揺れる心、揺れない形(1)

 

 

 

 対面で揺れているプリンに、ルナサはもう一度わざとらしい溜め息を吐きかけた。

「ねぇ……まだなの?」
「んー、もうちょっと」

 メルランは将棋盤と睨めっこしながら、スプーンの腹でぺちぺちとプリンを叩き、プリンを揺らす。
 その揺れに合わせて、ルナサの心も揺れる。
 何やってんの、この子は。

「あのさ」
「なーにー?」
「昨日のチェスもそうだったのだけど……勝負中にプリン食べるの、止めてくれないかな?」
「姉さん。世の中には二種類の人間がいるわ。プリンが大好きな人とそうではない人よ」

 関係ないじゃないの、とルナサは思ったが、これ以上突っ込むと「プリンF分の1揺らぎ説」が出てくるので退くしかない。

「後手、メルラン6段、九度目の長考に入りました、残り二分です」

 リリカの声を受けて、メルランがようやっと椅子から腰を浮かせて、さあ指すかと思わせといて、また椅子に戻りプリンを叩いた。
 その様子に、ルナサは頭をがんとテーブルの角に打ちつけ、悶える。
 もう、いいから、指さなくてもいいから、それ早く食べてしまいなさいよ。

 そういえば段位だが、これに全く意味は無く、メルランがぐるぐる回ってる6という数字が大変好きなので勝手に名乗っているだけ。
 あ、9は馬鹿に取られた。

「残り一分です。制限時間を使い果たしますと、それ以降は一手三十秒以内でお願いします」
「えー、リリカ、もうそんなにー?」
「つーか、メル姉遅すぎでしょ。まだ十手も打ってないじゃん」
「弱ったなぁ……」

 制限時間をつけておいて、本当に良かったとルナサは思っていた。
 メルランは決して頭が悪いわけじゃないし、待ってやれば良い答えを出す時もある。
 だが、それもまちまちだ。
 年中頭が春のメルランに付き合うのは、鬱っぽいルナサには辛い時もある。

「ねぇ、三十秒で指せないとどうなるの?」
「もちろん、負けよ」
「むぅ……ひどい……」
「メルラン6段。制限時間一杯となりました」

 やっと、終わりか。
 三十秒以内でメルランが指せるわけが無し。
 ルナサはもはや試合には興味なく、本日の昼のメニューを考えながら、飲みかけの紅茶を一気に喉に流し込んだ。

「制限時間一杯となりましたので……これよりスーパーユトリタイムに入ります」

 そのまま噴出した。

「スーパーユトリターイム!」
「スーパーユトリターイム!」

 メルランは両手を上下にばたばたさせ、リリカはキーボードを鳴らしながら台所に走った。
 ルナサはすぐに二人を止めるか、もしくは勝利宣言をして席を立つべきだった。
 判断が遅れた。
 その間に、キャスター付きテーブルがそよ風のように自然に部屋に駆け込んできた。
 テーブルの上には、メルラン専用と書かれた赤いバケツがあり、メルランの前にはスプーンとフォークが並べられる。

 バケツから、がぽんと飛び出したのは、やっぱりプリンだった。
 プリンがでかすぎて、もはやメルランの顔を見ることは叶わない。
 しかし、フォークで切り取ってスプーンで運ぶという紳士的な食べ方はルナサの心を大きく打った。

「プリンで頭が冴えてきたわっ!」

 プリンの横からメルランが飛び出て、プリンとメルランの一部がぷるんと揺れる。
 彼女は持ち駒を一つ握り締めると、ばしんっと勢い良く棋盤に叩きつけた。

(二歩……!?)

 あからさまな反則だ。
 ゆとり教育もここまで来たか。
 冴えてない、さっぱり冴えてないよメルランブレイン。

「メルラン。これ、反則よ」

 しかし、ルナサが前を向いても、プリンしかないのである。
 これじゃ、妹と会話してるのか、プリンと会話してるのか解らない。
 ご丁寧にも、こちらが話しかけるたびに、プリンが揺れて頷くから腹が立つ。

「リリカ、ちょっと、メルランに言ってあげて!」
「なにを?」
「だから、反則だってば!」

 リリカが不精不精といった形で、プリンの裏に回った。
 メルランの表情はわからない。
 二人の声も聞こえない。

「…………」

 そしてリリカはプリンに消えた……。

「リリカァァー!!」

 プリンの揺れが二倍になる。おいひいね、うん、おいひい、とかの気に入らない声も二倍になった。

 ルナサはテーブルに肘を突き、頭を抱えた。
 これは、二対一、いや三対一だ。
 認めざるをえない、プリンという生命体の存在を。

 黙っていても、豊満なボディを利用した威嚇は止まらない。
 ルナサは勇気を奮い立てて、目の前の巨大プリンに向かい、渾身の一手を繰り出した。
 指し終わると、メルランがぴょっこり出てきて、またけしからん胸がぷるんと揺れた。
 プリンが巨乳にオーバーラップして、ルナサを苦しめる。
 歩が前に動いた。
 しかし二歩につっかえて、後ろの歩が困っている。
 私が指す、メルランが指す、前の歩が仕方なく前進してくる。
 取る気も起こらなくて放置してると、やがて歩は淵にぶち当たり、将棋盤の外へと消えていった。

「成れよ! ってか外に行くなよ!」

 何事も無かったように、後ろの歩が嬉しそうに前に出た。
 もう駄目だ、こいつ将棋やる気ない、プリン食いたいだけだ。
 ルナサはプリンに叫んだ。
 止めよう。メルランの勝ちでいい。私が悪かった。もう勘弁してくれ。してください。
 消えた歩が、下から出てきてこんにちは。
 ルナサは泣いた。

「うぅ……あなたたちって子は……」

 もはや、ルナサの脳は限界だ。
 歩が無限ループする試合内容もアウトローだが、何よりアウトローなのはプリンと真面目に将棋を指してる自分ではないかと疑い始めた。
 プリンが揺れる、プリンが揺れる、ここいらでちょっとメルランが揺れる。
 そんな二人が繰り出すバイブレーションは、確実にルナサの精神を蝕んでいった。
 妹のみ揺れるというのは、姉にしてみれば辛い。
 三姉妹は写真を撮られるとき、必ず前から写してもらう事にしていた。
 横から移すと立体的なあれこれで、姉の立場と沽券に関わる問題が起こってくるのだ。
 プリンの何処にそんな栄養素があるのかしらん、だが、自分が食べると肉は胸じゃなくて腹に付く。

「こんな理不尽な世界なんてー!」

 悲しくて、ルナサは飛び込んだ。
 目の前のプリンに飛び込んだ。
 プリンは我が身を貫通したが、向こう側の真ボス、つまりメルランの胸で強烈に弾かれた。
 弾かれて走った、振り向かず駆けた、庭に出て、空に出て、冥界の門を潜り、白玉楼の石砂利を散らし、幽々子嬢の胸でまた跳ね返った。
 涙を拭いてまた走った、遠くへ遠くへ、揺れない世界を求め、無縁塚ではサボり魔から舟を奪い、三途の黒闇を開き、漕いで漕いで手がぱんぱんになるまで漕いで、最後に法廷に着いて四季映姫ヤマザナドゥにぶち当たって跳ね返……跳ね返らなかった。

 ルナサはそこに理想郷を見た。

「閻魔様!」
「ルナサ・プリズムリバー!」

 二人は抱き合った。
 互いに何か通じるものがあった。
 生き別れの親子の再会並に涙した。
 傍聴席の人も思わずハンカチを取り出す。
 それは決して口に出せぬ、地味、とか、貧乳、とかだったのかも知れないが、とにかく二人は友情を感じた。

「閻魔様、聞いてください、妹が!」
「解ります、言わなくても解ります。一方的なおっぱい、暴力的なおっぱい、勝てなくていいのです、しかし負けではありません」

 さすがに深い、見てこの包容力。
 閻魔ともなると年季が違うのだなぁ、とルナサは感心した。
 一体、何年悩んでいるのですかと聞きたくなったが、可愛そうだからルナサはぐっと堪えた。

「ルナサ、世の中には、そんな悩みを抱えている人がいっぱいいるのです。さあ、こちらへ」

 手を引っ張られ、法廷を横切って(被告人がかなり唖然としていた)部屋の隅の隠し扉を開いて、暗くカビの匂いがする石造りの廊下を、ずっと奥まで進んで、閻魔の許可無く立ち入りを禁ずる、と書かれたごつい扉の前に来た。

「アルカディアはあります」
「アルカディア……!」

 何だか宗教的な胡散臭さが、中々にそそられた。
 解らない、けど、何か凄い。

「さあ!」

 取っ手を掴む、一呼吸置いてぐっと引く。
 部屋には、白い内装、揺らめくカーテン、そして見慣れた顔が幾つかあった。

「貧乳革命軍へようこそ!」

 帰ろうと思った。

「ごめんなさい、妹が心配してるのでそろそろ戻りま――」

 刹那、物凄い視線がルナサを串刺しにした。
 霊夢が、妖夢が、魔理沙が、そして閻魔様がルナサを睨んでいた。
 帰さない、と言っていた。
 帰ったら死ぬわよ、とも言っていた。

(しまった、これは罠だ……!)

「おめでとう、ルナサ。あなたは選ばれたわ、みんなで楽しく革命しましょう」
「あの、つまり、ここは何なのかしら?」
「その前に、この記事を見て」

 それは、人気急上昇中の暴れん坊天狗、射命丸文が書いている文々。新聞だった。
 人気があるのは本人だけで、彼女が書く新聞は、殆ど、全く、これっぽっちも、可愛そうになるくらい人気が無い。
 ルナサが最後に見たのは、夜雀の屋台で油取りに使われていたのだった。

「どうしたの? みんなで朗読しようか?」
「いいえ、黙読するわ……」

 優しく話しかけてくる霊夢が怖くて、こんな部屋でつまらない新聞を朗らかに謳いあげられるのも怖くて、ルナサは新聞を丁寧に受け取り目立つ記事に目を通した。この記事とやらが何処なのかは、探さずともすぐに解った。

『射命丸文の、幻想郷格付けランキング!(第一回 バスト編)』

 カーテンが爽やかにはためく。
 反対にルナサの心は嵐の海に投げ出された。

 まさかとは思うが……。

 あくまで目測の結果です、と言い訳がましく書かれた、序文を飛ばす。
 ランキング上位には先程跳ね返った嬢やら冬の忘れ物やら名前の無い門番が――いや、上位を見ている場合ではない。
 メルランはベストテンに食い込んでいた。速攻で飛ばす。
 自分は……自分は……?
 下に行くと、見知らぬ妖怪が混ざり出した、ランキングは百位まであるらしい。
 五十位を過ぎて自分の名前が無い事に舌打ちした、上に入っていればまだいいが、下に入っていることは敗北を意味する。
 下がる、下がる、やがて妖夢の名があった、78位。馬鹿な、自分の名前がまだ無いってのに。ルナサは焦った、焦って上に戻った、しかし名前は無い、八十位辺りからは歯を食いしばった、九十位からは眼も血走った、根性で一番下の百位まで読み進める頃には血が口の端から漏れた。
 だが、自分の名前は無い。何処にも無かった。
 つまり――。

「やだ、私ったら……」

 照れて頬を染める。
 結局、自分は調査対象に入っていないのだ。
 霊夢も、魔理沙も、リリカもここには載っていなかった。
 別に自分だけではない。
 ルナサは安堵して、大きく息を吐い――。

『ランク外:霊夢、魔理沙、チルノ、リグル、ルーミア、リリカ・プリズムリバーとルナサ・プリズムリバー』

「一緒にすんなぁ!!!!!」

 ルナサの憤怒の雄叫びに、半開きのガラス窓が全て砕け散った。

「落ち着いて、ルナサさん落ち着いて!」
「こんのほら吹き天狗がぁぁぁぁっ! 私は確実にリリカよりは大きいってのぉぉ!」
「凄いわ! これよ、この騒音パワーが欲しかったのよ!」
「真っ白なドロワーズの中に黄色いマスタードをぶちまけてひいひい言わせてやろうかぁぁ!」
「やばいぜ暴走状態だ……! 霊夢!」
「任せて! 無題、空を飛ぶ不思議な巫女ぉ!」

 ルナサは孤軍奮闘した。
 空中に浮かされて集中砲火されてる時にもスードストラディヴァリウスカウンター(通称SSC)キャンセル、大合葬一人コンチェルトグロッソ滅という物理的にありえない反撃をして、最強と呼ばれる霊夢達を苦しめた。その時間、実に三十分にも及ぶ激闘だったのだ。

 ルナサが沈黙した頃には、部屋は無茶苦茶になっていて、カーテンも引き千切れて床でゴミと化していた。
 四季は笑っていたが、その笑顔には地獄行きと出ていた。

―――――

 ルナサは魘されていた。

 夢の中で巨乳にピンボールのように弾かれながら、安息の灯火を求めて暗闇を彷徨っていた。
 そんな時、妙にアホ毛の目立つ人に出会った。
 貴女は誰ですか? 貧乳だけど神です。しょっぱい神様ですね。うるさいなー。ごめんなさい。アホ毛を見なさい。たくましい本物だ。
 そして、神は去り際に一言残していった。

『ルナサさん。まな板と洗濯板、割と違うのよ、夢から覚めなさい……』

「はっ!」
「あ、気が付いた?」
「こ、ここは、一体」

 神の言葉に目を覚まし、まず、辺りを見回した。
 部屋に飛散ったガラス、壁に引っ掻き傷、天井に穴、荒れまくった部屋は全体的に白く、放置された病院のような不気味さだった。
 心配そうな妖夢がいた、良かったなと呟く魔理沙がいた、優しく微笑む巫女がいた。
 閻魔一人が、壊れた窓から遠くを見つめて泣いていた。

「あの、閻魔様は何故泣いておら――」
「うん、彼女はおでこのニキビを潰そうか潰すまいかで、すこぶる迷っているのね」
「と、とてもそうには見えない……」

 しかし、こんな荒れた部屋にいた覚えがルナサには一切無い。
 ここは何処なんだ、どうして荒れてるんだ、なんだっけな……なんだっけ……あ。

「そうだ、洗濯板!」
「はい?」
「貴女達まな板と私を一緒にしないで! まな板と洗濯板じゃ凹凸がまるで違うのだから!」
「ちょっと、何を言い出すのよ。新聞読んだでしょう?」
「だから、あれが間違っているの。本当は私、中くらいの大きさよりやや下ぐらいのはずなのよ」
「え? そうなの? ちょっと確かめていい?」

 霊夢の両手が無思慮にぺたんとルナサに押し付けられた。

「ちょっ……! な、何をするのよ!?」
「あれ、ほんとだわ」
「どういう事だ霊夢? 天狗の計測が間違っていたのか?」
「解ったでしょう? もう帰してくれる?」
「でも、貧乳に変わりはないじゃない。ここで頑張りましょうよ」
「私の説明聞いてた!?」
「我侭言わないで! ほら、78位の妖夢だってここにいるのよ! 貧乳の輝かしい未来のため、皆で力をあわせて頑張りましょうよ!」

 その台詞に、妖夢が物凄い嫌そうな顔を浮かべた。
 とりあえず、こいつが自分と同じ立場なのが良くわかった。

「いい? もう一度言うけど、私は――」

 そんなルナサの声を遮るように、独りぼっちの閻魔様が、ガラスを踏み砕きながら、過激な勢いで走ってくる。

「いけません……! どうやら小町が来ます!」
「小町が? いや、でも、ここは安全だろ?」
「それが先程の破壊で、外の注意書きの札の釘がすっぽ抜けてるのです!」
「な、なんだってぇ!?」

 安全地帯が解除された。
 それだけで革命軍の状況は劣勢だ。
 敵の襲撃に対し皆がおろおろし始め、部屋を右往左往しては、隣人とぶつかって額を押さえていた。
 世紀の大混乱の中、小町は普通に扉を開いて入ってきた。

「四季さまー、霊溜まりまくりですよー?」
「ギャー!」

 部屋の隅にゴキブリのように一同は逃げ出し、震えた。
 どうも革命軍は、おっぱいに大変弱いらしい。

「うわぁ……何ですかこの部屋? 凶悪犯罪者のアジトですか?」
「霊夢、ど、どうするのです、霊夢!」
「情けないわね、あんたの部下でしょうが。私は、こ、こんなおっぱいぐらい、ち、ちっと、もこわく……モルスァ!」
「巫女がショックで飛んだ!? 魔理沙、お願いです、小町をなんとか――」
「へっ、貧乳が巨乳様に勝とうだなんて、どだい無理な話だったのさ……」
「何でやさぐれてるの!? 妖夢、妖夢!」
「貧乳生死即涅槃、必死無量光明土……」
「お経!? 違う、貧乳経!」

 閻魔は「終わったー!」と叫びながら、壁に頭をガンガンとぶつけて、現実の巨乳から何とか逃げようとしていた。
 もの凄い顎を開いている小町に、ルナサは歩み寄り、話しかけた。

「小町さんですか?」
「うわっ! は、話せるのかあんた。良かった、集団発狂事件と取り違えるところだった」
「似たようなものかと」
「あの……うちの四季様、あれ、大丈夫か?」
「手遅れです」
「うぅ、あたいは明日からハローワーク通いか〜……」
「とりあえず、この人達を落ち着かせたら私も帰りますので、今は刺激与えないようにお引取りください」
「ご、ごめん、ちょっと四季様に挨拶だけでもさせてくれ」

 小町が閻魔に向って歩いていく。
 閻魔は卒塔婆で乳を指して、有罪、有罪、と泣きながら繰り返していた。
 小町はその姿に合唱礼拝をし、諦めたような顔でドアの方へ向いた。

 だが、巫女はこれを待っていた。

「ふっふっふ……全ての乳は後方に無力。覚悟ーっ!」

 魔乳の圧倒的火力を封じた、博麗霊夢の一瞬の閃き。
 電光石火の三角飛びから小町の腰に飛びつき、抱きつくように細い腰を抱えたら、自慢の博麗スープレックスまであと三秒。
 脳天直下、しかも床に投げっぱなしだ。
 ごーん、という鈍い音を残して、霊夢は仰向けに、小町はうつ伏せに倒れた。
 その光景に誰もが泣き止み、喚き止み、部屋の中央に倒れた小町を、ただ信じられないといった形相で指の間から覗いていた。

「神は死んだ!」

 神社の巫女さんとは思えないような発言をして、霊夢が親指立てて立ち上がる。
 五秒間の静寂の後、部屋が沸いた。
 霊夢、霊夢、霊夢!
 圧倒的な霊夢コールが鳴り響く中、四季映姫ヤマザナドゥは一人、部下の小町へと近寄っていく。
 四季は食み出た横乳を卒塔婆で突いて、その見事な弾力に、はぁと溜め息を吐いた。

「有罪では仕方が無いですね……」

 おっぱいを憎んで、人を憎まず。
 決して私情を交えぬこの裁き、四季映姫ヤマザナドゥとは閻魔の鑑である。


―――――

 一方その頃。
 プリズムリバーのお屋敷は、普通にアンニュイな午後を過ごしていた。
 リリカは、膨れたお腹を手で押さえながら、ソファーに猫のように丸まり、メルランは満腹になってもひたすらにプリンを叩いていた。

「そういや、ルナ姉、帰ってこないね」
「ねー。姉さんの分も残してあるのに」
「どうする? 探す?」
「面倒じゃない?」
「だよね」

 子供じゃないんだし、夜中になれば帰ってくるだろう。
 二人のそんな平和な昼下がりは、突然のスキマによって打ち砕かれる事になる。

「あ、ここよ、ここよ。みんなー」

 廊下に抜ける出口に、リボンのついた気味の悪い隙間が突如出現し、中から手袋をした白い手が二本出てきた。

「間に合ってます」

 不穏な空気を感じたリリカは、スキマ妖怪のおでこを押さえつけて進入を拒んだ。
 否、出来るなら向こうに押し戻そうとした。

「お邪魔しまーす」

 隙を突いて、ぬぅと隣から現れた@マーク。
 非常に頭が春っぽい人で、その名を幽々子という。
 二人も来たか畜生、だがプリズムリバーを嘗めるなよ!
 リリカは右手でスキマ妖怪を抑えながら、左手で@マークを懸命に叩くという必死の攻勢に出た。

「お邪魔するわ」
「またきたー!? 手は二本しかないし……あぁ、メル姉ーっ! メル姉ーっ!」

 三人目の侵略者を見て、リリカは姉に応援を要請した。
 それにしても、誰だこいつ、どっかで見たな、あ、ヒマワリ畑のお姉さん。

「くそっ、スキマ妖怪まで押し返してきた……! メル姉! 手が足りない、早く早く!」
「どうしたのリリカ? 服まで真っ赤になっちゃって」
「どんなボケよそれ!? ええい、プリン叩いとらんで、さっさと援軍にこんかい!」

 すわ、妹の危機か。
 メルランは走った、可愛い妹の為に全力で走った。
 待ってなさいリリカ、今プリンを食べさせてあげるから。

「そうじゃねえよ!」

 チョップでメルランに突っ込みを入れる。
 生意気にも直撃を避けたのがむかつくので、リリカは逃げるメルランを追った。
 その隙にスキマの三人はぞろぞろと、屋敷に入って来る。

「し、しまったぁ!」
「ほら、リリカがよそ見するからじゃない!」
「誰のせいじゃ、ド畜生ー!」

――ぱこーん

 今度は頭頂部にクリーンヒットしたのに満足して、リリカは三人の所に戻った。
 うーむ、それにしても、すさまじいトリオだ。
 これから、革命でも始める気かしら。

「あの、何の用で――」
「八雲紫!」
「西行寺幽々子!」
「風見幽香!」

「「「三人合わせて! 巨乳特戦隊ッ!」」」

 三人の背後に幽々子嬢のでっかい扇子がどーんと立ち上がって、盛大に花吹雪が上がった。
 リリカの頭から血の気が引いた。
 訊いてもいない自己紹介を、どうしてここまで痛く出来るのだろう。
 恥ずかしくて直視できないじゃないの。

 振り返ったが、さすがのメルランもボケる暇が無く、口をあんぐり開けていた。
 何とかしないと、馬鹿が感染する。
 それは嫌だ。
 リリカは、この中では一番仲が良い(叩きまくったが)幽々子嬢にターゲットを絞って話しかけた。

「すみません。また気まぐれで、変な嫌がらせを始めたんですか?」
「とんでもない、私達は真剣よ。これは幻想郷の正しい秩序と、正しい乳を守る為の組合なの。決して妖夢が家出した腹いせに暴れているわけじゃないわ」

 この人、遂に妖夢に逃げられたのか……。
 可愛そうに妖夢。広い庭で耐えに耐えていた小さな背中を思い出して、リリカは涙した。

「今日はね、メルラン・プリズムリバーを守りに来たのよ」
「はい? メル姉を?」
「その巨乳が狙われているの。幻想郷の平和を良しとしない地下組織、その名も貧乳革命軍に!」

 もう一度酷い立ち眩みがして、リリカは今度は膝を折った。
 何だって? 次は貧乳革命軍だって?
 冗談は胃袋だけにしてもらいたい。

「驚かせてごめんなさい。でも本当なの。私達の集まりが、貧乳軍に抵抗する為に作られた、最後の砦なのよ」
「そんな阿呆な事を真顔で……あの、病院なら紹介しますけど」
「とにかくメルランの意思を聞かせて欲しいわ。私達の下へ来るか、貧乳革命の前に屍をさらすか」

 何だ、そういう事なら話が早いじゃない。
 要するにメルランが、ここで馬鹿馬鹿しい申し出をきっぱりと断れば、全て片付くと言うわけだ。
 リリカは、ついさっきまで傍にいたはずのメルランの姿を探した。
 
「そぉ〜れ、ぐるぐる〜」
「わー、わー」

 メルランは、幽香の回転ひまわりに夢中だった。

「メル姉! ぐるぐるに惹かれない! ちゃんとする!」
「むぅ、昼間から難しい相談をするわね」
「難しくないわよ、それより、どうすんの?」
「何が?」
「巨乳特戦隊とやらの旗下に入るかどうかよ」
「えー、リリカは入るのー?」
「私がこんなの入るわけな――」
「あんたは入りたくても無理よ。ランク外の生粋の貧乳だもの」
「あれ? ちょっと待って! 今、花の妖怪が失礼な事を言った!」
「失礼って、別に周知の事実でしょう?」
「それは、どういう事かしら!?」
「そんなムキになんないでよ、はい、これ」
「……新聞?」

『射命丸文の、幻想郷格付けランキング!(第一回 バスト編)』

「こ、こんなものが……何時の間に……」
「そこの一番下、見て御覧?」

 一番下、だと……?
 まさか、百位近くに自分の名前があるというのか。
 リリカは急いだ、目を皿のようにして探した、が自分の名前はそこには無かった。

「ふ、ふんっ、私の名前なんて無いじゃないの」
「馬鹿、もっと下よ」
「……もっと?」

『ランク外:霊夢、魔理沙、チルノ、リグル、ルーミア、リリカ・プリズムリバーとルナサ・プリズムリバー』

「一緒にするなぁ!!!!!」

 新聞を真っ二つに引き千切って、リリカは雄叫びを上げた。

「こんのほら吹き天狗がぁぁぁぁっ! 私は確実にチルノよりは大きいっての! 真っ白なドロワーズの中に淡緑のわさびをぶちまけてひいひい言わせてやろうかぁぁ!」
「ちょっと、落ち着きなさいってリリカ!」
「離して姉さん! 今、天狗の首を討ち取らないと、プリズムリバーの名誉に関わる!」
「殺る気!?」
「というわけで、貴女はいらないから、貧乳革命軍にでも入れてもらってね」
「ええ!? ま、待って、やだよ、私はまだ未来を信じてるんだ、夢があるんだ、そこんとこルナ姉の胸とは雲泥の差が有るんだよ」
「夢とは?」
「これから成長するって事だよ!」
「何を言ってるのよ、騒霊がそれ以上成長するものですか」
「じゃあ、そこの幽霊はどうなのさ?」

 全員が幽々子の胸を見た。
 でかい、誰もが納得するでかさだ。

「なるほど、生前はそんなに大きくなかったわね」
「ね? ね?」
「といっても現時点で貧乳の人の将来性に期待するのはちょっとねぇ……」
「今、私を仲間にしとくと、来るべき革命軍との戦いに色々と役に立つよ!」
「役に立つって、どんな風に?」
「お見せしましょう。ヘイ、姉さん! 紙とペン宜しく!」
「オーケーキティ!」
 
 リリカはテーブルに置いた大きな画用紙の周りに皆を集め、図を描きながら説明を始めた。
 まずは今朝、プリンと巨乳のオーバーラップ作戦で、見事ルナサを打ち破った事を細かに。
 次は、遡って三日前、ところてんシャワーでルナサの度肝を抜いた事を。
 続いて一ヶ月前には、生暖かいコンニャクベッドで、ルナサにトラウマを植えつけた事を。
 そのたびに無茶苦茶怒られたが、決して退かなかった自分の不退転の心を。
 臨場感溢れる説明は、果てはプリンの作り方にまで至り、弾力、角度、光沢、専用バケツの選び方を、汗を飛ばしながら熱烈に語り続けた。

 紫はリリカの高度戦術に目を見張った。
 プリンの壁、ところてんシャワー、コンニャクベッド。
 姉をいびるためだけに、これほどの兵器を一人で開発していたというのか!

 幽香はリリカの弁論術に目を見張った。
 プリンの壁、ところてんシャワー、コンニャクベッド。
 巨乳側に付くためだけに、これほどに恥ずかしい言葉を雄弁に語っていたというのか!

 幽々子はリリカの食糧備蓄度に目を見張った。
 プリンの壁、ところてんシャワー、コンニャクベッド。
 私を満足させるためだけに、これほどの食料を一人で溜め込んでいたというのか!

「どう? 私って凄いでしょ?」
「いやいや、驚いたわ〜。紫、これならリリカを仲間に入れてもいいのではなくて?」
「そうね、貧乳退治という物凄い限定的な戦いに、これだけの知識と経験を有する人物は、幻想郷中を探しても貴女ぐらいしかいないでしょうね」
「じゃ、じゃあ!?」
「ええ、巨乳特戦隊への貴女の参加を認めましょう!」
「おお!」

 立ち上がり、紫とリリカの二人は、がっちりと握手した。
 こうしてメルランとリリカは、巨乳特戦隊への仲間入りを果たしたのである。
 
 まあ、ぶっちゃけリリカは、自らのチームに、貧乳軍よりはましだろ、程度の気持ちしか持っていなかった。
 リリカの目的は一つ、射命丸への復讐、すなわち彼女のドロワーズにわさびをぶちまける事でしかない。
 今は従うフリをして、妖怪達の力を上手く利用してやろうという魂胆だ。
 
 リリカは腰を低くして、残りの仲間にも握手を求めていった。
 その中に一人、自分と同じ目をしてる奴がいた。
 危険だな、こいつ。裏切るぞ。
 あ、自分もか。

「そういえば、藍のやつ遅いわね……」
「まだ仲間が来るの?」
「ええ、藍を斥候に出してるのだけど」

 紫が隙間を開く。
 隙間に手を突っ込んでひとしきり掻き回し、そのうち何かを掴んだのか、手をぐっと引き戻した。
 続いて金毛九尾が、そして豊かなお尻が床に落ちてくる。

「あいたっ……!」 
「藍、何をやっていたのよ。とっくに時間を過ぎてるわよ」
「も、申し訳ございません、紫様。向こうで予期せぬ出来事がありまして」
「あら、敵のアジトの正確な場所でも見付かった?」
「いえ、それよりも……どうやら、小町が革命軍に殺られました」
「な!?」

 ざわめきが起こった。
 本当なのかそれは、あの小町が敗れるなんて、特戦隊からは次々とまさかという思いが口に出される。
 巨乳達の間では、小町は不沈艦と(主に風呂場で)呼ばれているほどの実力者だったのだ。
 あの、おっぱいに土が付いた。

 ざわめきが更に酷くなる。
 今まで正面からの武力衝突が無かっただけに貧乳革命軍の力の程は未知数だったが、こうして敢えて不沈艦小町を狙ったとなると、よほど力に自信があるらしい。
 そうなると、これは奴らからの宣戦布告でもある。
 依然として敵の戦力は不明だが、奴らが戦闘行為を望んでいる以上、もはや一刻の猶予も無くなってしまった。

「静かに!」

 紫の一喝で周囲の声が消えた。

「紫様……」
「藍、恥ずかしいところを見せたわね。説明を続けて」
「はい、小町が倒れていた現場は、法廷から奥に入った白い小部屋です。目立つ外傷は後頭部の大きなたんこぶくらいですが、部屋の惨状を見るに、革命軍による相当熾烈な攻撃が行われた模様。仰向けに倒された小町は巨乳の誇りを奪われ、もはや立つ事が出来ませぬ」
「おのれ、貧乳軍、そこまでするか!」
「落ち着きなさい、幽香。それで小町の意識は?」
「ちょっとちょっと、殺られたって話なんだから、意識なんて無いに決まってるじゃん?」
「いや、ありますよ?」
「あるの? あんた、さっき殺されたって言ってなかった?」
「巨乳がうつ伏せに倒されて無力化される事を、乳の死と呼びますからね」
「何じゃそりゃ!」
「リリカ、基本用語よ。テストに出るから覚えといて」
「知らんわ!」
「あと、起きたついでに愚痴られました。こんな上司もう嫌だ、何で胸が大きいだけで有罪なんだ、こんな職場辞めてやる畜生と、十分ぐらい割と本気で愚痴っておられましたので、お前はまだマシだ、私の主の一日を聞け、とてもそんなもんじゃないぞ、と卑屈な説得を試みたところ、五分後には私が泣いてました」
「……藍。今の生活がそんなに不満かしら?」
「とんでもない、橙を見捨てて、どうして逃げられましょうか」
「フォローになってなーい!」

 紫がスキマで狐の首を絞め殺そうとしていたのを皆で止めた。

「ハァハァ……じゃあ、あなたは死神に愚痴っていただけで、斥候らしい事は何もしてないってわけ!?」
「怒りを鎮めてください、私がそんな無能に見えますか? ちゃんと重要な情報を入手しております」
「ほう? 何かしら?」
「こちらを御覧ください」

 テーブルの上に一枚の写真が置かれた。
 白い部屋の中央にぼんやり映っている数名が、貧乳革命軍なのだろうか。

「窓の外で見つけました。射命丸が落としていったと思われる、貧乳革命軍の盗撮写真です。これでメンバー構成がこっちに筒抜けですね」
「あらぁ、凄いわ。やるじゃないの、藍ちゃん。さすが天狐ね、かっくいいー」
「誉めても夕飯は増えませんよ」
「酷い! 私を餓死させる気!?」
「……増えてるわ」
「だから、増えませんって」
「夕飯じゃないわよ、革命軍の人数が増えてるのよ。今まで霊夢を中心に、魔理沙、四季、の確か三人だったはずよ」
「んー、あ、本当だ。ぼんやり奥に……えーと」
「ね、ねぇ、リリカ、これ……!」
「どうしたのメル姉?」
「ほ、ほら、ここを見て! もしかして、姉さんじゃない!?」
「まっさか、あのプライドの高い姉さんが、貧乳軍なんぞに死んでも参加するわけないって」
「でも、黒い服!」
「ピントずれ過ぎじゃん? 服の色くらいじゃ解らないよ」
「じゃあ、これは!?」
「あ? ああ……ヴァイオリンだね、ヴァイオ……」
「姉さんの……よね?」
「ルナ姉のだーーーー!!」

 強烈なインパルスを感じ、リリカは前方に吹っ飛んだが、メルランが胸でがっちりとブロック。
 どうでしょう、この姉妹愛。

「うぅ……曲がりなりにも長女の姉さんが、影では反社会的組織の一員として活躍していただなんて」
「リリカ、何かの間違いよ、もしくは深い理由があるんだと思うわ」
「でも、だって、こんなのレイラに顔向け出来ないわよぉ。破壊活動を好む貧乳組織っていいとこゼロじゃんか」
「だったらリリカ! 私達で姉さんを救うのよ!」
「メル姉……そうか。うん、私達が目を覚まさせてあげないと駄目なんだね!」
「あらあら、姉妹の絆は深く美しいわね。それにしても、あの子が、こんな事を、ねぇ……?」

 横で幽霊が余ったプリンを食べつつ、にやにやしていてむかついた。

「人は見かけによらないわ〜。誰にだって裏の顔があるものだけど、貧乳テロリストだなんて、まぁまぁ、どうしましょう」
「……というかさ、私、こっちの鞘にも見覚えがあるんだけど」
「え?」
「ほら、これよ、この花が括られた鞘」
「んー? それがどうかしたの?」
「これ、楼観剣じゃん?」
「あはは、いやねぇ〜、そんなわけが………」
「………」
「………」
「でしょ?」
「妖夢ぅぅゥゥゥゥ−−−ッ!!!」


―――――

 巨乳神、小町落ちる。
 思わぬ遭遇線となったが、貧乳革命軍は初陣から大金星を飾った。
 もちろん、霊夢達の士気も鰻上りだ。

「諸君! この結果に何を感じただろうか!?」

 三途の川を渡る舟の上でも、霊夢は勇ましい演説を続けていた。
 霊夢の拳が動くたびに四季は目を輝かせ、霊夢の腋が見えるたびに魔理沙は何度も頷き、そしてルナサと妖夢は川の流れを見詰めていた……。

「射命丸格付けランキングのせいで、今まで曖昧だった貧乳というラインが明確にされてしまった。そのせいで巨乳達は増長し、のさばり返り、あまつさえ、おっぱいカースト制度という失礼極まる身分制度を……あ、魔理沙、新入りにプリント回してあげて、うん、そこの。……失礼極まる身分制度を打ち立てて、巨乳にあらずんば人にあらずと――」

 ルナサの手元にガリ版のプリントが来た。
 「これが、おっぱいという悪のピラミッド社会だ!」と書かれていた。
 妖夢が泣きそうだったので、ルナサは肩を抱いてやった。

「そうね。閻魔の言うとおり、貧しい乳、貧乳という言葉は、差別用語だと思うわ。考えてもみなさいよ、巨乳の反対なんだから小乳と書くのが普通でしょう? なのに貧乳。向こうは豊乳とか書かれたりするのに、この一方的な差。つまりこれが何処から来たのか。簡単な事で全ては巨乳ッ! 巨乳の仕業だッ! 私達の乳は決して貧しくは無い! 小さくてもそこに無限の愛が詰め込まれている! 貧しいのは生活だけで十分だ! 一度体験させてやろうか!? 人に向って貧しいなんて言っていいはずがない! 貧しいという言葉を吐く、その行為、既に心まで貧しいのよ! あれ? それはつまり……私?」

 おどおどした霊夢が視線を彷徨わせたが「いけてたぜ、霊夢」「素晴らしいです、霊夢」などの拍手と礼賛で立ち直った。
 ルナサに向けられた妖夢の眼が「限界です、姉さん」と言っていた。
 ルナサは頷いて返した。
 解ってる、ずっとそう思っている。

「あ、あの、いいかな?」
「はい、何ですか、新入りのルナサさん」

 霊夢がとびきりの笑顔で振り向いた。
 勘弁して欲しい。そんなに仲間が欲しいのか。

「今後の予定はどうなっているのかしら?」
「まずは、革命軍の人数を増やすことね。今は小さな波だけど、やがてこれを大きな波にするのよ」
「具体的に言うと?」
「紅魔館の一部とは既に内応済み。フラン、レミリアを引き込めば、一気に勢力図が塗り替えられる事になるわ」
「そうすれば、BB値もだいぶこっちに傾くんだぜ」
「BB値?」
「バストバランス値よ、世界が貧乳よりか、それとも巨乳支配か」
「……ルナサさん……もう……」
「妖夢、耐えるのよ、考えたら負けよ……」

 魔理沙と霊夢が詰め寄ってきて、膝立ちで私たちに説明を始めた。
 それによると、北の巨神レティが去った今、乳世界の情勢はかなり不安定らしい。
 ここぞとばかりに野心家の幽香が旗揚げし、それに続き冬眠から覚めた紫が、巨乳の世を築く為に立ち上がった。
 穏健派で知られる四天王の一人、上白沢慧音はこれを良しとせず反発。また領土守備に努める八意永琳は静観。
 二人しか揃わなかった巨乳軍は、しかし圧倒的な力で、幻想郷の貧乳達を押さえ込んでしまった。
 残された貧乳たちは、ひっそりと波風立たせぬように暮らしているらしい。

「私達の使命、解ってもらえるわよね?」

 霊夢はここまで話すと、その両手をルナサの肩に置いて、いい返事を期待してるわよと、目を輝かせて見つめてきた。

「あの……それ本当なの? 無茶苦茶に嘘臭いのだけど」
「何よ? 疑う気?」
「だって、ねぇ……」
「え、ええ、幾らなんでもそんな話を、私達が全く知らないのはおかしいですよ」
「うん。解った。他に何か質問あるかなー?」
「スルー!?」

 諌言の壁というやつか知らないが、彼女らにとって都合の悪い言葉は全て無かった事にされるらしい。
 説得が無理ならば、とルナサは考える。
 後は何とかして、逃げる機会を作るのみだ。

「あ、ええと、とりあえずは何処に行くの?」
「咲夜との合流の前に、プリズムリバーの屋敷に戻り、メルランを倒すわ」
「……え?」
「だから、あなたを酷い目に合わせた、巨乳派のメルランを倒すのよ。悪い芽は早めに潰さなきゃ」
「ほら、ルナサ。私に懇願してたじゃないですか。閻魔様、妹が! って」
「………まじですか?」

「「「まじです(だぜ)」」」


―――――

 来た、来てしまった。
 見慣れたプリズムリバーの門は、いつもより大きく、そして汚れているように見える。

(どうしよう、妹達になんて言えば……)

 何度も逃げようとしていたのだが、これは思った以上に絶望的な状況だとルナサは気付かされた。
 逃走の罪を知るレーダーの閻魔。高速移動が自慢のスピードの魔理沙。そして無敵の戦闘力を誇る博麗の巫女。
 何処か一つ穴を開けない限り、もしくは闇にでも紛れないと逃げようが無かった。
 妖夢が今まで何故逃げてないのか、良く解る。

(今は無理だ……何とか戦闘を先延ばしにして、私と妖夢が逃げる時間を作らなきゃ)

「ルーナーサー? なにやってんの、作戦会議始めるわよー?」
「あ、はーい」

 門から少し離れた草むらで、大きな茣蓙が広げられる。
 作戦会議とは、少し早い夕食も兼ねていた。
 妖夢が配るお結びを手に取り、ルナサは夕飯の献立を思い出していた。
 あの子達、ちゃんとした御飯食べているのかしら……。
 ホウレン草、そろそろ食べないと痛むのだけど、それに気付いてくれるかしら。
 お結びの塩加減はきつめで、疲れた身体には丁度良く合った。

「敵はメルランのみ。兵力ではこちらが勝るわ。しかし寡兵だからといって油断は禁物よ。中に人質がいるからね」
「解ってるぜ、霊夢。リリカの事だな」
「ええ、出来るなら無傷で捕らえて。彼女は有能な人材、見逃す手は無いわ」
「……」
「メルランさえ倒せば、リリカはきっと我々の思想に理解を示してくれるはずよ」

 リリカは見逃してくれるのか、ルナサは少し安心した。
 メルランに対する攻撃も、気絶させてうつ伏せに倒すのが目的だろうから、抵抗の度合いによっては怪我をせずに済むかも知れない。
 しかし、それ以前の問題として、自分が貧乳革命軍などに入っていると知られた妹達はどんな顔をするだろうか……。
 早く戻りたい……何事もなかった日々を取り戻したい……。

「いい? ルナサ。私達はインペリアルクロスという陣形で戦うわ。 防御力の低い閻魔が後衛、 両脇を魔理沙と妖夢が固める。 そしてルナサは私の前に立つ。 あんたのポジションが一番危険よ。覚悟して戦って」
「人がシリアスに走ってる間に、あなたは何を言ってるの!?」
「さあ、みんな立ち上がって! いくわよー!」
「というかこの陣形は、どう考えても霊夢が誰よりも安全――」
「アングリフ!(突撃!)」

 ルナサは嫌だ嫌だと叫びながら、足を突っ張り前進を拒んだが、三人がかりで後ろから押されてはどうしようもない。
 そんな団子状態になって突っ込んでくる姿を、リリカとメルランは二階の窓から見下ろしていた。

「ルナ姉、やっぱりいるね……」
「うん……」
「無茶苦茶張り切って見えるね……」
「うん……」
「もう、駄目かもしれないね……」
「うん……」

 門を突破して、霊夢達は青い芝生を突き進んだ。
 特に迎撃も無いまま玄関まで残り半分を越え、リリカ達の窓が目立つ位置にまでやって来た。

「……!? 霊夢!」
「来たか、メルラン・プリズムリバー……! 顔を伏せろ! 巨乳を直視するな!」
「了解!」
「隊長! 顔を伏せると真っ直ぐ進めません!」
「案ずるな! 心で感じろ!」
「了解!」

 当たり前だが、ルナサが暴れているので、何処を向いていようと真っ直ぐ進まない。
 玄関から7mほど逸れて、革命軍は壁を背に張り付いた。
 この位置なら巨乳は上を向かない限り見えない……はずだった。

「よし、このまま壁伝いに玄関へ突――」
「そうはさせないわよ」
「ギャー!?」

 玄関から現れた新手の巨乳に、革命軍は飛び上がるほど驚いた。
 実際に飛び上がって、後ろ向きに倒れた閻魔が、二階のメルランの胸を最高の角度で直視してしまい、戦死した。

「閻魔ーーーーーーっ!!」
「どうして紫がここにいるんだ……! 逃げよう、霊夢、一旦逃げようぜ!」
「馬鹿っ! 味方の尊い犠牲を無駄にする気か!?」
「そうは言うがな、霊夢!」
「妖夢! 私達はここで紫を止めるわ。あなたはメルランを捕らえに二階に走って!」
「え? しかし……あ、了解しました!」

 ルナサは暴れるフリを続けながら、妖夢に目配せした。
 二階に行って、妹達と合流して私達の現状を報告して欲しい。
 妖夢はその思いを受け取り、紫の脇を抜けて疾風怒濤の勢いで階段へ駆けていった。
 やった、これで少なくとも誤解はされない。

「紫! どんなつもりか知らないけど、邪魔するなら命の保障は無いわよ!」
「それはこっちの台詞よ霊夢! 小町の仇、ここで討たせてもらうわ!」

 魔理沙を囮に、霊夢が背後へ回る。
 二対一、しかも後方に回った霊夢は、巨乳補正に関わらず全力が出せてしまう。
 さすがの紫もこれは厳しかろう、とルナサは思った。
 それより共倒れになっちまえと願った。

「だが、そうはいかないのだよ、霊夢」
「テンコーーー!?」

 背後に展開した隙間から、巨乳軍の応援が来た。
 紫の式におさまってはいるが、そのおっぱい、実力、共に最強クラスを誇っている妖怪である。
 一気に霊夢軍が厳しくなった。
 玄関の前、背中合わせに魔理沙と霊夢はぶつかって、もう後が無い。

「霊夢……! これはもう……!」
「退くな! 考えるな! 今は防戦に徹するのよ! 妖夢の帰りを信じなさい!」
「解ったぜ。それまでは玄関の道を開いたままにしておけという事だな……!」
「マスタースパークを打つ時間なら私が稼いであげる、いけるわね!? ここが踏ん張りどころよ!」
「任せろ!」

 無駄に熱い戦いの背景がおっぱいであることを考えると、頭が痛い。
 完全に存在を忘れられてしまったルナサは、壁にもたれ、体育座りで戦いを傍観していた。
 マスタースパークが空に飛んでいく。
 ああ、妖夢、早く帰ってこないかしら……。

 ……あ、帰ってきた。

「………!!」

 しかし泣きながら何かを叫んでいる。

「ゆーゆーこーさーまーにー見ーらーれーたぁぁぁーーー!」

 妖夢は、霊夢を魔理沙を全てを弾き飛ばし、門を突き抜けて、草むらに倒れ、背中が焦げるほどローリングし始めた。
 明らかに正気じゃない。
 二階で何があった、妖夢。

「た、退却! たいきゃくー!」

 霊夢の合図に、魔理沙が煙幕を張って味方を逃がす。
 ルナサは霊夢の指示通り、四季を引き摺って、ゆっくりと退却した。
 いっそ、背中から刺してくれ。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

揺れなくたっていいじゃない、にんげんだもの。

(4/15 前編から1へ修正)




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2006年4月15日 はむすた

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