ラビット・プラネット

 

 

 

 ウサミン星は、東京駅から電車で一時間の場所にある――。

 事の始まりは、とあるテレビ番組に出演した安部菜々が、自身の出身地であるウサミン星のことを不意打ち気味に突っ込まれたことに起因する。比較的、わかりやすいハプニングであった。
 当人も、宇宙船やらどこでもドアやらある程度の返しは用意していたのだろうが、いかんせん、料理を食べ終わった直後は気が緩んでいた。それでも、具体的な地名を言わなかったのは不幸中の幸いといえる。もし具体名が出た場合でも、ウサミン星でいうところの武蔵野市とでも付け加えておけば一応のフォローにはなるのだが、新人アイドルであるところの菜々にその立ち回りが演じられるかといえば、正直難しいところではあった。
 ――なので。
「反省会だな」
「はぁい……」
 巨大なリボンを萎れさせて、菜々はわかりやすく落ち込んでいた。ディレクターはおいしい画が撮れたと喜んでいたが、安部菜々の陣営からすれば、笑いながらメッキを剥がされている感がある。ずっと続けられるものではないにしろ、まだまだ売り出し中の身である、いきなり身ぐるみ引っぱがされてお茶の間に放り出されるのはあまりにも厳しい。
 収録終わりの楽屋でも、気を付けの状態でうつ伏せになっていた菜々を担ぎ上げて、プロデューサーとアイドルはどうにかこうにか事務所に舞い戻っていた。
 なお、菜々は引き続きソファにうつ伏せになっている。
 そのため、声は若干曇っている。
 多少聞き取り辛いが、傷心のアイドルにもきちんと配慮するのがプロデューサーという職業である。
「今回は何とかなったが、今後メディアの露出が増えて行く中で、似たような事態に陥らないとも限らない。営業に行ってみればすぐわかるが、素人は平気でそういうデリケートな部分を突いてくるぞ」
「ふえぇ……」
 そろそろ突っ伏したまま会話することに限界を感じてきたのか、菜々はぐるんと身体を転がして体勢を整える。
「だから、受け答えのテンプレートを考えておく必要がある。勿論、菜々も考えているとは思うが……」
「か、考えるとかじゃないですよぉ! ナナはウサミン星出身ですもん!」
「年齢は?」
「永遠の17才です♪」
「母親の出身地は」
「えっ、えっ、と、か、神奈……あ、ウサミン星! ウサミン星!」
 クイズに答える要領でテーブルの天板をばしばし叩くが、それで失言が取り繕えるはずもない。
 プロデューサーが静かに首を振ると、菜々はまたがっくりと肩を落とす。
「お前の埋めなければならない点はそこにある。縦の攻撃には強いが、横の攻撃には恐ろしく弱い。それはそれで面白いが……世間がそれをいつまでも面白がってくれるとは限らん」
「そ、そんなぁ……」
 瞳を潤ませ、身を縮こませて上目遣いにプロデューサーを見る。
 この手の魅せ方には慣れているのだし、鍛えれば確実に物になるとプロデューサーは考えている。
「……ともあれ、一通りテンプレートは作っておくとしても、アドリブに弱い、咄嗟に対応できないようではこの業界を生き抜くことはできないぞ」
「わ、わかってます! ナナだって、もう子どもじゃないですから!」
「今何才だっけ」
「じゅっ、17才です!」
「昔飼ってた猫の名前は」
「……た、たま……?」
「ウサミン星はどこにある?」
「……東京駅から一時間にあるパワースポットで宇宙船を呼び出さないと無理!」
 頭の上で腕を交差させ、大きなバツを作って飛び上がる。勢いが余ったようだ。
 もしライヴだったらファンも一緒に『無理―!』とやってくれたに違いない。
 容易に想像できるのが末恐ろしい。
「ちょっと悩んだな。だが良い感じだ、この調子で行くぞ!」
「はい! よろしくお願いします!」
 安部菜々、ウサミン星出身だが、礼儀正しく真面目である。
 菜々の瞳にも輝きが戻ってきた。プロデューサーも我が意を得たりと不敵に笑い、特訓と称した大喜利大会が人気のない事務所に響き渡ったのである。
 それぞれの心の中にパーフェクトコミュニケーションの文字が刻み込まれた頃には終電も過ぎ、永遠の17才をタクシーで送るという予定外の出費を計上する羽目になった。
 なお、永遠の17才なので、夜8時以降の勤務も十分に可能である。

 

 翌日。
 ソファに座るは準備万端の安部菜々、それと向かい合うは、わくわくした気持ちを抑え切れないキグルミ姿の市原仁奈。
 そして、プロデューサーが颯爽と手を挙げ、開戦の合図を出す。
「質問スタート!」
「う、ウサミン星はどこにあるんでごぜーます!?」
「東京駅から電車で1時間行ったところのパワースポットから宇宙船を呼び出さないとー」
「宇宙船でやがりますか!? 仁奈も見てーです! 見せてくだせー! おねげーします!」
「あ、や、それはちょっと……パワー、パワーのストーンが」
「ぱわーすとーんですか……初耳でごぜーますね。どうすれば手に入りやがりますか」
「パワー、のストーンだから……ストーンは石で、それにパワーを……こう」
「ぱわーですか! キグルミパワーでもだいじょーぶでごぜーますか!? それなら仁奈でもなんとかなりやがりますね! 次はどうすればいいんでごぜーますか! 教えてくだせー! この通りでごぜーますよー! おねげーしますよー!」
「……あ、うぅ、そ、それはぁ……」
 平身低頭、文字通り突っ伏したまま菜々に突撃する仁奈。もぞもぞと突っ込んでくる可愛らしい生物に困惑しきりの菜々を見て、プロデューサーは左手を上げた。
「そこまでー!」
 1分35秒、安部菜々のTKO負け。
 もぞもぞする仁奈を抱え、おろおろする菜々がとても可愛い。一挙両得。

 宇宙人系アイドルの道は、かくも長く険しいものである。

 

 

 

 



SS
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2012年6月30日  藤村流
THE IDOLM@STER シンデレラガールズ
二次創作小説






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