さよならストロングカノン
咲夜はこのアームストロングカノンさえあればと意気込んでいたが、そのような無骨な兵器がこの切迫した事態を打開できるかどうか完全には信用していなかった。そもそも指定はアームストロングのみであって、語尾にカノンは付いていなかったんじゃないかと思い直したりもした。なので結局は香霖堂から拝借してきたアームストロングカノンを自室に仕舞い込み、計画が一時頓挫した後は押入れの中に突っ込んだまま埃を被っていることすら忘れかけていた。
咲夜が再びその規格外兵器の存在を思い出したのは、来るべき冬のために土鍋を探そうと押入れに潜っていた時だった。空間拡張能力により、押入れもかなり広々とした余地が与えられている。珍品の蒐集癖がある咲夜は何か珍しいものを見つけると真贋など厭わずに次々と押入れに放り込み、暇な時に見たり弄くったりしてそこはかとなく楽しんでいる。件のアームストロングカノンもその珍品の一角に際どく食い込んでおり、怪しげな人形やら宝石やら賽銭箱やらの傍らにごろんと寝そべって主に再び拾い上げられる瞬間を待ち侘びていたのだった。
咲夜の手が、使い古しの文々。新聞に包まれた土鍋と、アームストロングカノンに触れる。
「あ、血」
兵器には血痕が憑き物である。
こびりついた遺恨や怨念を顧みることなく、咲夜はそれらを押入れから引きずり出した。
鍋には何を入れたら良いのかしらと、来るべき冬に思いを馳せながら。
冬がやってきた。
鍋の季節である。
「鍋よ。はい美鈴」
「咲夜さんこの鍋硬いですよ!」
「それいちいちやらないとだめなんでしょうか……」
「……ずずっ」
律儀にベタなやり取りをかます咲夜と美鈴、そして律儀に突っ込みを入れる小悪魔を他所に、パチュリーは我関せずとお茶を啜っていた。紅茶も良いが、番茶も良いらしい。気分的なものだ。気分で言うなら、ただの気紛れで紅魔館の一室を掘り炬燵の和室に改装する咲夜もなかなかのものである。
見るからに外来風の格好をしている面々が畳に座り掘り炬燵に足を突っ込んでいる様子は、不釣合いのように見えて、わりかし釣り合いが取れている。
気分的なものである。
「それじゃ、お湯を入れましょう」
「熱いから気をつけてくださいねーって早速熱いッ!」
「わりと余裕ありますよね美鈴さん……」
「おなかが空いたわ……」
パチュリーは火の通っていない糸こんにゃくを摘まみつつある。
その間に、咲夜は鍋にお湯を満たしていた。火力はアグニシャインが担当している。縁の下の何とやらである。
ちなみに美鈴はところどころ赤い。
「美鈴。白菜」
「はい」
「葱」
「はーい」
「糸こんにゃく」
「あ、今パチュリーさまが絡まってます」
「じゃあ、椎茸」
「はいー」
「違うわ美鈴、これはパチュリーさまの帽子よ」
「いっけね」
本物の椎茸は小悪魔が渡した。
パチュリーはエレメンタルハーベスターという名の刃で糸こんにゃくを切り刻み、返す刀で裁断した糸こんにゃくを鍋に落とした。その際に激しくお湯が跳ねてそこそこ大惨事だったが、被害を受けたのは美鈴に限られた。
「美鈴、そこにチョコがなかったかしら」
「アームストロングカノンならありますが、チョコはないですねー」
「あ、今パチュリーさまが食べてます」
あむあむと、憔悴したパチュリーが安物の板チョコを頬張っている。ぱっと見、ハムスターに似ている。鍋から発せられる熱によりべたべたどろどろになりつつあるチョコレートも、銀紙があれば安心である。
「付かぬ事をお聞きしますが」
「聞きましょう」
「チョコというものは、闇鍋用に取っておくもんじゃないでしょうか」
「解っていないわね。美鈴」
咲夜は腕組みをしながら語る。
パチュリーの口の周りはチョコでべたべたになっていたため、小悪魔に甲斐甲斐しく拭き取られている。んー、とむず痒そうにしている様はまさに要介護というほかない。
「血のバレンタインデーは知っているわね」
「それ前提で話されると若干きついものがありますが、知ってます」
食事前である。
「チョコレートは、凝固した血の色に似ているわ……」
返す返すも食事前である。
美鈴は返す。
「咲夜さんがレミリアさまを崇拝してることは知ってますが、それはもう各々で完結してくださると私は嬉しいです」
「初恋は血の味なのよ」
「そういうよくわからないくせにどこかで聞いたことのあるような台詞はいいですから、鍋にしましょうよ鍋ー」
箸をかんかんと鍋の取っ手に打ち付けると、ナイフの背で額をかんかんと打ち付けられた。
痛いというより怖い。
「肉は何がいいかしら……」
「額に肉って書いてないですからね。私」
咲夜は舌打ちした。
示唆的すぎる。
「胸肉なんてかなり余ってるんじゃないのぉ? 小悪魔もさぁ」
「ぱ、パワーハラスメント!」
小悪魔が赤面しながら指摘した。美鈴は特に何もしなかった。
パチュリーは小悪魔の額に肉と書こうとして、むせた。
「幸い、お肉は用意しているわ」
「じゃなかったら、みかん投げつけてますよ」
「みかんも闇鍋行きね」
「そのいざとなったら美鈴に全部始末させればいいやでも可哀想な気もするけど案外そうでもないかなーみたいな顔するのやめてください。食べますけど」
みかんはちゃぶ台に置いて、美鈴はどばどばと注ぎ込まれるお肉を見て思った。
何の肉だろう。
「胸肉……じゃないよなぁ……」
「ふふ」
咲夜が微笑んだ。
不気味である。
「まあ、普通の肉なんだけど」
「何の肉かは言わないんですね」
「普通の肉だからね」
のれんに腕押しだった。
ふと、パチュリーが思い出したように口を挟む。
「そういえば最近、黒ネズミの姿を見ないんだけど……」
「……」
「……」
誰も目を合わせようとしなかった。
世界は平和である。
「さ、食べましょ」
「咲夜さんこの鍋硬いですよ」
「それはもうやった」
食欲を出せ、という方が無理だった。
それでも美鈴は箸を伸ばし、鍋のそこかしこに浮いているエノキに似たものを摘み取り。
湯気を立ち昇らせる鍋の水面から掲げ上げたところでようやく、それがアームストロングカノンの何らかのネジであることに気付いたのだった。
何のネジかは知らない。
頭のネジかもしれない。
「うわあ」
パチュリーは、そのネジをゴマだれに付けようとしたところで小悪魔に制止された。
後の闇鍋である。
SS
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