※ このSSはルーシー・ルートのネタバレを含んでいるような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きみと大宇宙





 ゴールデンウィークと言っても、誰も彼もが行楽地に足を伸ばす訳ではない。
 むしろ、日頃の疲れを癒すために、自宅で足を伸ばしている人間の方が大勢を占めているのではないだろうか。そこんとこどうよ。
 よって、俺はこの休日を暇だ暇だと言いながら過ごしているのである。
 しかし、愛する女性が隣にいれば、基本的には世界はバラ色、枯れ木も山の賑わいと言ったところだ。
「るー」
 その愛する人は、いつものように両手を空に突き上げていた。
 俺の興味深げな視線に気付いたのか、るーこは表情の起伏が乏しい顔を向ける。
「るー?」
「ああ、なんでもない」
「そうか。てっきり愛が止まらなくなったのかと思ったぞ」
「……愛?」
「正確には、AIというらしいが」
 るーこの言うことはいつも奇抜だ。
 ふと、点けっぱなしだったテレビに目をやる。決してるーこのことが嫌になった訳ではなく、なんというか、刺激の強いものばかり眺めていると目が疲れてしまうようなものだ。そうなのだ。
 そう自分に言い聞かせ、テレビから流れてくるお決まりのメロディに耳を傾ける。
『るーるる るるる るーるるー』
「るー」
『るーるる るるる るーるる』
「るーるーるー」
『るーるーる』
「るぅ……」
 テレビの中では、黒い柳の人がゲストらしき人とトークを繰り広げている。その様子を見て、るーこががっくり肩を落とす。
「負けた……」
「負け?」
「次は、必ず勝つ」
「何がなんだかわからんけど」
「分からない方が、きっと幸せだ」
 るーこは優しく微笑みかけてくれる。
 ……いや、余計に意味わからんし。
 しかし、マイペースが転じて河野家のペースメーカーと化しているるーこは、自分から解説を始めることもなく再び両手を上げてるーをする。だからといって、俺もるーをする訳ではない。これでもバリバリの現代人なので、両腕を垂直に上げると肩と首に激痛が走るのだ。四十肩と、呼びたいならそう呼ぶがいいさ。
「ところで、うーに聞きたいことがある」
 昼飯とその後片付けも終わったのに、るーこはエプロンを着用したままだ。翻るエプロンの裾がなんとも言えない新婚さん気分を味わわせてくれる。
「なな、なんだ?」
「子どもは何人作る」
 ぶふぅ。
「……汚いぞ、うー。顔射するな」
 降りかかった唾を、呻きながら拭っていく。た、たしかに……って、そうじゃない!
「へ、変な言い方するな! それに、るーこが妙ちくりんなこと言うからだろうが!」
「そんなチクリンなことは言ってないぞ」
「揚げ足を取るのも禁止!」
「揚げ足とは、下足天ぷらのことか?」
「だあぁぁぁ! それとこれとは関係ねえー!」
 切れた。
 俺の怒りを間近で感じ取り、るーこも流石に気まずそうに顔を歪める。当たり前だ、少しぐらい反省してもらわないと血圧を上げた意味がない。
「るー……。“うー”語は奥が深い。ふかふかだな」
「……それもちょっと違うし……」
 あんまり意味なかった。
 もう、どうでもよくなってきたな……。るーこがこうなのは、昔からのことだし……。
 叫び疲れて、項垂れた俺の背中をるーこが擦る。
「どうした、うー。つわりか?」
「断じて違う……」
「安心しろ。認知はしてやる」
「それ、どっちかというと男の台詞だからさ……」
 それでもるーこと付き合うのをやめないのは、やっぱり楽しいからなのかもしれない。
 疲れた身体をソファに預けると、その隣りにるーこも腰掛ける。そして、投げ出した手のひらに、女の子の柔らかい温もりが添えられる。
「楽しみだな、るーとうーの子ども」
「……まあ、その……、うん」
 少しずつ上昇していく体温を無視して、どうにか当たり障りのない解を紡ぎだす。
「古来より、権力者である“うー”は多くの妻の娶り、それ以上の子を作ったという。うーは権力者ではないが、せめて子は多く作れ。精力ある男は出世するぞ」
「出世はしても、生活はきつくなるだろうな……」
「それでも、絆の数だけ幸せは増える」
 るーこは、重ねた手を支店にして、俺の身体に覆い被さってきた。温かい重さが愛しく、少しだけ照れくさい。ここには俺とるーこしかいないのに。
 瞳と瞳が対角線上に結ばれ、自然と俺たちは見詰め合う。
 瞳の奥は紫の宇宙。抵抗する術を持たない俺は、るーこの渦に引き込まれてしまいそうだった。
「……そう、だな」
 頷いたのは、強制されたからじゃない。
 るーこの宇宙が大きすぎて、俺の小さな本音が引き上げられただけのこと。
 その答えに満足したのか、慈愛に満ちた笑顔をこぼするーこ。
「そうか。うーもそうしたいか」
「今すぐにじゃないけどな」
「だが、一国家を作るためには今からでも遅いくらいだぞ」
 ……いち。
「うーは、一国一城の主だからな」
「それ、あくまでたとえだから」
「そして、革命を起こせ」
「無理無理」
「るー……」
 口を尖らせても駄目なものは駄目だ。可愛いけど。
 残念そうに俯くるーこの唇が、重力に従って少しずつ俺に接近してくる。吐息が十二分に俺の理性を破壊せしめる距離から、また更なる危険域へと突入する。
「ちょっ、るーこ!?」
「るー……」
 押しとどめる腕はるーこの足が押さえている。言葉はもはや役には立たず、願いは既に裏腹だ。るーこと触れ合いたいと願いながら、崩壊寸前の理性は公序良俗を強いる。
 問題はない。気持ちは通じている。願いは届いている。後は心の準備くらいなものだが、それすら本当に必要かどうか。
 やりたいときにやれ、と先人は言った気がする。それが今なのか。そうなのか。
 ……るーこの潤んだ瞳、その期待に応えるべく、自由な腕をるーこの背中に回す。おそるおそる、ワレモノを扱うように、壊れてしまわないように、大切に触れていく。
「……うー」
「るー、こ……」
 交錯する視線と視線、その次に交わるのは、くちびると――。




『るー、るるるー』
「るー」
『るーるるーるー』
「るーるー」
 テレビから流れているのは、昔流行ったドラマの再放送だ。キタキツネと人間たちの交流を慎ましやかに描いた作品、かどうかはよく分からないが、意味深な台詞のせいでるーこが並々ならぬ興味を抱いてしまったのは言うまでもない。
 まだ日は高く、夕食の準備をする時間帯でもない。俺はテレビに夢中なるーこをよそに、額の汗をせっせと拭っていた。……熱い、熱すぎる。どうしてこんなに暑いんだろう。いまいち状況が理解できない。というか、あんまり積極的に理解したくない。余計に熱くなるから。
「るー……」
 気落ちした声に目をやれば、泣き出しそうな雰囲気をまとったるーこがそこにいた。
 あ。この光景、どこかで見たことある。
「また、負けた……」
「……もしかして、それってじゃんけ――」
「“うー”の技術力はせかいいちなのか?」
「いや、技術うんぬんは関係ないし」
 るーこは納得いかないらしく、テレビの前でうんうん唸っている。
 そんなるーこを生温かい眼差しで見詰めていると、徐々に身体の熱が引いていくのが分かる。
 いつまでも、赤い顔をしている訳にはいかないんだけどな……。るーことの生活を続けるからには、ちゃんと慣れて行かなければならない。
 ただ、急ぐ必要もない。そりゃあ、子どもはたくさん作りたいっていうるーこの望みは出来る限り叶えてやりたいとは思うけど、先立つものがない現状では如何ともしがたい。
 だからせめて、手を繋ぎ合えるくらいの優しさは持てるように。
「うー」
 背中越しに俺を呼ぶ声がする。
 優しく抱き締めるとはいかないが、その肩にそっと触れてみる。雰囲気に呑まれないレベルで俺に出来るスキンシップは、おそらくこれがギリギリのライン。
「……どうした?」
「るーの半分は、やさしさで出来ているらしい」
「うん……?」
「うーの半分は、何で出来ている?」
 不思議そうに俺を見詰めるるーこの向こう側では、見覚えのある女優が風邪薬の効能を高らかにアピールしていた。




 ……やっぱり、先は長いな。
 とりあえず、俺の半分は間の悪さで出来ていると教えることにした。





−幕−







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2005年1月27日 藤村流継承者

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