恋のマイワキ

 

 

 

 博麗霊夢の巫女装束には、いくつかの特徴がある。
 まず、知人やそうでもない者たちから紅白と呼ばれるように、服装は紅と白のみを分け合った意匠となっている。そのせいか、本人が特に恵まれていない状況であっても目出度い目出度いと拍手を叩かれることも多数。
 また、肩口から切り離された袖は、肘の辺りでぷらぷらと浮いている。そして落ちない。何故か。
 そう。
 傍目から見れば、霊夢の巫女服はわきの部分が不必要に開いているのである。
 それは何故か。
 文々。新聞の記者としても著名な射命丸文特派員が、その真相を追った。
「貴方はどうしてわきまるだしなんですか!? 最近流行りの露出狂なんですか!?」
「帰れ」
 文は、夢想封印はとても痛かったと証言している。
 次に、霊夢の友人として交流のある霧雨魔理沙に内偵を依頼し、それとなく霊夢のわきに関して調べてもらった。
「なあなあ霊夢」
「何よ魔理沙。まだ掃除も終わってないんだから、くれぐれも余計なことは」
「わき、寒くないか」
「……こないだも、そういう無粋なことを聞いてきた不届きな輩が居てね」
「あ、ああ」
「そいつ、どうなったと思う? ふふふ……」
「い、いやぁ、それは分からないなあ。あはは、はははは……」
「ふふふふ……」
 以上が、初日の調査内容である。
 これ以降、霊夢のわきに関する有益な情報は引き出せなかった。魔理沙はこのままでは引き下がれないとばかりに、なんやかんやと理由を付けて霊夢の社務所に泊り込む約束を取り交わした。ちょうどよく空から雪が舞い降りていたので、寒い、冷たい、一緒に雪でも見ようぜ、寒い帰れ、ああ確かに私は寒かった、等という微笑ましい会話が交わされたことは想像に難くない。
 事実、その日はやたらと雪が降っていた。
 瞬く間に白い塵が大地を覆い隠し、三ヶ月前は緑だったものが、一ヶ月前は紅く黄色く染め上げられ、一昨日にはもう茶褐色に落ち、今は白色のような無色に帰す。そうして、三ヵ月後にはまた新しい緑に生まれ変わるのだ。
 それなのに。ああそれなのに。
 四季折々の様相をぶち抜くがごとく、博麗霊夢は年がら年中わきまるだしで生活している。
 これは、見る者によっては賽銭の一枚も与えたくなる悲惨な状況なのだろうが、当の霊夢は知ったことかと踏ん反り返っている。見栄を張っているのか、只の意地か、それとも悲しみに慣れてしまったのか。いずれにしても悲惨である。絶望的である。それくらいならいっそのこと、露出狂であってくれとさえ思う。

 

 二日目。
 霧雨魔理沙の手腕に期待する。
「なあなあ霊夢」
「『わき』と言ったらその眼球を貫く」
 以上が、二日目の調査経過である。
 予想以上に、霊夢のわきに対する防衛機能は優れているようだ。これは、特派員の増員も視野に入れる必要がある。
 以降は、積もった雪で掃除をすることもなくなった霊夢と、びっくりするくらい暇を持て余した魔理沙が一緒にお茶を飲んだり、雪合戦に誘って素っ気なく断られたり、『わき』と口を滑らせて祓い串の先端が零から無限大に拡大する瞬間を目の当たりにしたりと、概ね平和な一日が通り過ぎて行った。
 ちなみに参拝客は誰もいなかった。
 それさえも日常と化してしまったことが、何故か悲しい。

 

 三日目。
 暖房器具の少ない博麗神社にて、自他共に認める寒がりの魔理沙がここまで粘れるのは正直意外だった。その根性に期待したい。
「なあなあ霊むぁくしッ!」
「……風邪ひいた?」
 無理もない。この社務所は風通しが良すぎる。
 仕方なく、その日はほとんど布団の中で過ごすことになった。
 咳は止まらず熱にうかされ具合は悪し、ついでにどうしようもなく暇だから、魔理沙は霊夢と話すより他にすることがなかった。
「れいむ……」
「ん、氷のう冷たくない? お塩とか入れてみたんだけど」
「いや、まあ……そっちは冷たいけど、暇だし、なんか話さないか……ごほっ」
「あんまり無理しちゃ駄目よ。風邪は万病のもと、こじらせでもしたら厄介極まりないんだから」
「とか言って……。その、霊夢は、こほ、あれだ……」
「……全く、誰の差し金かしら。趣味が悪いったらありゃしない」
「それは言えないなあ……ごほっ、守秘義務ってのが、あるんで……ね、んっ」
「言っておきますけど、別に貧乏だからここを開けてる訳じゃありませんからね」
「はいはい……」
「……もう」
 以下、詳しく描写説明を行なう。
 霧雨魔理沙の記憶能力には感服する。
「本当に、大した意味はないんだけど……」
 言い辛そうに後ろ髪を掻きあげる際、大きく開かれた肩口の間から彼女のわきが露になる。
 ゆくゆくは心臓にも達し得る部位であるだけに、わきを疎かにすると健康上好ましくないように思える。ただ、通気の良い部屋の中においても霊夢は常に強気だった。自分の巫女様式を頑として譲らない。仕事はサボるし賽銭は入らないし妖怪は倒す、相変わらず紅白の衣装を着続ける。
「ほら、永遠亭のうさぎみたいに、短いけど寒いからって履かない訳にはいかないでしょう? そういうものよ」
 指を立てて、涼しげと言うよりは寒い格好のまま霊夢は言う。
 温かい羽根布団の中で身じろぎしながら、魔理沙はぼんやりと告げる。不意に、霊夢の瑞々しいわきが目に映る。ありゃあ、寒気の前に恥ずかしくて真似出来ないな、と小さく溜息を吐く。
「ん……。つまり、なんだ。それ以外のものを着たら、死ぬのか」
「何の呪いが掛かってんのよ」
「今は亡き、霊夢のご先祖様の……」
「あー……。残念だけど、これ私の代から着てるものだからね」
「そりゃあ、残念だ」
 はあぁ、と吐いた息は小刻みに震えていて、宙に漂っている霊夢の袖をかすかにはためかせた。
「つまり、着られるものがそれしかない、と」
「それも不正解。ちゃんと着れるものはあります。沢山ある訳じゃないけど、そんなに必要でもないでしょ」
「ふむ……」
 要領を得ない。考え過ぎると熱が上がるため、魔理沙は深く思考することが出来ない。
 霊夢がわきを出すのが好き、というのなら話は早いが、それならわきの話題を出しただけで怒るのも妙な話である。どこか解せない。
 かち、こち、と柱時計の音色が響く。
 しんしんと、外を覆い隠す雪の音は聞こえない。ただ何となく、降っているんだろうなあ、と思った。
「これね」
 ああ、という相槌は、不自然に掠れていた。
 胸元を押さえる二つの手と、沈み込むように伏せた目蓋と、二の腕の先に見える心臓に一番近い肌の色が、全部同じ色のように見えた。
 霊夢は、嬉しそうに言う。
「かわいいって、言ってくれたんだ。お母さん」
 魔理沙と違って、息が小刻みに震えることもなく。
 胸に当てた掌に、何を感じているかは分からない。遠い過去、本当はさほど遠くもない昔に、霊夢は帰っているのかもしれない。魔理沙には、自分の隣で息を潜めている友人の身体が、きちんと動いているかを確かめることしか出来なかった。
 そうか、と言った気がする。ただ、それすらも確証はない。あれほど熱かった額は、塩の入った氷のうのせいで綺麗さっぱり爽やかに澄み渡り、今は軽い眠気だけが身体を支配していて、霊夢と何を話したとて、その内容を事細かに覚えられるはずもない。
 目を開けた霊夢は、魔理沙の氷のうを取り上げて枕元のタライに落とす。よっこいしょ、と関節をぱきぽき鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ちょっと、氷のう換えてくるわね。魔理沙、あたま大丈夫?」
「大丈夫だけど……、そういう言い方は、なあ」
「ふふ、ごめんごめん。じゃあ、布団から出ないで、あったかくしててね。それに、私のわき見てると寒いんでしょ?」
「そうでも、ないよ…………こほ」
「強がり言ってー……――と、そうか。また、雪なんだね……」
 障子を開いた途端、霊夢の表情が強張った。わきの下に掌を挿し込み、ぶるぶるがたがた震えながら自分の身体を抱く。ほら、やっぱり寒いんだ、と魔理沙は心の中でほくそ笑んだ。
 障子の向こうに見えた白銀の世界に、紅白の衣装を纏った霊夢はとてもよく映えた。
 外と内の境が締め切られると、魔理沙の意識は急速に曖昧なものとなり、いとも呆気なく、夢の世界に落ちて行った。

 

 以上が、三日の調査結果である。
 健康体に戻った魔理沙は依頼主にその旨を通達し、その職務を終えた。予定通り、報酬や謝礼の類は何もない。
 魔理沙がいなくなったら、することもなくなってしまった。
 後で、霊夢に謝りに行こう。素直に謝ったところで許してもらえるとは限らないけど、それでもやはり、立てるべき筋は立てなければならない。
 幻想郷にも冬が来る。天蓋すら打ち砕ける鬼といえど、暑さ寒さを感じない訳ではない。
 たった一枚、細く滑らかな両腕を剥き出しにした衣装は、霊夢が見ていても震えが来るかもしれない。けれど、それに慣れた身であれば、寒暖によって衣装を替えようとは思わない。
 冷えた身体を抱き締めながら、縁側に置かれたお猪口を拾う。冷える時には、一杯に限る。
 剥き出しになった身体は、雪のように白く、人のようにくすんでいる。その肌に直に触れながら、故郷に住まう仲間と家族を想う。
 可愛いと言ってくれた。
 似合うと言ってくれた。
 好きだと言ってくれた。
 今にして思っても、背中がくすぐったい。知らずと顔が綻んでしまうのは、掌に収まっている酒のせいだけではない。
 その時は、馬鹿にするなと怒鳴り散らしていた覚えがあるけれど。
 霊夢の、嬉しそうな笑みを想う。
 そう言われることは、鬼として強いと言われるよりも、あるいは――。
「――ん、ぐっ」
 一気に飲み干す酒は旨い。
 あっと言う間に空っぽになった器を見て、雪見酒なんてもの乙だねえと自分を騙くらかす。
「……はぅっ」
 その先を言うのは、まあ、鬼として相応しくない。
 この身はやはり鬼だから、せめて人がいる前では、強く誠実であろうと思うのだ。
 縁側の向こうから、誰かが歩いて来るのが分かった。
 ふらふらと立ち上がって、へらへらと笑ってみせる。
 お互いに、肌が露になった服で、にやにやと向かい合う――。

 

 

 



OS
SS
Index

2005年12月17日  藤村流
東方project二次創作小説





Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!