おいでませ秘封倶楽部





「お願いします!」
「そう言われてもねぇ……」
 カップの縁に口をつけたのは、その人物の姿を視界に収めたくなかったからだ。誰しも、休息の時間くらいは静かに紅茶を啜っていたいだろう。その時間を邪魔されたとあっては、あまり良い顔はできないというもの。私自身も、帽子を外して気を楽にしているし。
 秘封倶楽部に入れてほしい、と頭を下げられたのはこれが最初ではない。いつもこれで最後にしてほしいとは思うのだが、なかなかどうして謙る頭は減ってくれない。そんなに魅力的な活動を行っている訳ではないのに、と常々思うのだが、実のところは違うのだろうか。あんまり流行に敏感じゃないからよく判らないけど。
「お願いします! どうしても入りたいんです!」
「いや、だからそう頭を下げられても……」
 蓮子はいない。
 秘封倶楽部に部室は与えられていないので、大学の正門近くにある喫茶店が主だった打ち合わせの場である。ファミレスやコンビニ、あるいは自然公園などよりよっぽど穏やかな雰囲気のお店なので、静謐な空気を好む有閑マダムやセレブレティに大人気――、だと店主がよく言っている。真相は不明。
 兎にも角にも、クラシックこそ流れていないが比較的静かな場所ではあるので、こう、彼のようにガソリンスタンドのベテランアルバイトもかくやという大声を張り上げられては、私の騒音被害は元より営業妨害にもなりかねない。ほら、さっきから店主が鬼をも射殺す眼差しであなたを見詰めていることに気付かないかなぁ……。
「とりあえず、まあ、静かにね? そういう場所だってこと、自覚してる?」
「あ……。す、すいません!」
 また一礼する。しかもきっちり斜め四十五度に。その度に右曲がりのつむじが見えるのだが、だからどうということもない。世の中には右回りかつ左回りという稀有なつむじ人間もいるそうだが、これまた途轍もなくどうでもいいことではある。
 私の表情を伺うようにゆっくりと顔を上げた彼は、おおよそ頼り甲斐があるとは言い難い風貌だった。
 全体的に痩せた身体、尖った顎、シャツとネクタイこそ綺麗にのりが掛かっていて、髪も一応は整えられているが、眼鏡越しに映る瞳はなんだか今にも泣き出しそうな色をしていた。とても大事な仕事は任せられそうにない。
「あなたも先は長いんだし、真っ当に生きないと老後が大変になるわよ?」
「それは関係ないです。ぼくは、秘封倶楽部に入ると決めたんです」
 親切心で忠告するも、全く聞く耳持たずといった様子。弱腰なくせに、頑固。
 こういうの、母性本能をくすぐるタイプっていうのかしら。実感は湧かないが。
「うーん、さっきからそればっかりなんだけど……。
 どうして秘封倶楽部に入ろうと思ったの? その動機は」
 う、と言葉を詰まらせる。というか、何故そこで呻く。
 秘封倶楽部に入会を希望する人間の大半は、大概このあたりで返答に窮する。熱意だけは立派なのに、どうしてその原因を語ることが出来ないのか。不思議でならない。
「ど、動機ですか……? あの、霊や死体に興味があるから、とかじゃ駄目ですか」
「人間としては駄目かも」
「え……。じゃ、未だに解明されていない世の中のあれこれを、あの手この手で解決に導く、というのは?」
「そういうのは、テレビの探検隊がやればいいと思うのよねぇ。私たちはあんまりお金がないから、身近にあるものでなんとか遣り繰りしなきゃならないし」
 言って、生命線だけは異様に長い左手を見やる。
 結界の境目を見れる目があろうとも、実際に結界を越えるために必要なのは自分の意志だ。拳銃を持っていても、目の前に殺すべき相手がいたとしても、引き金を引くか否かは自分の意志。あるだけで危険、と判断するのは早計だ。
 まあ、私はこの能力が原因で迫害されたことはまだ一度もないが。
 そのせいで、多少なりとも厄介な道筋に進んでしまったことくらいは自覚している。
「他には」
「う……。と、友達が、呪いに掛かったせいで留年してしまったから、その除霊を」
「御札代わりに参考書でも買ってあげなさい。はい次」
「く……。こ、狛犬を盗んだ友達が狐に憑かれたとしか思えない行動を取って、ついには『出家する』とか『沖縄のシーサー全部盗む』とか言い出して……」
「盗むな。すぐに返す。あと出家したいならさせる。最近は坊さんが足りなくて困ってるんだから」
「そ、そういう問題じゃ……」
 おろおろしている。……自分が言い出したことじゃないの。
 挙動不審な人間をいつまでも立たせるのは流石に酷だと思い(これもある意味営業妨害だろうし)、蓮子が座るはずだった向かいの席に座らせてあげる。どうせ蓮子はいつものように遅刻してくるに違いないし。
 その彼は、申し訳なさそうに頭を下げながら、しずしずと席に着いた。肩を竦め、手を膝に乗せて項垂れる仕草は、二十代の男が発してはいけない類のヘタレオーラに満ち満ちている。あるいは、それを可愛いと思える女性も世の中にはいるかもしれないが、いつも彼以上に頼り甲斐のある蓮子が隣りにいる身分としては、最低限もっとバイタイティに溢れた人格でなければ論ずるに値しないのである。
「別に、入れてくれたっていいじゃないですかぁ……。女性二人だけだと、何かと不便でしょうし。大学の口利きもあった方が、活動する時にいろいろと便利でしょうし……」
「それは有難い提案だけど。女手が二人だけでも、結構いい線まで行けるものよ。案外、誰にも越えられなかった場所を越えてしまうことだって出来るかもしれないし」
「でも……。心配です」
「あなたに心配してもらうことじゃないわよ。悪気があって言ってるんじゃなくて、純粋に、危険なものには手を触れるなって言ってるの。……まあ、本当は私たちが言えた義理じゃないんだけど、勘違いしそうだから一応ね」
「……」
 彼は俯き、私の前に置かれたカップを凝視している。もっと他に見るべきものがあるだろうに、あえてそこから目を逸らさざるを得ない。
 蓮子との待ち合わせ時間から、五分ほど経った。もう五分くらいは、この押し黙った空気に付き合ってあげてもいいだろう。なんだかんだ言ってこの沈黙を楽しんでいる自分に気付き、私って嫌な女なんじゃないだろうかと思ったりもする。
 そんな、他愛もなく夢想を掻き消すように、眼前の彼は凛と通る声で語り出した。
 本当に、声だけはよく通る。
「納得、できません。ぼくには、あなたが逃げているように見える」
「大きく出たわね。名無しさんのわりに」
「名前はあります。ただ、今ここで言う訳にはいきません。名乗るのは、ぼくが秘封倶楽部として迎え入れられた時です」
「……それが、大きいと言ってるの」
 溜息も、彼の決意を揺るがすには不十分だろう。全く、退くことを知らない突撃兵の対処は、本来蓮子の役目だというのに。私はあまり説得が得意な方ではないから、詭弁を弄するのは苦手なのだ。
 だから、困る。
 真面目な人間に面と向かって頼まれたら、それを断る方が悪人みたいに思われる。他人にどう評価されようと気にはならないが、無駄に敵を作るのも良くない。
「だったら、その理由を聞かせてほしいわ。何に使うかも判らない客にナイフを売る店がどこにあるの? それだけ真摯に人と向き合えるのに、入部の動機がちゃんと言えないのはおかしいじゃない」
「それは……」
 やはり、言葉を留める。内容はあるが、躊躇いが決意に勝っている、といったところか。
 わざわざ立て付けの悪い台詞の引き出しを開けてやるのも、お節介が過ぎると思う。言えないのなら、そこまでの熱意だったということだ。彼が用意した台詞が、一撃必殺の刃でないと信じられる保証はどこにもないのだし。
 クラシックは流れないが、程よく抑えられた客の声量が耳に心地良い。自動車の排気音やスリップ音も遠く、嵌め殺しの窓から差し込む陽光は近く、都会から隔離幽閉されたサナトリウムを彷彿とさせる。そこに、息を押し殺して黙り込む年頃の男女が一組。
 もし、身体のどこかに病巣が潜んでいるのだとしたら、私は躊躇いもなくこの眼を指し示すだろう。病んでいるのは目ではなく脳なのかもしれないけれど。
 でも、この厄介な眼を外科医に献上することはない。
 その程度の理由で、目の前に広がっている雑然とした有象無象から目を離したくはないから。
「……仮に、あなたが特別な力を得たとして」
 え、と問い返す言葉を覆い被すように、私は続ける。
 詭弁を弄することが難しいのなら、たとえ話をしてみよう。論理的かどうかは蓮子の判断に任せるとして、今はそれなりに真剣に、彼と向き合うことが大事だと思った。
「そうね、別に何でもいいと思う。空を飛べるとか、時を止められるとか、炎を出せるとか。普通の人間にはない、あるだけで他人を圧倒することが出来る能力、ね」
「はぁ……。羨ましいですね」
「羨ましいじゃないのよ。仮にもし、あなたがその力を持っていたとして。
 さて、あなたならどうする?」
「え……」
 答えを求められ、すぐには思い付かずに言葉を詰まらせる。
「答えて。そんなに難しく考えなくてもいいのよ、思ったことを素直に口にすればいいだけだから」
 でないと、心理学の意味がないし。
 これは心理テストの類ではないが、真理のテストではある。彼が秘封倶楽部に相応しいかどうかを問う、簡潔にして明瞭な試験。
 彼は小さく唸り、眉を潜めて、それでも熟考せずにあっさり答えた。
「そう、ですね……。多分、何もしないと思います」
 シンプルな回答。
 思わず、私は即座に問い返してしまう。
「それは、どうして」
「どうして、と改めて言われると困るんですが……。力があるからって、無理に何かをする必要はないんじゃないですかね。空が飛べても宇宙には行けませんし、時間が止まっても独りぼっちです。炎が出せたって、冬は便利ですけど夏は暑苦しいだけですから。……自分でも何が言いたいのかよく判りませんけど、要するに、無理はしない方がいいってことだと思います」
 思います、て自分のことだろうに。
 そう自信なさげに提出された回答は、概ね私が考える正答とほぼ一致していた。
 つまりは、まあ、そういうことだ。所詮は道具に過ぎないものに振り回されて生きるより、今までの自分を活かすためにその能力を発揮した方がいい。
 正解は、『特に変わらない』。
 ……お見事。
 こう言っちゃなんだが、まさか正解するとは思わなかったよワトソン君。
「凄いわね。よもやとは思ったけど、あなたが私の捜し求めていた人材だったなんて……」
「え、え? それって……、もしかして」
「おめでとう。あなたも、今日から晴れて秘封倶楽部の一員を名乗ることが出来るわ」
「あ……、あ。ありがとうございま――!」
「静粛に」
 予想通り、椅子を蹴散らして立ち上がり際に巨大な謝辞を述べようとしたので、すかさすその口を手のひらで塞いでやる。一応、ナプキンは添えてあるから汚くはない。念のため。
 もがもが、口の中で一通り感情を発露し終え、彼は平静を取り戻し、周りに頭を下げながら恥ずかしそうに着席する。それでもやはり、瞳は分相応に輝かせたままだ。眼鏡の凹凸も相まって、幾重にも重なった煌きが私を襲う。
「で、まずはこれに住所氏名電話番号を記入してね」
「あ、はい。わかりました」
 予め用意していた藁半紙とペンを差し出す。何の疑いもなくさらさらと必要事項を埋めていく青年。余計なお世話だと思うのだが、彼の将来が非常に危ぶまれる。妙な宗教に引っ掛からなければいいのだが。
「で、次はこちらの契約書に名前と、あと印鑑ね。実印じゃなくてもいいわ」
「はい、印鑑ですね」
 鞄の中から瞬時に取り出す。やけに準備が良すぎるのは一体どうしてだろう。
 まさか、この程度は予想の範囲内だったということか。ますます彼の未来が心配だ。
 普通、サークルの入部に印鑑は必要ない。
「で、続いてはうちのサークルに入ってもらう人は全員持っていなくちゃいけないっていう、不思議な不思議な勾玉なんだけどもー」
「あ、はい。……って、ビー玉ですよね」
「勾玉よ」
 ポーチから取り出したるは、青く美しい玉。ちょうどいいので、皮のコースターの上にそれを展示する。
 無論、勾玉の訳がない。
「言い切られても……。だから、ビー玉じゃないですか」
「勾玉よ」
「第一、形が違いますし」
「新種なのよ」
「新種って」
 ここに来て、彼もようやく自分が陥った事態に気付いたようだ。というか、気付かない方がおかしい。
 私は彼を視線の檻に捕らえる。動きたくても動けないように、正確には、最後まで忠告を聞いてもらえるように。
「もしかして……。ぼくのこと、騙してます?」
「これ、実は100,000円くらいするんだけど。今なら秘封倶楽部特価で10,000円になって無闇にお得よ」
「割引き率がありえないです。……あの、秘封倶楽部って、もしかして」
「もしかしてばっかりね。でもまあ、あながち外れじゃないとだけ言っておきましょう。霊能サークルって胡散臭いのが多いし」
「で、でも、それじゃあさっきのテストは……。あれは、正解だったんじゃないですか?」
 どうやら、彼はあれをテストと見破っていたらしい。鈍いわりに勘が鋭いとは、非常にバランスの悪い体質である。
 必死に食い下がる彼に、ぱたぱたと適当に手を振る。
「あぁ、あれ? 正解だからって秘封倶楽部に入れるとは言ってないでしょ。一種のアンケートみたいなものよ。気にしない気にしない。……ところで、このビー玉にそっくりな勾玉買ってくれない?」
「やっぱりキャッチセールスだー!」
 大袈裟に頭を抱える。
 今更遅い。あと、静かにしろと言ったろうに。
 彼は青い顔で藁半紙と契約書を引ったくり、ついでにペンをテーブルに叩き付け、その拍子で零れた紅茶を丁寧に拭き取ってから(最後まで律儀な青年だ)、
「こ、これで失礼します! 本日はどうもありがとうございましたっ!」
 きっちり斜め四十五度に頭を下げて、ギクシャクしながら逃げ出して行った。
 これ以上脅かすの可哀想だが、でも、折角だから完全に杭を打っておこう。
「――あ、ちょっと待って」
 わざと低く通る声で、その背中を呼び止める。
 ぎしし、とロボットのごとく硬い動きで振り返った彼に、トドメの一言を。

「良かったら、また遊びに来てね」

 完膚なきまでに、突き刺す。
 青白かった彼の表情が一気に青ざめて、返す言葉も持たずに駆け足でエントランスを潜り抜ける。見るも無残な敗退、玉砕と言っても言いすぎではない。もう、彼がこの喫茶店に現れることはないだろう。ちょっと意地悪しすぎたとは思うけど。
「それにしても……。おっそいわねえ、蓮子」
 約束の時間からは十分以上経っている。コースターのビー玉を弄くりながら、無為な時間が過ぎるのを待つ。
 ――正確に言えば、正解だったからこそ彼を拒絶した。
 特殊な能力を持ちながら、それでも平然と生きられるのであれば、わざわざ私たちのように結界を越えたり神秘に触れたりしなくてもいい。興味本位で手を出すと取り返しの付かないことになるのは、今を生きている人間なら誰にでも判りそうなものなのに。
 私が望む答えは、『特に変わらない』ならば、『それ以上を望むな』。
 元々、彼と私たちのスタンスは食い違っていた訳だから、これはもう仕方のない結果なのではなかろうか。そう思って、彼も真っ当な人生を歩んでいってほしい、と大きなお世話を焼いてみるのであった。
「明けましてー」
「明けてない」
 晴れやかな表情で登場する秘封倶楽部代表。
 反省する様子のない蓮子を冷たくあしらえば、彼女もまた必死に食い下がる。
「今ごろ、世界のどこかでは新年を迎えていたり……」
「五月だけど、今」
「この無限に広がり続ける宇宙のどこかでは……」
「はいはい。あと遅刻だからね。十五分二十三秒八二って……。最長記録更新じゃない」
 タイマーに表示された履歴を確認する。
「あの、タイマーまで用意しなくてもいいと思うのは私だけですか」
「そう、蓮子だけ。……まあ、遅刻のことはいいから、早く座って」
「うん。いいと言われたら綺麗に忘れるけど、それでもいい?」
「良くない。方便という言葉を知りなさい」
 ところで、と全く違う方向に話を逸らす蓮子。いつものことなので、適当に受け流すことにする。
 メニューを聞きに来た店員にいつもの紅茶を注文して、思い出したように語り始める。
「さっき、眼鏡の好青年と話してわよね。小奇麗な格好した」
「話はしたけど……。秘封倶楽部には入れません、ところでこの魔法のビー玉買わない? って断ったわ」
 ふぅん、と蓮子はコースターに乗った玉を指先で転がす。その目の色が不気味に輝いているのが、非常に気になって仕方ないのは私だけでしょうか。
「前にも秘封倶楽部に入りたいって人、結構いたでしょう? なんでかわかる?」
「なんでって……。私も聞いたんだけど、理由や動機に触れると途端に口の滑りが悪くなるのよねぇ。不思議だわ」
「そんなの、不思議でも何でもないじゃないの。簡単よ」
 突いた頬杖の位置は変えずに、視線だけを蓮子の正面に据える。蓮子は相変わらずビー玉をまさぐったままの状態で、妙に生温かい笑みを浮かべながら、その答えとやらを告げる。
「……じゃ、なんで?」
「メリー目当てだからに決まってるじゃない」
 ……ずれた。
 あまりの急転直下ぶりに、両の目玉がごっそりテーブルに落下したのかと思ったら、なんてことはない。ただ単に、首が頬杖から外れただけだった。
 ……というか、蓮子は今なんて言った?
「はぁ?」
「こぉの金髪美女め。マエリベリーってどんな名前だこんちくしょー。発音しにくいのよっ」
「……いや、囃し立てられてもリアクションに困るんだけど……。って、私が目当てって、えぇ!?」
 自分でもアホな声を出していると思う。が、動揺を素直に言葉にするとこんな感じ。
 仕方ないじゃないか、私に気があるとか言われたら、なんかこう……。あぁっ、頭が熱い!
「蓮子! そういう馬鹿なことは――!」
「馬鹿も何も……。メリーこそ、自分の容姿がかなり良い線行ってるって自覚してる?」
「そ……、そんなこと知らないわよ!」
「うわぁ、自覚なかったんだぁ……」
 嫌な女ねぇ、とビー玉を擽りながら皮肉げに笑う宇佐見蓮子。だからその目をやめろ。
 ぶすぶすと燻り続ける頭を、喫茶店だからと被らずに置いていた帽子で抑え付ける。
 ……あぁ、もう。
 こんな調子じゃ、次の入部希望者の対処なんて出来そうにない。今だけは頭を冷やす能力がほしい、と分不相応な力を望みながら、茹だった顔を手のひらで撫で付けた。
「……それを言うなら、蓮子が目当ての人だって絶対にいたと思うけど……」
「わたし? あー、それだけは無いわね。あはは」
 笑うし。
 これじゃ、どっちが鈍感だかわかりゃしない。でも多分、どっちもこういうことに関してはこの上なく鈍感で不器用なんだろうなぁ、と根拠のない確信を得るのだった。




−幕−







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2005年4月20日 藤村流継承者

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