Ultimated Truth

 

 

 射命丸文、鴉天狗。
 年齢不明、能力不明、詳細不明。
 天狗のくせに鼻が長くない。インチキ疑惑。
 地獄耳、千里眼、豚っ鼻……じゃなくて、山犬並の嗅覚。
 基本、暇人。
 側には常に鴉が飛んでいる。
 不吉。
 やたら通気の良い服を着、やけに歩きにくそうな靴を履いている。
 頭には、サーカス団のテントを小さくしたみたいなあれが乗っている。
 あれって何だ?
 慧音の縮小版だろうか。要調査。でも奪い取ったら鼻がみょーんとか伸びそうで嫌だ。
 この役は霊夢にやらせよう。
 趣味は新聞作り。あるいはネタ作り。
 きっと、芸人にでもなるつもりなのだろう。相方にはミスティアを推薦する。唐揚げコンビ結成の瞬間だ。立会人には妹紅を呼んで、ぱあっと焼き鳥パーティでも開こう――とと、主役が食べられるのは不味いか。うーん、焼き鳥は美味いんだがなあ……。

 

 

「何ですか、これ」
「ん?」
 紙面に影が落ちていると思ったら、記事の題材に取り上げている射命丸文本人が、憮然とした表情で突っ立っていた。
 ちなみに、鴉はやっぱり文の肩に留まっている。よほどのお気に入りなのか、それとも磁石みたいな関係なのか。
 その千里先まで見通せるかどうかは定かじゃない眼をもってして、文は紙面を覗き込む。私も特に遮らない。在りのままに、かつ面白く書いた自信はあるし。
「……焼き鳥?」
「そこにばっか反応するのな、お前」
 高尚なギャグは通用しなかったようだ。残念。
「同僚の危機が迫っているとなれば、事態を憂慮するのも無理はないでしょう」
「まあ、次の標的はお前な訳だが」
「え」
「冗談だ。だから物凄い勢いで後退るな。羽が散らばってるぞー、霊夢にどやされるぞー」
 伊達に天狗の端くれはやっていないのか、移動速度は韋駄天に勝るとも劣らない。私には負けるが。
 神社の境内に黒い羽を散らばせながら、文は再び舞い戻ってくる。依然、苦虫を磨り潰して出来たお茶を飲んでいるような表情は変わらない。
「しかし……酷いですね、この内容は」
「お前さんの新聞紙よりか随分ましだと思うが」
「新聞です。そもそも、これのどこが真実だって言うんですか。嘘八百もいいところです」
 全く、と腰に手を添えてふんぞり返る。
 天狗というのも割りと寿命の長い生き物だから、変なところで融通が利かなかったり偉ぶっていたりするのだろう。その辺り、吸血鬼とか鬼とかと大差ない。長く生きてるのがそんなに偉いんだったら、生まれてこの方ずっと回り続けている月やら星やらを、たまには褒めてやれと言いたくなる。いつもいつも、酒の肴にするくらいなのだから。
「ほほう。つまり、お前がブン屋だってのも嘘だっていうんだな」
「……う、それは違いますが」
「大体な。何でもかんでも真実真実って、そのうち嘘八百万の神々が動脈硬化を起こすぜ」
「そんな神はいません」
「分からんぞー、世の中には境界を操るみょうちくりんな妖怪もいるくらいだからな。今んとこ、奴が嘘八百万神の代表格だ」
 我ながら適当なことを言い放てば、文も適当なことを言っているなという目をする。
 鴉も紅い目を光らせながら、適当なとこを言ってんじゃねえよこの白黒が、と首を傾げていた。
 手持ちの箒で突っつくと、ぎゃーぎゃー喚きながら愛帽に纏わり付いてくる。
 酷い鴉だ。いや、鴉は大概酷いもんだから結局は同じか。
「お前も、大人しく手羽先になれッ!」
 振りかざした先端を綺麗にかわし、高々と宙に舞い上がる鴉。頭の上でぐるぐる回っている様が癇に障る。
「全く、鴉ってのはみんなあんなもんなのかね」
「こっちを見て言わないでください。私はちゃんと知性と品性を兼ね備えた」
「ハイエナ鴉なんだな」
「ハイブリッドです!」
 似たようなもんだ、と呆れ混じりに締め括れば、社務所の方から暇そうな巫女がお茶請け片手に現れる。黒い羽で散らかされた鳥居周辺を一瞥し、多少眉間に皺が寄ってしまうのはご愛嬌だ。
「手羽先……」
「いい加減、私から食材を連想しないでください」
「別にいいじゃない。あなたも散々、私たちのことを食いものにして来たでしょ。その新聞で」
 霊夢が示す先には、文の手帖がある。あそこに何が書き込んであるのが若干気にはなるが、どうも文の字は下手すぎて読み辛い感じがする。物書きの字というのは得てして乱れているものだ。文が文豪かどうかはさておいて。
「まあ、言うほど美味しいネタでもありませんでしたが」
「そりゃ、調理師の腕が悪かったんだろ」
 上空を舞う鴉に牽制を入れながら、お茶請けの煎餅を拾い上げる。憮然とした表情を晒しながらも、ぺたんと座り込んで束の間のお茶会に参加するあたり、文も額面通りの性格はしていないようである。
「で、今度はあんたが発行する訳?」
「ん? ああ、これはだな。こいつがあんまりな新聞しか書かないもんだから、私が仕方なく代筆してやってるんだ」
「頼んでません」
「頼まれろ」
「文法すら誤っている人間に、真実を記載することなんて出来ないと思います」
 ペンを指で回しながら、あくまで真実に拘泥する文。
 私は、草稿を奪い取ろうとする鴉と文から身を離し、少し息を吸ってから言の葉を出す。
 頭の固い奴の頭は、とりあえず割ってみることだと昔から言う。古人の意見は参考にすべし。
「言うね。だが真実とは何だ。事実が最上の真実ならば人の心なんか必要ない。心があるから事実がいかようにでも脚色されるんだ。自己と他者、敵と味方、陰と陽、月とスッポンがある限り、絶対的な真実なんてものは一生かかっても見付からんね。断言する」
「……む」
 文が口を噤む。返す言葉が見当たらない文を他所に、霊夢は呑気に茶を啜っている。
 唯一、事実をありのままに受け入れることが出来るとすれば、おそらくは霊夢くらいなものなんだろうが。それを言えば彼女が増長するから、あまり大層なことは言わないでおく。
「いついつまでも客観的な真実ばかり追ってるから、お前の新聞は面白くないんだよ。いいか、真実ってのは心で出来てるんだ。だから、熱意と気力と嘘も方便さえあれば、いくらでも面白可笑しい新聞を作ることが出来る。でもってお前んとこの新聞はぐんぐんと発行部数が伸び、晴れて天狗の鼻をへし折れるってな寸法だ。どうだ、悪くないだろ」
 最後には、鳥居の柱に背中を預けて踏ん反り返っていた。
 さしもの文も反駁できないだろう、と高を括っていたが。
「……ひとつ、問題があるとすれば」
 人差し指を立て、神妙な面差しをたたえつつ文が告げる。
「ん、何だ」
「それは、貴方自身の心です」
 確かにね、と霊夢が付け足し、そりゃないぜ、という嘆息と共に、私の手元から欠けた煎餅が奪い取られていた。

 

 

−幕−

 

 



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2005年8月19日 藤村流

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