どこがわるいのですか?

 

 

 

 前の夜のことは切れ切れにしか覚えていない。
 一晩明けた今日の僕は、昨日熱に魘されていた僕では想像もつかないほど回復していたが、代わりにとんでもない病を背負ってしまっていた。
 僕はただ、永遠亭の薬師さんに風邪薬を処方してもらって暖かくして寝ただけなのに。
 僕はこの地獄から抜け出すため、朝一番に誰にも告げずに家を出て、永遠亭に向かって走っていた。 
 
「おはよう、呉作さん」
「あ、おっぱいようございます!」

 畜生、この通りだ……! 情けない!
 いきなり朝からセクハラだ……!
 今朝から何かを話すとさりげなく何処かにおっぱいを挟んでしまうのだ。
 僕に話しかけてきた美代さんは、すぐにでも病院を勧めるべきか、今ここで亡き者にしてしまうか、げんなりした顔で悩んでいる様子だったので僕は逃げた。
 確かに僕は煩悩豊富で昨日の診療中も薬師さんのおっぱいに釘付けだったが、幾らなんでもここまで来てはいない。
 それにしてもけしからん乳をしていたなと思い出す。

「おっぱいかん!」

 いかんいかん、と自分を戒めただけでこの有様で、もうどうしたらいいのか。
 僕は懸命に竹薮まで走って、しかしここからどこをどう通れば永遠亭に着くのか分からなくて途方に暮れていたのだが、偶然にも、そこにたまたまよく町で見かけるすらっとした足の薬売りのバニーさんがいたので、思い切って背後から呼び止めてみた。

「すみません! 永遠亭はどちらにおっぱいますか!?」

 ……確かに僕の発言は不適切だったのかもしれないが、だからっていきなりド頭に弾丸を撃ち込んでくることはないだろうと思う。
 しかも、変態変態罵りながらだ。痛い、痛い、座薬痛い、って僕が言うたびに何故か座薬の数が増えていって、この痛みが快感に繋がるまでそう遠くはなかった……。

「あっ、あ、ちがう、ちがうんだ、病気なんです、僕はおっぱいが台詞のどこかに入る病気なんです!」

 僕は必死に弁解した。
 どうやら患者だと認識してくれたのか弾が止んだ、が、蹲る僕を見下す視線は出し忘れた粗大ゴミでも見つけたかのようで、大変情けなかった。

「そんな人見たことありませんが、本当なんですか?」
「本当です! 昨日永遠亭の薬師さん――確か永琳さんっていったとおっぱいますが、彼女の診療を受けて今日目が覚めたらこの様なんです!」
「うーん」
「僕の目を見てくださいおっぱい! これが嘘をついている目に見えますか!?」
「かなり……」
「ああっ、おっぱい!」
「ですが患者を勝手に帰しても師匠に怒られますし、仕方ありません、とりあえず永遠亭まで来てください」

 ありがたくて僕は何度も頭を下げた。
 本当は大声でお礼を言いたかったのだが、たぶん次に喋ったら蹴っ飛ばされて竹林から追い出されると思い、やめにしておいた。
 彼女はすいすいと竹林を進んでいき、やがて開けた場所に大きなお屋敷が見えた。

「凄い、これが、おっぱい亭……!」

 思わず感嘆の声を上げてしまったことを激しく後悔したのは、バニーさんの蹴りが膝に入ってからだ。
 本当に後悔した、だってもう少し高い位置にきてくれたならば見えていただろうから――!

「あら、ウドンゲ。お帰り」
「ただいまです。なんか変なのがいたから連れてきました」
「えー、どう見ても普通の人に対してウドンゲが非常にやさぐれた発言を」
「おぱようございます、先日貴女の診療を受けました呉作と申しますが、今朝から大変な症状がおっぱい現れまして……」 
「うわっ、変なの!」
「きもっ!」

 挨拶をするだけでも恥ずかしくて死にそうだったのに、罵る人が二人に増えたことで僕はますます弱ってしまった。 
 僕は最近の若者に良く見られる、グラマーな妖怪大好きな至極普通の生活を送ってきたはずなのに、どうして朝からこんな辱めを受けなければならないのか。
 だけれども今はこのけしからん薬師さんに頼るしかなくて、僕は地面に頭をこすり付けて頼んだ。

「お願いします! どうかこの喋り方をなおっぱいしてください!」
「まぁ、うちは来る患者は拒まずがモットーだからどんなキモいのでも受け入れるけど……」
「あ、ありがとうございますっぱい!」
「この人、本当におっぱいをつけないと話せないみたいですね……」
「じゃあウドンゲ、診察室の方へ案内してあげて」
「はい、師匠」

 辿り着いた診察室は清潔で、不思議と竹薮の奥なのに明るい場所だった。
 そこで体温や脈拍を測ったり、口の中を検査されたり、血を抜かれたりと様々な検査を受けた結果、僕の病名が遂に判明した。

「おっぱい病ね!」
「それ、見てすぐにわからなかったんですかおっぱい!?」
「旧名けしからん病よ。既に治療方法は確立しているわ。おっぱいとはかけ離れた――つまり煩悩とは正反対な地味でつまらない作業を見つけてひたすら没頭すると治るのよ」
「何で血を抜いたんですか………おっぱいざうぇい、例えば?」
「そうねぇ、射命丸が出してる新聞記事のスクラップを徹夜で集めてみるとか」
「えぇ……あんなつまらない記事を徹夜でスクラップなんかしてたら先に僕の脳がスクラップになりますよ、おっぱい」
「うまいこといった。とりあえずそれやってみなさい」
「わかりましたおっぱい」

 僕はけしからん薬師さんに丁寧にお礼を述べた後、自分の極度のおっぱい好きを反省しながら永遠亭をあとにした。
 帰りはちみっこいピンクの兎が里まで案内してくれたが、あまり小さい子にセクハラもどうかと思うので殆ど喋らなかった。

 それから公民館に溜まっていた射命丸の新聞記事を引き取り、家に帰ってスクラップを作り始めたのだ。


―――――

「お、おはよう、呉作さん」
「あやややや、おはよう美代さん!」

 畜生、この通りだ……! 情けない!
 口を開くと必ず台詞のどこかにあややややを付けてしまうのだ!
 僕に話しかけてきた美代さんは、今ここで亡き者にしてしまうか、皆を呼んでからフクロにしてしまうべきか、世も末だという表情で悩んでいる様子だったので僕は全力で逃げた。
 確かに僕は煩悩豊富で昨日のスクラップ中もあややのふとももに釘付けだったが、幾らなんでもこれはひどい。
それにしても、はしたないなぁ、あの天狗はもうーっ!
  
「あややややっ!」
 
 あー、畜生、と叫んだはずだが既に言葉になっていない。
 僕は怖くなって竹林までは出来るだけ明るい道を選んで進んだのだが、何もかもが薄暗い竹薮に入った途端僕の心もどんどん沈んでいき、鬱だ、もう死のうか、というところで昨日案内してくれたちみっこい兎さんが通りがかった。

「やぁ、助かったあやややや!」
「うぉう、昨日の変態がますます変態に磨きをかけて帰ってきた……」
「誤解ですよ、僕は変態じゃないですよ、仮に変態だとしても変態という名のあややややっ!」
「剥き出しの変態じゃねえか。まあいい、案内してやるウサ」

 ピンクの服を着た兎さんは、ぴょんぴょん跳ねながら僕を先導してくれた。
 ただ、その道中やたら振り返っては変なアイテムを僕に押売りしてくるので、ははぁん、これが目当てだな商売上手め、そうはいくまい、と意固地になった僕は全てを断って慧音先生のスリーサイズを一万円で購入した……。

「この時間永琳様は休憩中なので、診療室の前の長椅子で嫌になるほど待つといいウサ」

 僕は慧音先生のスリーサイズを聞いてそれどころではなかったが、親切な兎さんの忠告にはありがとうと応えておいた。
 永遠亭に着いてからは昨日の今日なので、兎の案内がなくても診療室まで無事辿り着く事が出来て、和風の屋敷に不釣合いなモダンな長椅子に腰掛けて診療再開を待った。
 今十時、あと五時間か……。
 あと五時……うお、ごじ、うおっ!?

『本日の八意医院の予定 9:00〜15:00 ウドンゲの耳掻き(膝まくら付き)』

「ちょおぉぉぉっと!!」

 僕は襖を叩いた、全力で叩いた。
 幾らなんでも弟子の耳掻き長すぎ! 待つ時間より待つ理由の方が嫌になるわ!

「マナーの悪い患者ねぇ……あら?」
「すみません、お世話になります! また訳の分からない病気にあやややや!」
「あらあら、変態ね。入りなさい」

 たいへんね、だろそこは、と突っ込みたかったが、どうせ「あやややや」に化けるだろうから止めておいた。
 僕が部屋に入ると、隅で寝ていたバニーさんが乱れた制服を直しながらこそこそと部屋から出て行った。
 何をしていたんですか永琳先生、どうしてそれを世界に公開しないのですか永琳先生……。
 永琳先生は、ふぅと小さく耳掻きを吹いて棚に仕舞ってから、僕の症状を調べるべくビーカーの液体を飲ませたり無理やり胃カメラを飲ませたりしてきた。

「ずばり、あやややや病ね!」
「昨日も訊きましたが本当にそれは調べないと解らないことなんですかあややややっ!」
「言わんこっちゃない、あなたブンブン分を取り過ぎたのよ……」
「あやややや、胃カメラめっさ痛かっ――え、今初めて聞きましたよ!? 何!? ブンブン!?」
「ブンブン分よ。この病気は主に徹夜で文々。新聞のスクラップを集めたりしていると発病すると言われているわ……」
「それは昨日の時点で何とかならなかったんですか!? あやややや!」
  
 大変遺憾に思う、と永琳先生は脱税が見つかった役人みたいに渋い顔をしてから、僕の病気を治す方法を教えてくれた。

「地味でつまらない作業と反対のことをすればいいのよ。例えば酒を飲んで好きなものを食べて思いっきり寝なさい。そうすると一日で治るわ」
「なんだ、簡単なんですね。あやややや」
「ただ、その最中、おっぱいやふとももに惑わされないようにしなさいね、またぶり返しても今度はしらないわよ」
「あやややや、これは手厳しい〜」
 
 僕は苦笑いをしてから永琳先生と別れた。
 先生の言うとおりだ、今日一日はおっぱいやふとももに近づかないようにしよう。
 帰り際の門前でまたちみっこい兎が押売りをしかけてきたが、さすがに財布がもたないよと僕は笑いながら、写真集「ある夏の日の風見さん」を購入した。
 あんた通だね、と言う兎とがっちりと握手。
 友好を結んだ。

 僕は家に帰ると夜まで待ち、それから財布にたっぷり小銭を詰め込んで、最近良く里の近くに現れるという夜雀の屋台に繰り出した。


――――――















「…………おはよう、呉作さん」
「おはようございます、ちんちーん!」









―――――

「病気だったんです。あの発言はちんちん電車とかチンチンポテトとかと一緒で所謂ちんちんではないんですよ」

 僕の申し開きは閻魔様にスルーされた。
 まだ判決の出ていない裁判であったが、傍聴席の人は誰もが僕の有罪を確信しているし、天狗の新聞も悪意に満ちた報道を繰り返していたし、だが僕はちんちんというたびに顔を赤らめる裁判長に大変満足していた。
 
「まるで反省も見せないし、これ以上の裁判は無意味ですね」
「ちょっと閻魔様、裁判が一方的過ぎませんか?」
「それはあなた、セクハラが一度や二度じゃないからでしょう。里の美代とかいう娘は貴方から隔日でセクハラを受けていたらしいですし……ごめんなさい、もうこうするしかなかった、と先日鍬に付いた血を拭きながら泣いていましたよ」
「そこがまずおかしいでしょう。何で後頭部を殴打された僕の方が加害者に回ってるんですか。どれだけドSかって話ですよ美代さんは」

 閻魔様が意地の悪い目で僕を見た。
 いよいよ旗色が悪くなってきたぞ、このままじゃ本当に生きたまま地獄に落とされかねない。

「不可抗力とはいえ悪かったとは思います。人によって意味の捉え違いが起こる単語を使ってしまったのは確かです。本当に僕って奴は……! ちんちんが許されるのは中学生までだってのに……!」
「小学生までですよ、何勝手に延長しているんですか」
「だけど、どうしても譲れないのは僕が病気という不可抗力でちんちんと言ってしまったことなんです。屋台に行った時に夜雀の鳴き声が僕にうつってしまっただけなんですよ」
「それは何の病ですか?」
「もちろん恋の病、だって恋は盲目っていうでしょう?」
「誰がうまいこと言えと、おい、こら、笑うな。じゃあ、そうですね……もう他の女の人には見向きもしないというわけですね?」
「無論です、昨日からミスティア一本です」
「おお!? あんなところにテニスウェアのルナサ・プリズムリバーが!?」
「うそぉっ!? ルナ姉どこどこ!?」
「…………」

 振り返ってしまった僕は、すぐに罠だと分かったが不思議と後悔は無かった。
 目の前の有罪を恐れるあまり、テニスルックのルナ姉がいるかもしれないという可能性に振り向かない男なんてありえるだろうか?
 見ろ、傍聴席を!
 会場にいる男達はみんなルナ姉を探しているじゃないか! いないと分かっていても! 
 
「いない……」

 どこかで声がした、物凄く悲しい声だった、きっと神様が男たちの共通の悲しみを代弁してくれたのだろう。
 ルナ姉はいない……だが、今はそれでいい。
 夢が見れたらそれでいい。
 
「判決! 有罪!」

 閻魔様がいきり立つ、有罪よりも僕に向けられた「お前は本当にクズね!」という表情が有難かった。
 ルナ姉が嫌いな男の子なんていませんよ……僕はワッパを手にかけられながら最後の反論をし、静かに法廷を後にした。

 

 

 

 

■ 作者からのメッセージ

「あたまですね」


嘘テク:
風神録タイトル画面が出てから三秒以内にコントローラーの「上、上、下、下、左、右、左、右、えーりん、えーりん!」を押せば永琳が自機として使えるようになるぞ!



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2007年10月18日 はむすた

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