ビタミンのすゝめ 2





 後日、ヴワル魔法図書館の出入りを向こう一週間ほど禁じられた霧雨魔理沙は、いつものようにふらふらと空中を散歩していた。散歩なのに歩いてないだろ、というつっこみを自分自身で消化しながら、暗闇でも迷うことなく飛び続ける。
 跨った箒にぶら下がっているのは、それはそれは大きな籠。
 そしてその隙間から存在を主張しているのは、紅くて細長いカロチン豊富な根菜。子どもには嫌われることも多いが、料理の中で登場する回数はジャガイモに次ぐ多さなのではないかと思われる。
「うーさーぎーおーいし、かーのーやーまー」
 あまりの爽快さに、思わず鼻歌を口ずさんでしまう。疾走感に溢れる歌という訳にはいかないが、それなりに楽しさが伝わる選曲ではあった。
 しかし、夜道には人が恐れる妖が潜んでいる。
「――そこの人間、ちょいと待ちなさ」
「こーぶーなーつーりし、かーのーかーわー」
 しかし、基本的に魔理沙は怖いもの知らずなので気にしない。
「だ、だから待ちなさいって!」
「うさぎっておいしいのか?」
「……え?」
 前後の旋律を完全に無視して、ぽつりと呟く魔理沙。思わず妖怪も言葉を失う。
「って、そういう意味じゃないんだよなあ……ぎゅーどんひっとつにさんびゃくえーん」
「何事も無かったかのように!?」
「高いよなあ……」
「安いと思うけど……ってそういう問題じゃないか。とりあえず止まりなさいそこの人間!」
 なんだか変なのに会っちゃったなあと思いながら、深夜を徘徊する妖怪は彼女に怒鳴りつけた。声の大きさではなく、首を捻った方向に居たから気付いたと言わんばかりの表情で、空飛ぶ魔法使いはようやく妖怪の存在を把握する。ついでに箒の速度も完全に殺して、真正面から妖怪と向き合う。
「……おっ、私を人間呼ばわりするおまえは夜雀か?」
「正解よ。ご褒美に、あなたの目を見えなく」
「おまえ鳥目だろ? だったらこれをやろう」
「だから台詞の途中だってー!」
 いろいろと台無しになってしまった戦場に、魔法使いが一発の弾丸を放つ。
 射出された紅く細長い弾は一直線に突撃する。だが、夜雀妖怪ことミスティア・ローレライもそれなりに恐れられている存在なので、弾幕はともかく、一発の弾に被弾するほど間が抜けてはいない。苦もなく上空に羽ばたいて回避する瞬間、ミスティアは弾の正体を見てしまった。
 紅いのは、ペイントではなく滲み出るカロチンのせい。
 細長いのは根っこだから仕方ない。土臭いのも根菜だからやむを得ないにしても――。
「……ちょっ、あんたニンジンを弾薬代わりに使ってんじゃないわよ!」
 怒鳴る。農家の苦労を知っているのかこいつは、これだから最近の若いモンは……と、ミスティアは内心で愚痴を漏らしていた。いつの間にか人間目線になっているのには気付いていない。
 思わぬところから非難を受け、魔理沙もやや困惑気味であった。
「いや、食うかと思って。鳥目だし」
「私は元々鳥だから鳥目なのは当たり前なの。余計な気遣いをしてくれなくて結構」
 大体、爆音を立てて飛んでくるニンジンを素手でキャッチしようものなら、ミスティアも鳥目が治って万々歳とか喜んでいる状態じゃなくなる。
「そうだよな、夜雀だから夜でも目は利くんだよな。道理で人間じみた形をしてると思った」
「……さて、ようやく私の恐ろしさを噛み締めてくれたところで、今宵はあんたの目が見えなく」
「でもやっぱりビタミンAは取っといた方が良いぜ」
 魔理沙が指を弾くと同時に、籠に詰め込まれたニンジンが一斉に射出される。ジェットニンジンさながらの爆撃に、決め台詞を遮られた怒りも忘れてミスティアは回避行動に移らざるを得ない。
「じゃないと、どこぞのモヤシっ娘みたいになるからな」
「こんな物騒なニンジンいらないー!」
 絶叫は魔理沙に届かない。そもそもニンジンがなぜ飛ぶのか、魔力を与えられているにせよ誘導性があるのは何故なのか、ていうか地面に落ちたニンジンが爆音と共に自然破壊を繰り広げているのか全く理解できないし、理解してしまいたくない。そこまで賢くなるくらいなら、私はバカのままでいいとミスティアは結論付けた。
 己の哲学を展開している最中も、あたり構わず飛んでは消える紅きニンジン。羽が掠め、身体に擦れるたびに焦げた匂いが漂う始末。
「いやー! こんな訳判らない状況で死ぬのはいやー!」
「むしろ長生きしてくれーとの願いがこもってるんだが」
「だったらもっとマシな手段考えろー! って熱っ! ニンジン熱っ!」
 未だかつて演じたことのない隙間くぐりの舞いを、ここぞという場面で見事に成し遂げているミスティア。それでもやはり文句をいわずにはいられない。
「せめて歌ぐらい歌わせてよー! これじゃ私、焼き鳥になるためだけに現れた雑魚みたいじゃん!」
「小骨が多いところなんかそっくりだよな」
「同意するなー!」
 吼えても叫んでも願いは魔理沙に届かない。嗚呼、こうなると善意も悪意も関係ないのだ。どっちにしろ、迷惑を被るのは変わりないのだし。
 でも、なんか納得が行かないミスティアだった。
 ニンジン弾も無尽蔵に放たれるし、とんでもなく不条理な世界に叩き落された気分だ。
「えーい、こうなったら勝手に歌うんだからー! ……ぽっぽっぽー、はとぽっぽ熱っ!」
 無理だった。
「流石は夜雀、選曲のセンスは真似できないな」
 感心したような台詞を吐いた後に、魔理沙はポケットからマイクを取り出す。
 紅い弾幕を必死に回避し続けているミスティアも、彼女の行動に一瞬だけ気を取られた。そのせいで自慢の羽が焦げてしまったのは誰のせいでもない。運命を操っている者がいるなら殴ってやりたい気分だが。
「それでは、私からも行かせてもらおう。
 エントリーナンバー2番、霧雨魔理沙――『恋色マジック』、歌わせてもらいます」
 マジですかとミスティアが問うまでもなく、魔理沙はご自慢の美声を拡声器に乗せて、意気揚々と歌い始めた。
 ていうか、歌詞ないじゃん。


 結局、ミスティアは魔理沙がハミングの音を外した瞬間に失速し、ニンジンの猛追を受けてこんがりとジューシーに仕上がってしまった。魔理沙は妖怪じゃないので別に取って食べはしなかったが、折角なので籠に残っていた全てのニンジンを、ミスティアが墜落したであろう森の中にばら撒いてあげた。俗に言う絨毯爆撃である。
 でもまあ、中には食える物だってあるだろうと楽観的に考えて、魔理沙は自宅への帰り道を急いだ。
 そういえば、もう一匹ぐらいニンジンに関係する奴がいたなあ、と唐突に思い出した魔理沙は、とりあえず庭に得体の知れない野菜が生えてきたらその時にまた考えようと思った。
 どうせ、近いうちにまた増殖するに違いない。面白いことは何処にでもある。自分はその種をばらまくの弾幕製造機でしかない。けれど、そういう役割もまた楽しい。
 ――面白い世をより面白く。
 その為に、魔理沙は要らなくなった魔導書を庭に埋めてみようと密かに企ててみるのだった。





−幕−







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2004年12月31日 藤村流継承者

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