スプーンいっぱいの微熱
「ラブコメがしたい」
「はいはい」
蓮子のよくわからない発言は流すに限る。だが相変わらず蓮子は私の適当な相槌など知ったこっちゃないというふうに、指でテーブルをとんとん叩きながら訥々と語るのである。
紅茶冷めるよ。
「ただのラブじゃダメなのよ。コメディ要素がないと視聴者は付いてこないわ」
「視聴者って誰」
「ん」
指差され損である。何度その華奢な指を折り曲げてやろうと思ったことか。
何度かやったが。
「でも、リハーサルはメリーにやってもらいたいのよね」
「え、嫌なんだけど」
「なんでよ」
「だって時間の無駄だし……私にも羞恥心ってものがあるし……」
「私とラブコメを演じられるのよ、それはとても光栄なことだと思わない?」
「何をどう解釈すれば光栄に思えるのか問いたいところだけど……ともかく、あなたの知り合いに適当な男子の二人や三人はいるでしょう」
生贄を捧げるようで気が引けるが、蓮子の友人ならば多少の事態は甘んじて受け入れてくれることだろう。懐の深さに感謝である。
が、蓮子は非常に渋い顔をしていた。別に紅茶が苦かったとかそういうことでもないらしい。そもそも飲んでないし。飲めよ。
「んー、まあ打診はしてみたんだけど、『メリーさん紹介してくれたらやってもいい』とか気持ち悪いこと言ってたから、厳罰に処した」
「別に気持ち悪くはないと思うんだけど」
「え、気持ち悪いよ。メリーが誰かと付き合うとか天変地異の前触れかと」
「なんでそこまで悪しざまに言われるのかが解らん」
「まあまあ」
宥めすかされた。
いつものことだが、誰か蓮子を何とかしてほしい。五千円までなら出す。
「じゃあ、リハーサル行くわね」
「え、今?」
「あら、ほっぺたにホイップクリームが付いてるわよメリー」
「ケーキ食べた覚えないんだけど」
そもそも勝手に話を進めないでほしいんだけど。説明口調だし。
「もー、仕方ないわねー」
「いや、仕方ないのはあなた……おいこら寄って来るな、あまつさえほっぺたを舐めようとするな!」
「だってクリームが……」
「え、なに、あなたってそういう趣味があったの?」
前々から悪ふざけが過ぎるとは思っていたが、もし真実なら身の振る舞いを考えねばなるまい、と私の肩に手を置く蓮子に毅然とした態度を保つ。対面の席からわざわざ隣に移動してくるあたり、鬱陶しいことこの上ない。
「メリーは、私のこときらい?」
「きらいじゃないけど、もし襲われたら警察に通報するかな」
「痴話喧嘩を警察沙汰に発展させちゃダメよ」
「痴話は痴話でもあなた一方が痴話痴話しいだけでしょうに。もういいから離れなさい。邪魔」
「えー、メリー体温高いから触ってるとほっとする」
「そんなには高くないわよ。いいからほっぺた触るな。本当に噂になるから。大学に居辛くなるから」
「大丈夫、大学はひとつじゃないわ!」
「え、なに酔っ払ってんの?」
心外な! と頬を膨らます蓮子に年齢考えろって言ったら泣くだろうなと思ったが、その顔がうっすら赤らんでいたためあまり酷いことは言うまいと心に決めた。
思うところがあって、蓮子の前髪を払い彼女の額に触れる。
「……やだ。凄い熱」
「いやん」
「悶えるんじゃないわよ。私の体温じゃなくて、あなたの体温が高かったのね……ううん、相対的だわ」
「客観的に見て明確な真実がですね……」
「はいはい、名台詞名台詞」
熱を自覚してテーブルに突っ伏す蓮子の頭を、子どもをあやすように軽く撫でる。冷静沈着な熱血漢を自称する蓮子でも、寄る年並みと環境の変化には対応しきれなかったようだ。
「たまご酒くらいなら作ってあげるわよ」
「口移しで……」
「それ本当にされて嬉しいものなの?」
「鳥じゃあるまいし……」
本格的に話が通じなくなってきた。
紅茶を飲まなかったのも斯様な理由があれば納得も行く。もったいないの精神は口も付けていない彼女の紅茶を一気に飲み干し、私は足腰が立たないらしい蓮子の肩を担いで席を立った。
「うおぅ」
「ほら、帰るわよ」
「私たちの愛の巣に……」
「鳥はもういい」
何やら不服そうな蓮子を引きずり、私たちはカフェを後にした。
うーんうーんと唸り、たまに意味もなくにやにや笑い、時折咳を漏らす蓮子を見るにつけ、次に菌を貰うのは私かなと諦めの溜息を付いた。
ラブコメの話が終わっていないことに気付いたのは、蓮子が回復して数日後、見通しの悪い十字路にて、食パンを咥えたブレザー姿の蓮子と正面衝突した時である。
「いッ――たいなぁ! もう!」
「蓮子。高校卒業してその制服は厳しい」
「そりゃメリーが着たらイメクラにしかならないでしょうけど!」
「喧嘩売ってんのか」
ちなみに、友人の妹から借りたものだそうです。
貸すなよ。
SS
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