自機の裏で泣く人達

 

 

 

*注意。この話は、東方文花帖 〜 Shoot the Bullet のネタバレっぽい事が含まれています。




何だか幻想郷を舞台にした新作ゲームが、この冬に外の世界で発売されるらしいのだ。

―東方文花帖 〜 Shoot the Bullet―

凄い事になってしまったなぁ、とか天狗は空を飛びながら考えていた。
何と、自分が主人公に決まってしまった。

『……いやあああぁぁぁあぁっ!!』

発表があったときの霊夢の叫び声が実に生々しかった。

『あはっ、やだー、もう人気の無い主人公だねぇ、とか笑われてたのも終わりかぁ。
ちょっと、すっきりしたかな? ラスボスで出てやる、うん、本当にすっきりしたわ。
あら、文は ラスボスで出てやる、全然気にしなくていいわよ? 射命丸文、今回は本気で殺りに行く、おめでとう主人公』

社交辞令に、唐突に本音が割り込んでくるので、文は怖くて仕方なかった。
霊夢は左で泣き、右で笑うという、モナリザも真っ青の両極端な顔を作っていた。
今回は本気で殺る、の部分がこびりついて錆びのように固まってしまって、聞きたくないのに何度も再生されて夜中に魘された。
あんまり霊夢の悪夢ばかり見るもので、夜中に飛び起きてみると、霊夢の青白い顔が布団を見下ろしていた。

もう、夜も眠れない。

「いいえ、何事も前向きに考えろ。です」

とにかく今回の件だってネタになるのだ。
作品への意気込みを、妖怪の皆さんに聞いて回って、それを一つの記事に仕立てようと文は考えていた。
寝不足の目を擦りながら、文は目的地に急いだ。

―――――

「あら、天狗?」

永遠亭の門の前で、文は目的の人物に出会った。

『働かないんじゃない、働けないんだ』

何の意味か解らないが、輝夜はそんな看板を一人で立てていた。
遠巻きにウサギ達がひそひそと声を潜めて、顔を寄せ合っている。

「どうしたの? 何か用かしら?」
「はい、新作に対する意気込みを、妖怪の皆さんに聞いて回ってるところなのです」
「で、私に?」
「はい、是非ともインタビューを」
「そう……、まぁ、いいわ上がって頂戴」
「お邪魔しますー」

立派な部屋に通される。
茶菓子と座布団がすぐに運ばれて、ごゆっくりどうぞという鈴仙が頭を下げた。
広い部屋である。
でも、文は隅っこに座っていた。
……布団がまだ中央に寝かせられていたから。
襖の向こうで二つの影が言い合いをしている。

(ちょっと鈴仙! なんでまだ布団上げてないのよ!?)
(え!? だって輝夜様いつも三度寝するじゃないですか)
(客来た時くらい配慮しなさいよ!)
(で、でも、布団引いてなかったらなかったで「眠たい時に布団が無い人生なんて!」って怒りますし)

その時、ニートが動いた。
大地が弾んで、ローリングソバット。
菊の季節に、鼻血が満開。
貴方の夢は何ですか?
私の夢は平和な取材。

障子に散った赤の華に、物事の凄惨さを感じていると、輝夜が襖を開いて笑顔で入ってきた。
すいません、血は拭いて下さい。

「ごめんなさいね。ちょっと興奮しちゃって」
「い、いえ、御気になさらず。それより血を」
「あ、やだわぁ、布団がそのままじゃないの。おほほ、鈴仙ったらいけずー」

今気が付いたフリをして、敷布団と掛け布団を分離もせずに、輝夜は布団を巻き始めた。
ハムみたいになった布団を担いで、押入れを開く。
何故かその中にてゐがいて、物凄い勢いで「デバガメじゃない! デバガメと愛は違うんです! 弱みを握るのではなく私は貴方の心を掴みたかった!」と言い訳をしていたが、輝夜はフルスイングで布団を叩きつけて文の元へ帰ってきた。

また、血が増えている輝夜の顔を、もう文は直視出来なかった。

「あ、あの、インタビュー始めても……?」
「ええ。いつでもどうぞ」
「それでは、次回作に対する、輝夜さんの意気込みを一つ」
「………」
「え、ええと?」
「……ふっ、私って、まだ決まってないのよね」
「はい?」
「出演よ。ぽっちゃり妖精や歴史狂とか微妙な奴らですら順調に決まっていってるのにね。ボスクラスも吸血鬼が堂々と動画で出てるし……」
「は、はぁ、しかしまぁ、輝夜さんが出ないってわけはないでしょう」
「そんな風に思っていた時が、私にもありました」
「え?」
「永遠亭から兎が二人も自機で出てるのに、EDで私の姿がないばかりか、自分が一言も触れられてないなんて、そんなまさかがね……」
「い、いやその前作の事はどうでもいいのです。今回の作」
「どうでもいい!?」
「ひっ!?」
「どうでもいいわけないでしょう!? スルーされた人がどれだけの屈辱を味わってるか、あんた解ってんの!?」
「ま、まぁその」
「あれじゃ、永遠亭のボスが永琳みたいじゃないのよ! 何よ、あいつ『姫、今回は私も出ませんから』とか言っときながらエンディングに出まくりじゃないの! その数、なんと三つよ三つ! 信じられないわ! 非常識だわ! 問い詰めても『必要があって仕方なく出ました』とかぬかしやがる! 明らかに仕方なくはない! イナバ二人は何とか解るわよ? コンパロに出る必要は無かった! よってギルティ! 確実なギルティ! 仕方なく……って……仕方なくって……! そうよ、私は永琳には喜んでいて欲しかったのよ! そうすれば私はまだ救われた! なのにあの態度は酷い酷過ぎる! 出たくて仕方ない人が世の中にどれだけいると思っているの!? 陽の当たらぬ部屋で人形達の虚ろな目に囲まれて一人膝を抱えて朝日を待っている某マーガトロイドの事! たまにでいいから思い出してあげて下さい! 本当にたまにでいいから!」

そこまで捲し立てて、それから輝夜は泣き始めた。
文は思った。
この人から聞ける事はもうないだろうって。
何で最後だけ、話がアリスに変わったんだろうって……。

―――――

輝夜を諦めて、永遠亭を後にした文は、アリスの住む森へ向っていた。
もし引篭もり同盟とか、不遇キャラ同盟とか組んでいたら、逆にネタになるかもーとか不謹慎な事を考えていた。
鬱蒼と茂る森の中、アリスの明るい色の邸宅はとても目立った。
魔理沙の住みかとは大違いだ。

「いい所に住んでるなー」

自分の住処と比較して、何だか惨めになりながら、文は玄関のベルを鳴らした。
……。
出てこない。
留守かなー?
文は念の為、庭の方も眺めてみたのだが、やはり、誰もいなかった。
踵を返して帰ろうかと思ったが、気になって、もう一度だけベルを鳴らしてみた。
そしたら、カラカラという綺麗な音に混じって、中から嗚咽のようなくぐもった声が聞こえてきた。

「シャンハーイ?(アリスー、ベル鳴ってるよー)」
「いいのよ、上海、どうせピンポンダッシュだから……」
「ホラーイ(そんなことないよ、友達かもしれないよ)」
「蓬莱、それ以上言わないで。友達なんて私にはいないんだから」

(うわ、人形と会話してやがる……)

「シャンハーイ!(アリス、勇気を出してー!)」
「ホラーイ!(夜明けはすぐそこにあるよ!)」
「解った、解ったわ、今度だけよ、今度誰もいなかったら私はもう……」

段々と声が近づいてくる。
正直きもかった。
速攻で脱出すべきだと思った。
でも、せっかくなので取材してから帰ろうか、と思いなおし、襟を正して両手を前に揃えてアリスの到来を待った。

――がちゃりっ

「あ……」
「こんにちは、アリス・マーガトロイドさん」

満面の笑顔でアリスを出迎えた文は、頭をぺこりと下げる。
アリスから服がくたびれている感じは受けないし、髪も見事な金のウェービーヘアだった。
どうやら几帳面な生活を続けているらしいと、文はほっと息をついた。
落ちぶれてたらどうしようとか、結構失礼な事を考えていたのだ。

「うう、お客さんが来た、私まだ忘れられてなかった……ぐすっ」

瞳を潤ませて、アリスは両手で顔を覆った。
蓬莱と上海が、アリスの指の隙間から涙をハンカチで拭いていた。
アリスは二人をやんわり払うと、涙目のまま、文に話しかけた。

「ええ、ようこそアリスの家へ。歓迎するわ。貴方はえーっと」
「射命丸文です。文々。新聞の取材でこちらにお邪魔させて頂きました。もし時間があれば、少しお話が聞けたらと思いまして……」
「……」
「あ、あのー。お邪魔でした?」
「誰ですって……?」
「ですから、射命丸文です」

アリスの顔から笑顔がすーっと消えていく。
残った暗い瞳の中に、どす黒い殺意を感じた。
というか、両脇の人形が刃物を構えてこちらを睨んでいるのを止めてあげて下さいと、文は願った。

「話は聞いてるわよ、暴れん坊天狗」
「え? あ、はい?」
「貴様に出す紅茶など無い!」
「別に紅茶が欲しくて来たわけじゃありませんよ!?」
「知ってるわよ! 今度は主人公なんですってね!? 貴方も私を笑いに来たのでしょう!? どいつもこいつも、どいつもこいつもー!!」
「だ、だから取材に」
「止めて! そんな目で見ないで! 私を売れ残った惣菜みたいな目で見るのは止めて!」
「どんな目ですか、それ」
「私にだってまだプライドがあるんだから! ええ、そうよ今回は背景だけとかそういうのも全然OK!」
「言ってる事の前後が合ってませんよ」
「シャンハーイ(アリス不安定なの、今日は帰ってー)」
「ホラーイ(泣かないでアリス、泣かないで〜)」
「あの、通訳してもらえません、これ?」
「オマエヲコロス! と言っている」
「……はぁ」
「うふふ、私も自機なんかにならなければ、不相応な夢を見ずに済んだでしょうに……ふふふ、あははっ、あーはははっ!」
「シャンハーイ(危険、危険、アリス、おくすり飲もうー?)」
「ホラーイ(ベッドに戻ろー、安静にしてなきゃ駄目ー)」
「貴様ノ墓場ハココダ! と言っている」
「通訳はもういいです」
「メランコリーが出た時は私も期待したわよ! これはもう私しかいないと! EDは必ず人形遣いである私との絡みだと!ところが何!? うどんげと永琳!? ふざけんなこら! 何がコンパロコンパロよ! コンパロ、コンパロ、私に人気集まれ〜! なーんて、あはは!」

彼女は、相当苦しんでいるらしい。
これは、取材どころではないようだ。
逃げたい。
一刻も早くこの場から。
そして、何も見なかった事にしたい。

「とにかく、あんたみたいな新参者が主人公に大抜擢される事が、どれだけ多くの不幸を招いているか反省しなさい」
「やー、別に私、なりたくて主人公になったわけでは……」
「私だってなりたくて友達ゼロなわけじゃないわよ!!!」
「会話をしましょうよ。カルシウム足りてます? それとまぁ、アリスさんには霊夢とか魔理沙とか友達いるじゃないですか」
「一週間ほど前に霊夢に『アリス、ごめん、他に人がいる時は知り合いで通して』って言われたばかりよ!」
「きついですね」
「そんなに人形と会話するのが可笑しいかしら!?」
「はい」
「誰だって夜が来れば人形と話の一つくらいするでしょう!?」
「しません」
「霊夢なんてこの間、腋と会話してたわよ!?」
「特ダネです」
「ごめん、嘘! ほんとゴメン! 霊夢には黙っといて!」
「解ってます」
「全く、貴方は、主役を取られた霊夢がどんな気持ちで日々を過ごしているか知ってるのかしら!?」
「私の枕元に、毎晩呪詛を唱えに来てます」
「それを見て霊夢が可哀想だと思わないの!?」
「どう見ても、私が一方的に可哀想な気が」
「なんて酷い! あんまりだわ!」
「えぇ、私が……」
「ああっ、魔理沙と組んでた頃が懐かしい……もっとも、あいつは人気があるから、また出まくるンデショウケドネ! ギギギ!」
「シャンハーイ!(歯軋りが終わってる〜、もう駄目〜、ホーライー!)」
「ホーライ!(シャンハイ任せて、二人でアリス救助するよー!)」
「くっ! 止めなさい上海! 離せ失せろ! 主の命令が聞けないの!? くぅ、私は常に冷静よー!」
「シャンハイ(異常な人は皆そういうの〜)」
「ホーライ(酔っ払いの原理〜)」
「解ったわ、喧嘩はやめましょう? 私ってば会話上手だから誰とでもすぐ友達になれるの! 貴方に藁人形が一番輝く時を伝えたい!」
「シャンハーイ(ほら、アリス。神綺様への定期連絡の手紙書かなきゃ)」
「ホラーイ(私は元気に頑張ってますって書いて、安心させなきゃー)」
「いやぁ! やめてぇ! もう嘘だらけの手紙は書きたくないのー! 一行目から手に震えが来るのー! あれからずっと自機――」

――バタン。

扉は閉まった。
ネタは十分聞けた。
だが……。

文は頭を抱えて芝生に蹲った。
痛かった。
あまりにも。
これを記事にしたら、天狗じゃない。

『あれからずっと自機』

手紙を読んだ魔界神は、その言葉に綺麗に微笑む事だろう。
彼女はもうずっと嘘を重ねるしか道は残されていない。
何時か自機になれたとしても、彼女の嘘は消えてくれないのだ。

ひょっとしたら、私も何時かそんな日が来るのだろうか……。
……盛者必衰の理。

――奢れる者は久しからず 只春の夜の夢の如し
――猛き者も終には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ

「風の前の塵に同じ、か」

主役、頑張ろう。
毎晩、霊夢に魘されても、主役の座を返上する事だけは止めよう。
文は百万の風を従えて、天空へと舞い上がった。

どうせ書くなら、もっと明るい話題を探そうと。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

文花帳の全キャラ出演ならいいなぁ……。
チルノとレティの同時攻撃とか見てみたいものですが。



SS
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2005年12月4日 はむすた

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