俺たちに必要なこと





 昼飯時には風子と一緒に飯を食う。これが基本だ。
 たまに金髪のいろいろと際どい奴が混ざることもあるが、ラグビー部に連れて行かれる回数も多いので週に二回程度に収まっている。実にリーズナブルだ。
 今日は天気もいいので屋上にて昼食を楽しむ。たまに風子が作ってくる弁当みたいなものにも箸を伸ばすが、伸ばした箸が元に戻らないこともあるから人生はスリリングである。まあ、初めから食べないという選択肢もあるのだが、それを実行すると風子親衛隊を名乗る面々から呪いの手紙を頂くので鬱陶しいことこの上ない。
 風子は風子で、『食べたくないなら食べなくてもいいです。岡崎さんにこの味のすばらしさは輪廻転生してもわかりません』とか言うし。自分で食って震えが止まらないような食べ物が素晴らしいとはこれ如何に。
 ……それはともかく。
「時に、岡崎さん」
「時に、どうした風子」
 こういうとこノリがいいなあ、俺。
「風子と岡崎さんには決定的に足りないものがあります。それは何だと思いますか」
 風子の目はいつになく真剣だが、頬にごはん粒が付着しているから締まりがない。いつものことだが。
 とりあえず、俺と風子に足りないっぽいものを考えよう。天気もいいし。
「そうだなあ……。身長とか」
「惜しいです。岡崎さんだけならそうかもしれませんが」
「あと、女らしさ」
「あぁっ、ちょっと正解に掠りました。岡崎さんだけならそうかもしれませんが」
「俺は関係ないだろ」
「ですが、すぐ俺とか言うのはダメだと思います。女として」
「おまえ俺をどうしたいんだ」
「まあ、冗談はこのくらいにしましょう」
 どこからどこまでが冗談なのか分かりづらいが、それで済むのなら深く突っ込むのも野暮だろう。腹も膨れてるし、雲ひとつない晴天だし……。
 ほのぼのしている俺に、風子はきらりと目を光らせて事の真相を告げる。
「正解は、二人の絆です」
「……絆、ねえ」
「けして手綱ではありません」
「何も言ってない」
 言おうとしたことは否定しないが。
 ともあれ、風子がそう言い出すのも理由があるのだろう。太陽も俺たちの真上で燦々と輝いていることだし、セミとかカブト虫がじゃかあしいなあと思いながら話でも聞いてみよう。
 ああ、そういえばカブト虫は鳴かないんだっけ……。
「で、その難しい漢字がどうかしたのか」
「ここからは真面目な話になりますが。風子と岡崎さんが、こ、こ……いびと同士になってから、もうどれくらいになりますか」
「二百五十万秒くらいは……」
「え、えっ……? あ、ちょっと待ってください」
 懐から小さい鉛筆を取り出し、割り箸の袋に何やら計算を始める風子。金網に背中を預けていてバランスが悪いだろうに、必死になって筆算している風子の姿は実に健気だ。というか、適当に言ったことを本気で実践するから子どもだ何だと揶揄されるのである。
 まあ、だからこそみんなに好かれているとも言えるが。
「……えっ、と……。そんな五十年も経ってないです!」
「計算間違ってるぞ」
「暗算は七桁までこなせる風子の計算が間違っているはずないです」
「おまえ必死に計算式書いてただろ」
 鉛筆を懐にしまったところでもう遅い。
 あと、早く本題に入れ。
「とにかく風子と、つ、つ……付き合って一ヶ月しか経っていないんですから、こ、こ……恋人同士としてやるべきことをちゃんとこなしていないと思うんです」
「……たとえば?」
 もじもじする風子に問う。
 個人的にはスキンシップの類じゃないかと思うが、『付き合う』とか『恋人』という単語を口にするのでさえも照れる風子がそういうことを言い出すとは考えにくい。いきなり『キスしませんか?』もないだろう……多分。
 俺の危惧をよそに、風子は自分が考える俺たちの課題を挙げる。
「それは、ケンカです」
「そらまた飛躍してるな……」
 ある意味、スキンシップと言えなくもないが。
「喧嘩するほど仲がいい、と武田信玄も言ってました」
「それは絶対違う」
「おねぇちゃんもユウスケさんと何度も何度もケンカして、今のように仲むつまじい関係を築き上げたそうです。素晴らしいです……。ケンカ、最高ですっ」
「目的がすり替わってるからな」
 何やら恍惚とした表情を浮かべる風子。いきなり握った箸で攻撃されるのも何なので、ここは適当にお茶濁すことにしよう。そろそろ休み時間も終わるしな。
「それじゃあ、風子とヒトデもいつ果てるとも知れない死闘を繰り広げたことがあるのか」
「ヒトデ、と……ですか」
 煌く瞳を唐突に曇らせ、戸惑いながら俺を見詰める風子。そんなに見詰められても何も出ないが。
「ヒトデとケンカ……ですか。……ヒトデファイト、レディー、ごー」
 なんか始まった。
「……じゃなくてですね、風子はヒトデとケンカしたことなんてないです。友好通商条約を結んでます」
「だろ? その前に、どうケンカするんだかよく分からんが」
「食べられた方が負けです」
 命懸けかい。
「まあ、無理にケンカすることもないだろ。今じゃなくたって、しばらく経てば嫌でもしなきゃならん時が来るさ」
「たとえば、どんな時でしょうか」
「そうだな……。『俺とヒトデ、どっちを取るんだよ!』てな感じで思い詰めたら、ケンカでもしないとやってられないだろ。俺が」
「ヒトデとケンカしますか」
「しねえよ。風子の一番を無理やり奪い取る気もねえし、そもそも勝負の仕方がわかんねえし」
「ヒトデファイト、れでぃー……」
「戦わすな」
 決戦の火蓋を切って落とそうとする風子の額を、すかさず人差し指で突く。
 あうっ、と金網を軋ませながら揺らめく風子。膝元の弁当が落ちそうになるのを、必死でこらえている姿はやたら微笑ましい。
「……痛いです」
「気のせいだ」
 むぅ、と口を尖らせる。
「風子、なんとなくお手玉に取られている気がします」
「『お』は余計な」
「なので、ここらでひとつ主導権を取るためのケンカをした方がいいと思います」
「なんで手段がケンカばっかりなんだよ。喧嘩師かおまえは」
「いえ、違います」
 風子は膝に置いた弁当の蓋を閉め、ハンカチで丁寧に折り畳んでから堂々と言った。
「喧嘩屋です」
「どっちでもいい」
「それは、宣戦布告と解釈してもよろしいですか」
「何故にそうなる――」
 最後まで言い切る間を与えずに、風子は金網から飛びのく。そして即座に握り締めた拳を俺めがけて突き出す――! 弁当箱は脇に避けてあるあたり芸が細かい。
「もらいましたーっ!」
「なにぃっ!?」
 とか言いながら、俺の手は速やかに風子の頭頂部を押さえていた。見事に空を切る風子の右。
 これでなかなか体格差があるので、風子がいくら手を伸ばしてぶん回しても俺には決して当たらないという素敵な永久機関と化している。漫画だ。
「ふんふんふん……!」
「いや、当たってないからさ」
 気の毒になるくらい鼻息荒く振り回している。しかしやっぱり当たらない。
 完全に大人と子どものケンカになっているのだが、風子はそれに気付いているのだろうか。まあ、気付いていてもプライドが許さないから引くに引けないという面はあるにせよ。
 で、昼休み終了のチャイムが校舎に響き渡る頃には、風子は既にグロッキーになってしまっていた。もうすぐ夏真っ盛りな時期なので、額からこぼれる汗を拭うのに忙しい。
 俺の手から解放された風子は、やれやれと溜息を吐いて、
「今日はこのぐらいにしてあげます」
 ものすごくベタなことを言った。
「……まあ、おまえがそれでいいなら構わんが」
「負け惜しみはみっともないです」
「おまえが言うな」
 誇らしげに胸を張る風子の額を、もう一度押してやる。あぅ、と再びよろめくパンチドランカー。
 結局、ケンカをするという当初の目的は達成てきなかった訳だが、本当の目的はケンカすることじゃなくて二人の関係を親密にすることなんだから、俺が言うのも何だけどそれに関してはとっくに達成できていると思う。
 すっかり空になった(俺が無理やり空にした)弁当箱を抱えて、風子が愚痴をこぼす。
「まったく、岡崎さんの土俵際の粘りには驚かされます」
「まあ、屋上から落ちたら怪我するしな」
 他愛もないやり取りを繰り返しながら、屋上を後にする。
 ちらちらと恨みがましい視線を送っていることから察するに、今日の帰り道は風子にケンカを吹っ掛けられるだろう。まず間違いなく。
 屋上でのリベンジと、それに加えて『どうしてほっぺにごはん粒が付いてるのを教えてくれなかったんですかっ!』とか因縁を付けられて。
 でも仕方ない。風子とケンカ未満のじゃれあいを続けるのも楽しいし、それもまた、二人がもっと仲良くなるための儀式なのだ。
 きっと、それが今の俺たちに必要なものなんだろうから。

 ……多分。





−幕−







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2005年1月22日 藤村流継承者

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