あっきゅうさん

 

 

 

 西の里に、阿求という大賢人が住みたり。
 見た目ちんまいくせに、物事はとんちで何でも解決してやろうという、捻くれた考え方の少女でした。
 教育の問題かなぁ……。

「はは〜ん、これは慧音さんの仕業ですね」

 そんな阿求さんが歩いていると、川に架かる橋の前に大きな立て札を見つけました。
 黒い墨で、このはし、わたるべからず。と書いてあります。
 阿求さんはこれだけの文でも、すぐに上白沢慧音の仕業であると気が付いてしまうんですね。
 さすがの洞察力といっていいでしょう。

『このはし、わたるべからず  ハクタクより』

 台無し、早速台無しだよ慧音さん。
 こういう話は、序盤であっきゅうさんの頭脳が如何に優れていることを証明する作者の自己満足を、もとい適当なエピソードを入れといて「こいつは頭がいいんだなー」という前フリが必要でしょうに。
 阿求さんも、思わせぶりな「はは〜ん」とか止めてくださいよ。何なんですか、ここからどうするんですか。

「面白い、私のとんちで何とかしてあげましょう!」
 
 ……ストーリーとして何の支えもないままに、阿求さんは得意のとんちモードに入りました。
 私は天下の往来で禅を組むのはどうかと思います。

――ぽく、ぽく、ぽく、あっきゅーん!

「わぁー、無理!」

 阿求さんはぴしゃりと額を叩き、回れ右をしました。
 しかし、さすがに思い直したのか踏み止まり、袴に付いた土を両手で叩き落としだし――そっちじゃないよぉ、とんち頑張れよぉ。
 なんだもう終わりなのかと、読んでる人の大半がページ閉じちゃいそうじゃないの。
 やー、身嗜みは心配しなくても十分!
 ほら、阿求さん向こう岸を見て? 橋の欄干に隠れて慧音さんが心配そうに覗いているよ。
 ここで帰ったらあの人、家で泣きますよ!

「あら、阿求様ではございませんか」

 慧音さんではないようです、帰りたがる阿求さんに後ろから近づいてきたのは、稗田家で雇っているお手伝いさんでした。

「どうしたのですか? もう慧音様の家に着いておられる時間だと思っておりましたが」
「見ての通り、この橋は老朽化が進んで、渡ると激しく危険だということですよ。これはもう家に帰って慰めてもらうしか……」
「はいはい、こうですか?」
「ふにゃー」
「しかし、橋に背を向けた阿求様に後ろから近づいてきた私は、当然橋を渡ってこちらに来たのですけども」
「え、どうやったのです!?」
「ですから、普通に橋の真ん中を渡ればよろしいのでは?」
「真ん中を……そうか!」

 阿求さん、ちょっと遅いですがここで閃きました。
 一を聞いて十を知るとはいきませんでしたが、一から一を出すくらいは出来るっぽいです。
 あー、良かった。次からは阿求さんがびしばし物事をとんちで解決しますからね。
 
(あの子の体重でいけるなら、私の体重なら余裕だ!)

 あっきゅーん……。

―――――

橋を渡ると自然が増えてきます。慧音さんはこの辺りに住んでいます。
 慧音宅から醸し出される過保護な雰囲気は、猫も安心して屋根で眠れるほどです。

 慧音さんも里の権力者ですから、その気になれば如何様な家にも住めるものなのですが、本人は質素な生活に満足しています。
 こうやって郊外に住んでいれば、妖怪の動きも良く分かるし、また妖怪と仲良くするのも容易だと言うことです。
 実際にどうなのかは分かりません。
 里は自分の住処にはなれないということを、彼女は心のどこかで感じ取っているのかも知れません。
 阿求さんは、無事慧音さんの家に着くことが出来ました。
 粗末な家のドアを叩きます。

「やぁ、阿求、よく来てくれた」

 出てきた慧音さんはちょっと汗をかいていました。
 阿求さんが橋を渡ったのを見届けてから、アクセル全開で家に先回りしなくてはいけなかったからです。
 素直に家で待っていればいいものを……。
 
「今日阿求を呼んだのは、難事件に阿求の知恵を借りたかったからなんだ」

 難事件と聞いて、阿求さんの目が光りました。

「とりあえず客間で待っていてくれ。先に、お茶を淹れてくるから」

 阿求さんはむふっと息を吐いてから、靴を揃えて客間に向かいました。
 客間に入ると、中央に見たことがない虎の屏風、それと長い荒縄が畳に置かれていました。
ほう、これは有名なアレですね。
 阿求さんも簡単に解っちゃって残念だったのか、使い古されたとんちにがっくりと膝を落としました。
 
(け、獣と化したハクタクが私を緊縛せんとしている……私はこれからどうなってしまうのか……!)

 違うでしょう!?
 とんち頑張って妄想の方は限度を知れよ、ちょ、ちょっと何満更でもない様子で身をくねらせているんですか!
 いいよ、押入れから布団を出さなくていい!
 一つの布団に枕二つとか親切心も出さなくていい!

「今日は良い茶葉が入って……ぶぅー!?」

 ほーら、アダルティにチェンジされた部屋の空気読んで、慧音さんがお盆を豪快にかち上げたじゃないの。
 お茶が布団に染み込むと大変ですよ、ほう、慧音さん、動揺しててもさすがに行動が早いです、すぐに拭きに走りました。
 あら、阿求さんも手伝うのですね。
 当然といえばそうですが、えらいですよ。
 布巾を分け合って、二人で仲良く拭き掃除――の最中に手が重なって顔を赤らめいらんわこんなラブロマンス!!

「だ、ダメだよ、私には妹紅がいるから……」

 それにしてもこのハクタク、ノリノリである。
 慧音さんがノリ過ぎだったので阿求さんはちょっと引きました。
 そうすると慧音さんもバツが悪そうに、布団を片付けだしました。一度照れてしまうと後がありません。

「阿求、求聞史記の調子はどうだ?」

 布団を押入れに上げながら、慧音さんが尋ねます。 

「ん〜、まあまあ、です」

 その言葉に慧音さんは頭の帽子がこぼれそうな程、大きく頷きました。
 阿求さんは、あれを弁当箱だと思っています。
 お腹が空いたらきっと分けてくれるんだと信じています。
 もう、長い付き合いになるのですが、いつまでも誤解は誤解のままでした。
 
 あとはまあ、お決まりの展開を見せ「さあ、その屏風から虎を出してください!」が出たところでとんちは終了。
 その後は世間話となりました、もっとも最初からこっちが彼女達の主目的だったのですが。
 
 慧音さんと阿求さんは仲良しです。
 理由は色々あります、趣味が合うことだったり、似たような能力、使命を帯びてることだったりします。
 ただ、最も重要なのは、人間に近い感性を持ったまま長生きしていることです。
 妖怪ではこうはいきません。
 まあ、阿求さんの場合、長生きというとちょっと語弊があるのですけど……。

 お茶を挟みながら二人の会話は続きました。
 会話の途中、ぽろっと昔の人の名前が口からこぼれたりしましたが、それについて慧音さんは驚くことも聞き返すこともありません。
 黙って頷いてくれます。
 阿求さんはそれがとても嬉しいし安心出来るのです。
 生きている人の大抵は亡くなった人を話すとき、お爺さん、お婆さんとして話します。
 阿求さんは違います。
 慧音さんはまた、若いときも老いた時も再生できる脳を持っていました。 

 阿求さんには年齢が近く、姉みたいなお手伝いさんがいました。
 懐いてたのに、死んで、次に生まれたとき、彼女はもうこの世にいませんでした。
 骨壷の中の乾いた白い粘土みたいな物体を見て、阿求さんはどうしたらいいか分かりませんでした。
 辛いとか悲しいとかじゃなくて、理解できない寂しさを味わったものです。
 老衰といわれても、阿求さんに残る映像は若い時しかありません。

 思い出して寂しくなって、阿求さんは慧音さんに、昔のことをたくさん話しました。
 慧音さんはその度に、うんうんと相槌を重ねてくれます。
 本当のところこの人は聞いているんじゃなくて、弁当箱の摩擦係数を確かめているだけじゃないかしら、と思うこともありましたが、もし、そうだったらショックなので阿求さんは黙っていました。
 
 ずいぶんと時間が経った後、 阿求さんは外を見て長居をしてしまったのだと知りました。
 障子の色はオレンジに染まっています。 
 日が暮れる前に阿求さんにはまだ用事がありましたから、そろそろお暇することにしました。
 ここまで来たら、大抵そこに最後に寄って帰ることにしていました。

「そうか、いや楽しかったよ」

 ほとんど聞き手に徹してくれた慧音さんは、何が楽しかったのか笑顔でした。
 
―――――

 阿求さんはたくさんの花を抱えて、山道を登っています。
 山道といっても人の手入れが行き届いていますので、ちんまい阿求さんでも歩くのに問題ありません。
 この先には里に生きる者がやがて確実にお世話になる場所がありました。
 慧音さんの家からその目的地までは近く、阿求さんは慧音さんの家を出ると必ずといっていいほどそこに向かいます。
 里のみんなの墓場に。

 慧音さんが持たせてくれた花は明るいものばかりでした。
 実はこれは阿求さんが橋の手前で会った、お手伝いさんが準備していたものなのですが、言うなと言われてたので慧音さんは話してません。
 それでも阿求さんは知っています。
 慧音さんのお節介で、花の数が増えてることも知っています。

 高い木々に囲まれた階段も半分を過ぎました。
 一度花を下ろして肺いっぱいに空気を吸い込むと、阿求さんはまた歩き始めました。
 顔に悲壮なものはありません、墓参りは楽しいものだと思っています。
 思い出とふれあいにいくのです。
 花を供えるのは弔いではなく感謝の気持ちなのです。
 彼岸の頃なんて花の量はもっと凄くて、両手で抱えきれない程の量を、えっちらおっちらと運びます。
 前が見えてないんじゃないかと心配になった里の人達が、こっそり後をつけてしまうのも春秋の風物詩といったところです。
 そうは見えないかもしれませんが、阿求さんはこれを何百年と続けてきました。
 失敗なんて、しないのです。

「よしっ、着きました」

 墓地に到着し、花を置いて備え付けのバケツを取りに向かうと、そこには一匹の猫がいました。

「お前も墓参りがしたいのですか?」 
 
 猫は返事をせずに、足元に擦り寄ってきました。
 水の入ったバケツをよいしょと持ち上げ、足元の猫を蹴飛ばさないように阿求さんは歩きます。 
 今が丁度いい季節です。
 秋の色が心に沁みて、冬の寒さが身に沁みない。
 照り返す石畳の熱や、凍った水道に苦しめられることもない。 
 お盆も秋に纏めてしまえばいいのに、休日を土日にくっつけるような工夫を墓参りにも――や、駄目か、同じシーズンにあると、ものぐさな人間はどっちか一つしか行きませんもんね。

 花を取替え、墓石に柄杓で水をかけて、阿求さんはお墓を回ります。
 さほど交友関係の広くない阿求さんでしたが、世代を重ねるに連れて知り合いが尋常じゃない数に膨らんできました。
 一回リストアップして嫌いなやつからリストラしてやろうかとか黒いことを考えています。
 と、そこで阿求さん不意に上を向きました。
 木の枝にホトトギスが止まっているのを見つけたようです。
 やれ、珍しい。
 阿求さんも腕を組んで唸りました。
 忘れかけておりましたが、これはとんちの出番を期待しても宜しいのでしょうか?
 鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、ホトトギスですよ。
 阿求さん、頑張って!

(昼はおそばでさっぱりだったから、夜はお肉でこってりかな)

 あなた今、焼き鳥を連想しませんでしたか!?
 にじり寄るその足と、わきわきしてるその手は狩りの時間到来ですか!?
 せっかく風情ある鳥なんですからチャンスを生かしましょうよ、あなたがやってるのは正しい意味で汚名挽回ですよ。
 ……あ、ほら、逃げたじゃない。
 猫の尻尾踏んだせいで、猫も逃げましたね。
 その際少し引っ掻かれましたが、まあ服も破れていませんし幸いです。

「本来なら率先して狩りに出る猫がなんたる体たらくか……」

 どういう角度で見ても、あなたの素早さがまず足りてませんでしたって。

 阿求さん、気を取り直して墓参りを続けます。
 ここからは阿求さん、一人です。
 墓地に先客はいませんでした。
 たまに目を閉じたり何も無い所をぼーっと見つめたりして、思い出にふけりながら歩いていきます。
 データベースが膨大ですから、故人が遠すぎる場合、思い出すまでに少し時間がかかるようです。
 しかし必ずその映像を見つけてきます。
 幻想郷の記憶という二つ名は伊達ではありません。
 見つかると少し表情を緩めて、笑ったり首を振ったりして、次に進みます。
 ところが、墓地の片隅で長いこと足が止まりました。
 
「…………」

 どうしたのでしょうか? 思い出せないということは阿求さんには絶対にありません。
 過去に一度見たものは、嫌でも映像として脳に保管されてしまうのです。
 だから、この長さはちょっと異常事態です。
 転生を重ね過ぎて、阿求さんの能力に欠陥が生じたとか? まさか。
 つるつるの眉間に皺が寄るほど顰め面を続けていた阿求さんですが、ふぅと息を吐いて後頭部をぺしぺし叩きました。 

「あはっ、また忘れた、好きだったのか嫌いだったのか」

 あぁ……そうなのですか。
 そうですね、いや、仕方ないのです。
 阿求さんもみんなから様付けで呼ばれてますが、ちゃんとした人間ですから。
 仕方ないことはたくさんあるのです。
 関連の薄い人から他人になっていきます、時間が感情を薄めてしまいます、誰が責められるでしょうか。
 これから阿求さんは、映像と戦っていかないといけません。
 他人と化した者を、記憶として保管しておかないといけません。

「慣れっこなのですよ、こんなの」

 阿求さんの心には寒い風が吹いていました。
 だけど、それを隠そうとしていました。
 無理に笑顔を作ってみても、肩は下がってしまっています。
 誰もいない時くらい、泣いてみればいいのに。

 バケツと柄杓を所定位置に戻し、水道で手を洗います。
 墓参りは終わりです。 
 花は一輪も余りませんでした。
 ハンカチで手を拭きながら、沈みかけた太陽を見ました。
 真っ赤な稜線に妙に寂しいものを感じて、阿求さんは早足で墓地を後にしました。
 
 階段までたどり着くと、下から誰かの上ってくる足音が聞こえました。
 
―――――

「お迎えに上がりました」

 上って来たのは、橋の手前で会ったお手伝いさんでした。
 阿求さんを見つけ、やわらかい笑顔を浮かべた後、頭を下げます。 
 心配して手配するには少し早い時間だと思いましたが、辺りはそんなものかなと思わせる暗さでした。

「……どうしました?」
「いえ、ご苦労様」

 むふっと鼻から息を捨てて、私は元気ですよと腰に手を当ててアピールです。
 これは上手い表情作れたんじゃないかと、阿求さんはそう思います。

「猫の尻尾でも踏んで猫に引っ掻かれましたか?」
「そんな的確に当てられても困る」

 お手伝いさんの長く伸びた影の下に、ちんまい阿求さんが収まります。
 それを確認したお手伝いさんは、上ってきたばかりの階段に再び足をかけました。
 二人でゆっくりと階段を下ります。
 今が夕と夜の境目。
 この時間、誰かと一緒なのは心強いものでした。
 聖域に妖怪が跳梁跋扈することは無いと思われますが、万が一という心配があります。
 どんな死に方をすれ転生は始まりますが、出来るだけ大事にしたい命です。
 小さな背に色んなものを背負っていました。

「晩御飯は?」
「白株と鮭の牛乳煮です」
「あんまり好きじゃないなぁ、骨はちゃんと抜いてます?」
「抜いてます、まあ多少はあるかもしれませんが頑張ってください。足りないカルシウムをここぞとばかりに補うべきです」
「まるで私が成長不良のような言い方をする!」
「もう少し伸びましょうね」
「あなたはもう少し自重なさい、主に出っ張ってるところ自重なさい」
「別に出て困るものでもありませんし」
「いつかその重みに耐えられなくなって両手を突き、私に頭を下げて詫びる時が来るとも知らずに……」
「どれだけでかくなるんですか」

 温かい牛乳に溶け込んだ真っ白な白株の柔らかさを思うと、阿求さんの口に唾が溜まってきました。
 なんだ、私はちっともへこんでないじゃないかと阿求さんは嬉しく思います。
 減らず口を叩いているうちに、心の隙間風は止んでくれたようです。
 でも、この会話を止めたらどうなるのだろう……そう思ったら、今度は会話を止めることが出来なくなりました。
 どうでもいい会話がぽろぽろ出ます。
 そんな様子が上機嫌に見えるのか、お手伝いさんは微笑んで言葉を返してきました。

「今日は饒舌ですね」
「求聞史記の締め切りが近くてハイになっているのでしょうよ」
「それは……なんとも」
「お? おぉ、これは珍しい、あんな所にホトトギスが!」

 重なった靴の音が、阿求さんのわざとらしい声でぴたりと止みました。
 ホトトギスです、まさかさっきの鳥が都合よくこっちに来たとは思いませんが、とにかくこっちの林にもホトトギスはいました。 

「あら、本当に珍しい」

 実はさっきも見たんですよ〜、と阿求さんは言おうとして驚いた理由が薄くなるかなと結局言いませんでした。
 それよりもこれは話の繋ぎにもってこいだと感じました。

「せっかくのホトトギスです、やはりあの独特の鳴き声を聞かなければ好奇心が収まらないでしょう」
「でも、遠すぎますよ」
「だから考えるのですよ、有名な俳句にあるでしょう?」
「ああ、なかせてみせよう何とやらですか?」
「そうそう、では、あなたのとんちであの鳥を鳴かせて御覧なさい」

 それはお手伝いさんの役ではない気がしますが……。
 主人の命令に逆らうのもと思ったのか、お手伝いさん、案外素直に受け入れてくれました。
 ホトトギスの方を見上げて、考え込んでいます。
 阿求さんも期待をしているわけではなく、こうやって自分の問題に悩んでくれるだけで嬉しかったりします。

「ふぅ……駄目ですね」
「ふふん、もう降参ですか?」
「例えば阿求様ならば何と答えますか?」
「こうして石を取ってですね――」
「却下」
 
 石段に手を伸ばしかけた阿求さんの手を、お手伝いさんがやんわりと掴みました。
 下に石なんて落ちてなかったですし、それを知ってて突っ込んでくれるのだから、分かってるなぁと阿求さんは感心します。
 ボケは突っ込みが肝心です。
 しかし、何故かお手伝いさん握った手を離さない。
 もういいよと、目線を送っても、腰を落としたまま微動だにしませんでした。

「こんなに冷えて……」

 指を絡めてぎゅっと握られます。
 温かい熱が冷え切った手に伝わってきました。

「水を使ったあとはきちんと拭いて乾かしてください、もう」

 お手伝いさん、そのまま手を繋いで歩き始めました。
 子供じゃないのにと阿求さんは思いましたが、びっくりするほど優しい声だったので何もいえませんでした。
 二人で石段を降りていきます。
 顔が赤くなりました。
 何か言わないと、何か言わなきゃと、必死に探すのですが何も出てきません。
 
「阿求様」
「えっ、あ」
「私はあなたとずっと肩を並べて歩くことは出来ません。ですが一時の間、手を繋いで歩くぐらいならば出来るのですよ」

 何を言ってるのか解りました。
 心が透かされて悔しい反面、もどかしいけど落ち着きがありました。
 寒い風の吹く隙間に板を打たれたような違和感と、言いようのない温かさが同居を始めました。

「阿求様、阿求様、なんて呼ばれて勘違いしてるんだと思います」
「何を?」
「帰りが遅くなれば心配するし、心配すれば迎えにだって来るのです」
「それはあなたが……」
「いいえ、他のみんなだって同じです。ほらやっぱり」

 お手伝いさんは繋いでない方の手で、石段の下を指差しました。
 そのときはまだ見えませんでしたが、遠くから駆けてくる稗田低のみんなの姿が徐々に見え始めました。
 割烹着を着たまんまでした。

「心配だから仕事を放り出してきたのでしょう。おかげで私に説教という仕事が一つ増えてしまいました」 

 阿求さんの姿を見つけると、少し速度が上がりました。
 ざわめきが聞こえます。
 それが阿求さんの涙腺を押しました。
 真珠のような涙がぽろぽろと落ちます。
 お手伝いさんはその涙を気遣って、敢えて見ないようにして首を回しました。

「……泣きたいか、泣け、ホトトギス」

 もう何処にいるか解らなくなった鳥の、ホーホケキョという間抜けな声が世界に響きました。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ

幻想郷探偵倶楽部2「後ろに立つけーね」
幻想郷縁起にて収録予定。
同時収録、ケイネ様が見てる!(どっちもホラー)

いやぁ、コミックREXのあっきゅんは何度見ても可愛いなぁ……。



SS
Index

2006年12月4日 はむすた

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