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 サラシがきつい。
 また、大きくなってしまったらしい。
「……はー」
 鏡を覗き込む。己がまだ矮躯であることは自覚しているが、極めて標準的な体型であるとも自負している。ならば、年が経つにつれて熟成する身体に溜息を吐く道理もない。が、それはそれだ。成長が単純に歓喜と繋がるのであれば、上背が高い女性、肩幅が広い女性、安産型に収まった女性は誰もがみな万歳三唱して然るべきだろうが、現実は常に過酷である。否、苛烈だからこそ人生だ。真実は決して生温くなどない、氷点直下絶対零度の衝撃をもって人々の精神を打ち砕く。ああ怖い、饅頭は怖くないけど寒いのは嫌い。
 閑話休題。
 曝け出した自身の身体は、一年前と比べて相応に膨らんで来たように思う。鎖骨から胸部、肋骨を滑り臍の窪みを越えて、ついには局部に達するまでほぼ水平に維持されていたはずのフラットラインも、今となっては第一関門に難攻不落の砦――と言うほどでもない小山を迎えるまでに成長してしまった。恐るべし第二次性徴。
 膨らんだ乳房に掌をさらし、呆と磨き抜かれた鏡を見ている。訪れた曙の火に障子は紅く染まり、鏡の中にも束の間に茫洋とした朝焼けが舞い降りる。その間隙を縫うように、少女から女に変わりつつある霊夢の裸身が君臨していた。
 女には少し足りない。けれど、事を為すには十分過ぎるほど足りている。
「……はぁ」
 やはり、溜息は出た。
 襦袢一枚、前紐を解いて胸だけを晒している自分がどこか滑稽に映る。娼婦じゃあるまいし、まあでも巫女にはそういう役割もあったみたいだけど、と自身を慰める思考に耽る。まさか、処女である自分がそういう役割を演じることなどないと思うのだが、適度に、女として扇情的な肉体になってしまった自身を顧みれば、単純に、好ましくないという理由だけでそれを却下するのは愚策なのではないか、とも思う。
 例えば、必要に駆られたとして。
 博麗霊夢は、そういう儀式に身を投じるのか、などと。
「……っ――」
 下らないことを考えていると、触り過ぎたせいか胸が痛くなった。成長期にはよくあることよ、と紅魔館のメイドがしたり顔で言っていたような気がする。何の慰めにもならなかったが、この非常に女性的な痛みを感じていたという共通項だけで、ほんの少しだけ、無意味な同朋意識が芽生えたりもする。
 もう一度、床に落ちたサラシを巻き直す。今度は、もっときつくしなければ。特に胸が強調されて困る服装でもないのだが、なにぶん隙間が多い衣装であるため、サラシを付けないイコール露出狂の証明になってしまい、引いては売春巫女の誕生にもなりかねない。ああ嫌だ、饅頭は好きだけど饅頭っぽい胸は嫌だ。
 ぎゅ、と音がするまで引っ張る。腹の底から、変な息が漏れた。もしこのペースで胸が大きくなったら、来年はサラシではなく衣装の方を変えねばなるまい。少し残念だが、露出狂呼ばわりされるよりは数億倍はマシというものだ。誰しも、清純に生きたいものである。結果としてそれが果たせなかったにせよ、そう成りたいと思った心は清純なのである。
 最後に、はぁ、と溜息とも疲労とも付かない吐息が漏れた。
 鏡の中では、白いサラシで胸を隠した、妖艶な巫女が膝を付いている。前に垂らした長い黒髪が、サラシと臍の上を泳いでいる。指先は、何故か唇に触れていた。
 その姿が、やけに蠱惑的だなあと思ってしまった。
 その日は何故か、世界が無駄に大きく見えた。

 

 

 



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2005年11月22日 藤村流

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