレミリア・スカーレットの幼女臭に頭が上がらなかった! 五分後に声をかけられるまで放心状態で頭を下げていた……!
「ねえ、たかだか五千円やそこらのお金で、レミリア嬢の幼女臭が出せると思っているの?」
その時、歴史が動いた。
SA会談と呼ばれるこの日を境に、ドールハウス、シルヴァニアファミリーの進撃が始まる。 空前のレミリアブーム、電撃の三年間、振り返ればドール市場の九割を占拠した空前絶後の入れ替わり劇だった。 企画を持ち込んだ少女は業界ではミクロの関節師と崇められ、今でも紅魔館の門を潜ればすぐにその輝かしい実績とシルヴァニアファミリー第一号を見ることが出来る。 ミクロの関節師……。
後のアリス・マーガトロイドである。
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