メリーとクリスマスイヴ(2 days after)

 

 

 

「メリー、クリスマス」
「……クリスマス、もう過ぎてるけど」
「あなたも暇ねえ」
「わざわざ、思い付いてしまっただけの洒落を言いに来るあなたほどじゃないと思うわ」
「ケーキ食べましょ。買ってきたから」
 聞いちゃなかった。しかしまあ、気にしても始まらない。
 いきなり私の部屋に押しかけてきた蓮子は、ドアを開けた瞬間にクラッカーを鳴らしてくれた。
 うるさくて、まだ耳がきーんとしている。驚かせるという妙案は成功しながらも、適度にひんしゅくを買うという反作用までは想定していなかったようだ。蓮子には、ちょっとそういうところがある。
「あ、新しいぬいぐるみ増えてない?」
「増えたけど……。また、尻尾とか千切らないでよ」
 勝手知ったる他人の家とはよく言ったもので、蓮子は私の室内を縦横無尽に探り回っている。コートをそのへんのハンガーに掛け、クラッカーをゴミ箱に放り込み、ベッドの脇にあるくまのぬいぐみを抱き寄せていた。
 ついでに、丸いテーブルにちょこんと置かれた白い箱が哀愁を誘う。赤いリボンで包まれているからなおさらだ。
「蓮子」
「んー?」
「私たちは、なかなか長いあいだ秘封倶楽部としてやってきました」
「そうだねー」
 くまの尻尾をぐいぐい引っ張りながら、蓮子は言う。
 それでも、倶楽部の名前が出ただけで、蓮子の眼差しは真面目なものになる。
「境界を暴いたり、桜を見たり、メリーが変なもの持ってきたり……。そういや、あの筍どうしたの?」
「実家に送ったわ。埋めるんだって、庭に」
「ふんふん。じゃあ、来年はメリーの実家で筍尽くしね」
「そんなには早く成長しないけどね」
 知ってるわよー、と自慢げに言って、蓮子はくまの後頭部に顔を埋める。お願いだから、私もまだやっていない手順を簡単に踏まないでほしい。
 ちなみに、あのくまのぬいぐるみは、私が直に買ってきたものである。
 実家からのプレゼントならば、いくらか救われたのだろうが、だとしても、私が真に満足することはなかったと思われる。……いや、くまは好きだけど。かわいいし。
 閑話休題。
「蓮子」
「……んー?」
「私たち、なんでこんなところにいるんだろ」
「そりゃ――」
「ちょっと待った」
 何か、致命的なことを言いかけた蓮子を制する。
 あまりに私の目が真剣だったから、蓮子も動きを止めざるを得なかったのだろう。幼稚園児ほどのくまのぬいぐるみを小脇に抱え、辛そうに上唇を噛む私の顔色を窺う。
「……メリー、どうしたの? 今にも産気づきそうな顔してるじゃない」
「そんな覚えないわ……」
「じゃあ、つわり」
「同じだし……」
 違うわよー、と何故か誇らしげに答えて、蓮子は抱えていたくまをベッドに座らせた。くしくも、その場所は私が眠るときの彼の定位置であった。
 彼女もまたテーブルの前に座って、窓の向こうに降り積もる幻想的な雪景色を、その爛々と輝く瞳に焼き付けていた。
「うわぁ……明日は渋滞ね」
 変なところで現実的なのも、蓮子ならば頷ける話だ。一人でうだうだ悩んでいるのも馬鹿らしいから、私も蓮子の対面に座る。いくら暖房を点けているとはいえ、一人よりは二人の方が温かい。
 そうだ。一人じゃないというところが大切なんだ。
 寂しくない。悲しくない。
 私は幸せだ。
「……メリー、そんなに恋人と一緒がよかったの?」
 地雷おめでとう。
 結界が決壊致しました。
「言わないでよ! よけい惨めになるからー!」
「私もいないから大丈夫よー。よしよし」
「やめて! 慰めないで! 私は平気だから、何ともないから!」
「そういう人は、一人でくまのぬいぐるみ買わないと思うなー」
「言わないでー! ていうかなんで知ってるのー!?」
 ふふふ、と不敵に笑いながら、蓮子はポケットから一切れの紙を取り出す。
 動揺して頭を抱える私に差し出されたのは、何を隠そう、数日前に買ってしまったくまのぬいぐるみのレシートそのものであった。
 あいたたたた。
 痛い。
 心が痛い。
「……蓮子。ゴミ箱を漁るのは小学生までにしておきなさい」
「5万円もしたんだ。奮発したわねー」
「だから言わないでー!」
 いつものように、聞いちゃいないのだった。
 これだけ騒いでも、隣の住民から苦情が来ないことを喜んでいいものか。正直、今の私には何も分からない。ただ顔を真っ赤にして、蓮子の口を塞ぐことしかできなかった。ただ、運動能力も蓮子が上を行っているので、いつの間にか私がベッドに倒されているのだが。
「カウンタぁー!」
「きゃあぁぁっ!」
 ばふっ、と引っ繰り返されたベッドの上。
 そして私の隣では、新しく部屋にやってきた、くまのぬいぐみが優しく微笑んでいる。
 目の前には、いくらか髪の毛を乱した、心強い相棒がベッドに座ってはにかんでいる。
「……はは」
「泣けてきた?」
「……そうよ、全くもってその通りよ……。……ッたく、こんちくしょう……」
「メリー、口が悪いわよ。あなたにそれは似合わない」
「うるさいなぁ……」
 目蓋を擦って、無理に笑ってみる。
 時計は、もうすぐ十二時を刻もうとしている。クリスマスを一日通り越し、何の面白みもなくなった日付の境界。足りないものは、ほんっとに数多い。多すぎる。
 でも、とりあえず居てほしいと思ったものは、この中に大体揃っている。
 だから、まあ。
 悔しいけれど、今年はこれで。


「蓮子」
「ん」
「……メリー、クリスマス」
「はい、メリークリスマス」


 めでたしめでたし、に、しときましょうか――。

 

 

 



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2005年12月26日 藤村流

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