守矢狩りと盛り上がりって似てるよね

 

 

 

「駄洒落じゃないですか」
「えー」
 あっさりと切って捨てられ、諏訪子は不満の声を漏らした。ちゃぶ台を囲むように二柱と一人、現人神の助数詞を人とするか柱とするか意見が分かれるところかもしれないが、ここは人と数えることにしたい。
 守矢神社、その社務所の一角にある居間、白米と味噌汁と鮎の塩焼きと茄子の漬物が美味しい食卓である。
「駄洒落、大いに結構! よく見ると神奈子もツボに入ってるみたいだし」
「ぶほォ」
 味噌汁を吹き零しそうになる主神を目の当たりにし、何とも居たたまれない気持ちになる風祝の早苗であった。
「……そんなに見つめられると照れるわ」
「やっぱ、齢を重ねてると駄洒落好きになるんだねー」
「……あんたも私と大して変わらないじゃない」
「私はなんて言っても見た目が、ね」
 ふふん、と顎の下に手の甲を添える幼な神。
「全く、威厳に欠ける姿ね」
「威厳ばっかりあってもねー。世の中、物を言うのは愛嬌だよ。可愛らしさともいう」
「私にそれがないとでも」
「あんたちょうどよくそのでけえ胸に鏡ぶら下げてるんだからそれで自分の顔面確認しなよ」
「まあまあ、お二人とも」
 いつも通り繰り広げられる口喧嘩を仲裁するのも、早苗の役目である。
 喧嘩するほど仲が良いとはよくいうが、この二柱の場合は因縁が深いせいか一度始めると終わるまでが長く、また実力行使に出るとなると周辺一帯がぺんぺん草も生えないほどの被害を撒き散らすことになる。
 その安全弁として働いているのが、東風谷早苗という人間なのだ。本当はもっといろんな仕事があるのだが、この三者が揃っている場合の主な役割はふたりの仲裁であるといっていい。
「ごはん、冷めてしまいますよ」
「……命拾いしたね」
「げーこげこ」
 意味がよくわからない。多分考えても無駄だと思う。
「――お、塩加減が絶妙だね」
「うむ。焼き加減もなかなか」
「大根下ろしもちゃんとありますからねー」
 おー、と二柱揃って感嘆の声を上げるあたり、やっぱり仲が良いんだなあと早苗は実感するのであった。
「だがその切り身は頂いたー!」
「ぐぉわあんたふざけんじゃねー!」
 刺し違えてでも鮎を奪い取らんとする二柱の行儀の悪さを、プチ奇跡を起こし味噌汁の湖面を割ることにより戒めようかと逡巡する刹那。
「――ッ!」
 障子の向こうに、何者かの殺気を感じた。
 その行く先は……八坂神奈子!
「神奈子さま!」
 叫ぶ。
 が、既に針は放たれていた。視認すら追い着かない速度で、針は神奈子の額を捉えんと飛翔し――

「風よ!」

 一閃。
 早苗が幣を振り切ると、停滞していた空気が波打ち、意志をもって流動を開始する。吹き上がった風は、神奈子に飛来する針のことごとくを打ち払い、何食わぬ顔で味噌汁を啜っていた諏訪子の脳天にぶすぶすと突き刺さった。
 まさかの全弾命中である。
「おふッ」
「諏訪子さまー!?」
 これで故意ではないのだから神がかっている。
 畳にうつ伏せてぴくぴくと痙攣している諏訪子を労わる気持ちもあれど、視線は早くも襲撃者の姿を追っていた。まあ諏訪子さまだから多分大丈夫だろう何と言っても神様であらせられるし、と早苗が無意識に判断していたかどうかは定かでないが。
 とりあえず神奈子は諏訪子の分の鮎を食していた。
「そこにいるのは誰です!」
 障子を開け放ち、幣を振って牽制する。なんとはなしに、敵の正体は察しが付いている。神奈子を襲い、諏訪子を仕留めた針には見覚えがある。まさか、あのひとが……やりかねないけど……と薄情なことを思い、げこげこ鳴き始めた諏訪子の断末魔を聞く。
「あ、すごい、これヤドクガエルの皮膚毒が塗りこんであるわ」
 諏訪子の額から抜いた針の先端に触れ、うっすらと痺れを来たす右手を見ながら神奈子は冷静に告げる。一度拳を握り、解いた瞬間にはもう痺れは消えている。
「ぐおォ……おぉん」
「お、生きてた」
 流石に十本単位の神経毒は辛いものがあったのか、復活には時間が掛かったようだ。顔色も悪い。が、カエルの皮膚も青いから先祖帰りしたようなものかもしれない。
「モウドクフキヤガエルなら即死だった……」
「あんたさあ、カエルは友達だってんだから毒くらい耐えてみせなさいよ。全く、だらしが無いわねえ」
「うっさいしね」
 ごっそり抜いた針をまとめて神奈子の頭に突き刺そうとしても、すんでのところで神奈子に振り払われる。お互いに歪んだ笑みを浮かべ、額がごりごり擦れるほど近くで睨み合っている。仲が良い。
 そんな神々の仲睦まじい光景に、早苗の憂いも消える。
「あなたの目論見は潰えました。この守矢神社に波風を立てようとしたところで、数多の奇跡が、私たちの絆がそれを許さないでしょう」
「私が死にかけたのは早苗のせいだかんね」
「それはほんとすみませんでした」
 土下座する一歩手前で諏訪子に制された。
「いやいいけど。別に神奈子に当たっても死にゃしないんだから、放っておいてもよかったのに」
「あんなん全弾命中したら普通死ぬわ」
「私が死ななかったんだからあんたも死なないって」
「なんじゃその理論」
「どうです! 私たちに付け入る隙がありますか!」
 隙だらけだった。
 一触即発、吹けば飛び、二柱が発する視線の火花で勝手に爆発が起きそうな雰囲気の中。
 守矢神社に、溜息が響く。

「……どうやら、私の負けのようね」

 そもそも勝ち負けの問題だったのかという話もあるが、ともあれ黒幕が茂みの奥から姿を現す。
 その輪郭は、やはり早苗も見覚えがあるものだった。
「あなた……」
「ふふ、あなたたちの絆、見せてもらったわ」
 意味深な笑みをたたえ、博麗霊夢が登場する。
 何故というよりも、やはり、という印象が拭えないのは、何より凶器に針を用いているのだから致し方あるまい。気付いてくださいと言っているようなものだ。
 それでも、早苗はごくりと息を呑む。
「霊夢さん……あなたの目的は、神奈子様を殺し、ごはんを奪い取ることだったのですね」
「……」
 早苗の真剣な表情に耐え切れず、霊夢はゆっくりと目を逸らす。その先には、ちゃぶ台にて早苗の分の鮎を突っついている諏訪子と、その後頭部にまたヤドクガエル針を刺している神奈子の姿がある。微笑ましい。
「お腹が空いたのなら、素直に言ってくだされば……おかね、取りますけど……」
「取るんかい」
「質でもいいです」
「ていうか、別にあんたんとこのごはんを奪おうなんてそんなせせこましいこと考えてないわよ。……あんたが私のことをどんな目で見てるのかよーくわかったわ。どうもありがとう」
「どういたしまして」
 皮肉も通じない無敵ぶり。本気なのか冗談なのか判らないのが早苗の凄いところである。
 霊夢は気にしないことにした。
「ここに来たのは、私の勘が閃いたからなのよ」
「勘ですか」
「そう。なんとなく、あんまり面白くない駄洒落をさも得意げに披露してる空気を感じたのよね……」
「ぎく」
 犯人はこの中にいる。
 毒の免疫は既に出来たらしく、もう頭に針が刺さったままでも平然と動き回っている諏訪子。その顔はしかし、幼い顔に浮かんだ動揺を隠し切れない。わなわなと震え(毒のせいではない)、やっぱり鬱陶しいのか刺さった針を抜きながら戦慄を露にする。
「まさか……これが、守矢狩り!」
「無理やり繋げなくてもいいです」
「ちなみに、その駄洒落で笑った奴も同罪だから」
「ぎく」
 同年代だったのが運の尽き。
 だが、諏訪子はあくまでも抵抗を継続する。
「えー、なんで駄洒落を言っただけで頭に針を突き立てられないといけないのよー納得いかないー」
「私も、まさか本当に当たるとは思ってなかったんだけど……もしかして、急に方向が変わったりした?」
 早苗はそっぽを向いた。
 霊夢も概ね事情は察したが、余計なことを言うと妙なとばっちりを喰いそうなので黙っておいた。早苗を凝視している神奈子に代わり、諏訪子が霊夢に対する追及を強める。
「でも、ヤドクガエル科はどうかと思うなあ」
「理由はよくわからないんだけど、うちの周りに警戒色バリバリのカエルが大繁殖してるのよね……仕方ないから、こういうことに有効利用するしかないじゃない」
「まあねえ」
 自分のせいであるような気もしたので、諏訪子は霊夢と目を合わせないでいた。
「折角だから、あんたのとこで引き取ってよ。邪魔だし」
「いや、うちも間に合ってるし」
「いやいやいや」
「けろけろけろ」
 しのぎの削り方が独特である。
「よし、わかった! 霊夢もごはん食べていきなよ!」
「え、いいの? 別に誤魔化されないけど」
「誤魔化されてよ!」
「頼まれてもなあ」
 けろけろとうるさい神に懇願され、霊夢も最後には折れた。お腹が減っているのは確かであったし、朝餉の匂いは食欲をそそる。
 正直、神々のおかずの取り合いを目の当たりにしているから、まともな状態の食事を期待してはいないのだが。それでも、食卓を取り囲んでの食事というものには犯し得ない美しさがある。
 少しばかり浮かれた心持ちで、霊夢は他人の食卓に足を向ける。
「あ、ごめん」
「どうしたの」
「いやほんとごめん」
 諏訪子は、居間の方に視線をやったかと思うと、急に振り返って霊夢に謝罪した。その唐突さに不審なものを覚え、何か異常があるのかと守矢神社のちゃぶ台に目を向ける。
「いやさあ、さっきのヤドクガエル製の針がねえ、刺さってるんだよね。鮎とか。茄子とか。ごはんとかに」
 いやマジでごめん、と諏訪子は繰り返し謝っていた。
 霊夢はしばし呆然と佇み、どうしたものかと眉間を押さえて頭を悩ませていた。
「ああ! それ私のごはんじゃないですかー!」
「だからごめんて! でも私のせいじゃないもん、元はといえば神奈子がつまんない駄洒落なんて言うから!」
「さりげなく私のせいにするな!」
「……あー、もう」
 どうでもよくなってきた。
 博麗霊夢、夢想封印の構え。
 いち早く霊夢の異変に気付いた早苗が止めに入るものの、時既に遅し。

 

「いい加減にしろ!!」

 

 爆音が轟き、ここに、守矢狩りは達成された。
 めでたしめでたし。

 

 

 

 



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2009年9月5日 藤村流

 



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