うちの従者は――
『うちの藍は、うどん屋できつねうどんをうどん抜きで頼むわ:紫』
レミィ、つまりレミリア・スカーレットであるところのこの私が、これほど短い文で悩まなければならないということは生まれてから無かった。
ラスボス陣で交換日記始めたのに、来た内容はこれ一行、余白には物凄い丁寧な絵で八雲の式神が素顔でうどん抜きのきつねうどんを頼むイラストが添えられている。
紫、イラストが上手いな。
店主の方はこんな屈辱は初めてだと、かつらを床に叩きつけていた。
「マジなのかしら……」
これ交換日記じゃなくて従者自慢よね、というか従者自慢というか、いや自慢でいいのか、とにかくすげぇ。
でも、たぶんマジなんだろう。前に八雲さん家に遊びに行った時、いなり寿司出てきたから手に取ってみたら中身がすっからかんな時あったもん。
あの時は散々暴れちゃったけど、あの家はあれで正しいもてなしの形だったんだ。
咲夜ごめん、私もうちょっと頭に血が上らないように偏食止めてカルシウム取ってみる。
「さて、どうしようかしら……次は幽々子だけど」
うぅん、と唸った。
幽々子なら絶対この従者自慢に乗ってくる。
私が平々凡々な日記なんか書いちゃったら、ぷーっとか噴出して絶対面白いこと書いてくる。
しかも、あいつの従者半分幽霊だから、顎が抜けるような秘密を隠し持っていてもおかしくないっていうか、紫の従者も式神だし、永遠亭に至っては宇宙人じゃなかったっけ? 何それ、私の従者だけ無茶苦茶不利な条件で戦わないといけないじゃないの、宇宙人って反則だろふざけんな。
「まあ、いいわ、嘘でもいいんだから何か凄い秘密を書けばいいのよ」
と思ってペンを持ったところで、また考えた。
あんまりな嘘だと、何見栄張ってんだこいつってことになるし、じゃあ安全志向でと咲夜相手に胸ネタで責めた場合は逆に私の毎日の安全が怪しくなる。
っていうか安全なんて無くなるし、寝具の棺桶に釘打たれたりしちゃう、出れない。
そういう状況で「咲夜らめぇ、外に出してぇ〜」とか甘えちゃうと天狗に言葉だけすっぱ抜かれてあらぬシチュエーションを捏造される危険があるので避けたい。
マイライフ、イズ、デンジャラス。
「何で私が周囲の視線を気にしながら生きないといけないの!!」
あったまきた。
イライラしてペンを凄い勢いで回す。
その勢いで浮いた。
カリスマを保つ私がこんなに苦労をしてるんだから、従者だって主のカリスマ命令をすぱっと聞くべきだろう。
私がいちいち咲夜の立場を考えてやる必要は無い、そうだ、あいつを直に問いただして良いネタが聞ければそれを書く、適当なこといって逃げたら捏造してやる、それでいい。
「さくやーっ!」
勢いよく自室のドアを開けると、そこに咲夜がいて、咲夜の手に持ったトレイからティーカップが落下した。
落下したが、時間を止めたようで、事なきを得た。
助かる〜。
「咲夜! 私に凄い秘密を打ち明けなさい!」
「凄い秘密ですか?」
「そうよ!」
「それは紅茶の時間より重要なことですか?」
「もちろん!」
「では、紅茶はとりあえず置いておいて、私の告白を聞いていただけますか?」
「どんと来いよ!」
「愛してます」
「まっ!」
『好きな人が出来ました:レミィ』
……というような日記がレミリアから回ってきたので、ゆゆ様こと西行寺幽々子である私はあんぐりとした。
ラスボス陣で交換日記で始めたのに、来た内容はこれ一行、余白には物凄い丁寧な絵でウェディングドレスを来たレミィがライスシャワーの下で泣いてるイラストが添えられている。
咲夜、イラスト上手いな。
パチュリーの方はこんな屈辱は初めてだと、教会にアグニシャイン叩きつけていた。
「マジなのかしらぁ……」
好きな人が出来たから結婚という展開の速さには驚く、スピード結婚なんてレベルじゃないだろう。
高二→将軍くらい唐突なラブストーリー。
前の頁に戻ると、きつねうどんをうどん抜きで真っ向勝負する藍の姿が描かれており、これも目を見張る迫力だ。
これで私が下手なもの打ち出した日には、日記に関わったみんなから総スカンくらっても仕方ない。
大変だ。
うちの妖夢に何か凄いことは出来たかしら。
「妖夢、大変よ妖夢!」
慌てて妖夢に走り出す。
妖夢はどこにいたかしら、確か今は部屋で待機してるはずなのだけど――。
「妖夢!」
襖を開ける、妖夢がいた。
いたけど、ちょっと変だった、私に背を向けて何かむしゃむしゃやっている。
「……あ、すみません、気がつきませんで、何か御用でしょうか?」
「あ、今何か食べてなかった?」
「ええ、ちょっと」
「やだぁ、おやつでしょ〜、隠さないで私にも頂戴よ〜」
「いえ、隠してるわけではないのですが、これは人を選ぶと思いますし幽々子様を満足させる量もなく」
「ちょっと! 私は食べ物のことには追求厳しいわよ!?」
「むぅ、分かりました……」
そう言って妖夢は白楼剣を取り出して、自分の半霊をぶ――。
「どうぞ、冷たいわらび餅みたいな味ですよ」
『妖夢が共食いしてる:幽々子』
……というような日記が幽々子から回ってきたので、ぐや〜こと蓬莱山輝夜である私はまず理解するのを放棄した。
ラスボス陣で交換日記で始めたのに、来た内容はこれ一行、余白には恐怖新聞みたいな絵で妖夢が半霊を切り取って幽々子に差し出すイラストが添えられている。
お前ら何考えてんだ。
何のメッセージを相手に送りたいんだ。
前の頁に戻ると、ウェディングドレスを着たレミィの背後で教会が炎上しており、更に前に戻ると藍が丼に油揚げだけ乗った「きつね」をうどん屋に要求している。
これだけ派手に盛り上がってる幻想郷なのに、夕方天狗が持ってきた新聞は「リグルきゅん? それともリグルちゃん?」なんて最悪につまらない特集をしている。
お前、もうブン屋やめろ。
「それにしても、弱ったわ……」
ここで私だけ真面目に優雅に典雅な日記をつけても、参加者全員から-273.15℃程度の冷たい視線を浴びさせられることになるだろう。
かといって、私の従者に特に凄い秘密もなく、せいぜいちょっとマッドなところがあるくらいだ。
永琳は宇宙人ではあるが、それは今更な感があり、いきなりゴールインのレミリアや、自分を食ってひもじさを凌いでるお庭番のインパクトには負ける。
だが、仕方ない。
月のイナバでは尚更微妙なところであるし、妥協も大切だ。
私は永琳の実験室を目指して歩いた。
仕事が終わると、彼女は熱心に自分の研究に取り掛かっている。
薬学だったり、そうではなかったり、様々だ。
「永琳……忙しいところ悪いんだけど……」
部屋に声をかけたら、期待と違う声が返ってきた。
鈴仙……? どうしてあのイナバがここにいるのだろう、弟子であるから研究の手伝いをしているのだろうか。
労働時間外手当はうちでは付かないのだけど。
好奇心が刺激された私はそっと襖を開けて、中の様子を伺ってみた。
「それでは師匠、お願いします」
「はいはい、うんしょ、よいしょ、だいぶこの耳もへにょくなってきたわねぇ……」
「取り替えた方がいいですか?」
「五年は巻いたから今回は長持ちした方だと思うけど。それより身体の方に支障は出てない?」
「はい」
「じゃあ、もう少し使いましょう。形以外はまだ問題ないみたいだし」
「いつもいつも、すみません」
「でも、まさかこの耳がゼンマイになってるなんて、誰も思わないでしょうねぇ……」
「もし知られたら?」
「そいつには消えてもらうしかないでしょうよ……」
「ですよね」
……。
『ごめん、書けない:輝夜』
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……というような日記が輝夜から回ってきたので、えーきこと四季映姫・ヤマザナドゥである私はまず日記を焼いた。
SS
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2007年4月1日 はむすた