- ■追記
氷精の友達の――名前を出すとまずいもんで、仮にCちゃんとしときましょうか。
そのCちゃんが、春休みの共同自由研究に「鴉の生態研究」なんて選んじゃったんですよ。 うわぁぁ、と思いましたよ。 あり得ないんだ、Cちゃん共同研究なのにいつも手伝ってくれないんだ。 負けるもんか、負けるもんかって、ここずっと頑張り続けて私生活はしっちゃかめっちゃかで、 最後には、Cちゃん今度こそ泣かす! 今度は誤魔化されない! ってな具合だったんです。 更に例の事件で鬱までうつっちゃって、うっかり寝込んでたら、提出期限が二ヶ月も過ぎちゃったんですよ。 レティ先生ご立腹だったなぁ……。
だけどそれもようやく仕上がったってもんだから、私もご機嫌でね。 Cちゃんが「出来たぁ?」とか悪びれもせず訊いてくるのを許しちゃいました。 私も、Cちゃんが嫌いじゃない、嫌いじゃないもんだから笑顔なんて大好き。 二人でトットコトットコ、レティさんの家まで歩いていきましたよ。 遅れた宿題を出しに行くのに、飛ぶなんて無粋ってもんです。
そしたら、道すがらあんまり暑いんで涼しい話でもしようかってなってね。 あーでもないこーでもないなんて、言ってるうちにレティさんの話になってね。 「どうせなら宿題も、レティさんが起きてるうちに出したかったね」って、 そう言ったんですよ、そしたら……。
「Dちゃん、レティなら昨日いたよ」
ってCちゃんが言うんです。 よせやーい、ってなもんですよ。 夏ですよ? 夏。 いるわけがない、いちゃいけないんだ。 冬の妖怪が夏に立ってるわけが無い。 でも、Cちゃんはしつこくてね、いたよ、レティはいたよって、 仕舞いには昨日は一緒になって大福まで食べたって言い出すんです。 私もいい加減怖くなって「滅多なことを言うもんじゃないよ!」ってきつく言っちゃいまして。 それがきっかけでCちゃん帰っちゃったんですよね。 最後までむすーっとした顔でしたよ、ええ。
ちょっと怖かったけど、一人でレティさんの家まで行ったんです。 ドアのノブを回すと、ギィィィィィィィ……って音を立ててドアが開きました。 そしたら、おかしいんだ、雰囲気が……何か中にいるっていうんですかね……。 やだなぁやだなぁって思いながら入ると、寒いんですよ、ぞーっとするんです。 だけど、そこは若いんだなぁ、ここで帰ったら笑われると思って、奥に踏み込んじゃった。 レポートだけ、レポートを置いたらすぐ帰るって振り向かずに歩いて……。 そうしてるうちに、レティさんのデスクまで着いちゃいましてね。 ええ、簡単に書きますが身体は震えてましたよ。 蜜柑の空箱が置いてありまして、提出が遅れた人はココに入れておけ、と書いてるんです。 私ったら怖いもんだから、半ば放り投げる勢いでレポートを置いて、すぐに帰ろうとしたんですよ。 そしたら、ビュオオオオって、室内なのに風が吹いた。 ビュオオオオって凄い風が。 その風に私のレポートがパラパラパラって捲れて、最後のページが開いたんです。 ああ、勘弁してぇ、ってな感じでしたよ。 開いたまま去るのも心苦しいし、ページだけ戻しに行ったんです。 でも、開いたページを見た瞬間、背筋がビキィ! って凍りついた!
「レティさんは太ましい」
書いてない、私はそんなこと書いてないんだ! 太まし……で気付いて止めて、その後は消しゴムまでかけたんだ! でも、誰もいないんだ、誰もいない中、私のページだけが証拠を訴えてる! 消さないと、誰かに見られる前に早く消さないと! ポケットから練り消しを取り出して、レポートにガーッと消しゴムをかけに行った。 でも、ひどいことに文字が消えてくれないんだ、それどころか下では信じられないことが起こっていた。 行書体から明朝体、ゴシックから丸ゴシック特大ゴシック、文字がドンドンドンドン太くなる! ドンドンドンドン太くなって、うわぁ、これどこの犯行声明文だよって大きさになった!
「うわぁぁぁあ! 赤ちゃんだってこんなに太らないー!」
もう、レポートの半分は太ましいって文字で埋まってて、私泣きながら消しゴムかけてた。 文字はレポートから食み出して、蜜柑箱にまで写ってきて、夢に出てきそうな大きさになった。 こんなの見られたら、圧殺されても文句が言えない! レティさん、ごめんなさい、ごめんなさい、なんまんだぶ、なんまんだぶ! 頭の中で繰り返して、手は消して消して消して、紙が擦り切れるほど消していった! 何時間もそうやってたら……。
ふと、部屋から気配が消えたんですよ。
寒さも消えて、外からは別れたはずのCちゃんの声が聞こえてきた。 ああっ、許されたんだ、私は助かったんだ、って思いましたね。 大きく溜め息を付いて、レティさんごめんなさい、安らかにお眠り下さいって祈った。 そのうち右肩にぽんっと手が置かれて、チルノちゃん、ありがとうって私は振り返ったら――
「太ましいって言ったのは……その口かしら……?」
その瞬間、意識がスーっと……。
いやぁ、こういう事ってあるんですねぇ……。
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