風子と第三種接近遭遇
さて、非常に唐突ではございますが。
風子、宇宙人に出会ってしまいました。
灰色です。もう、なんとお呼びすればいいのか分からないくらい灰色です。
でも、名前がないのは不便なのでぐれーさんと呼ぶことにします。
「ぐれーさん」
呼んでみました。……びっくりしてます。どうやら驚かせてしまったようですね。
事の始まりは、風子が大の仲良しである渚さん以下数名と共に帰っていましたところ、何やら渚さんと他一名がなんだかピンク色の空気をかもしだし始めましたので、謙虚な風子は『お邪魔はいたしません』とばかりに一人で家路を辿ることになったのです。
だんだん暖かくなってきたとはいえ、冬の夜は寒くてとても暗いです。
太陽も早めに沈んでしまい、暗い夜道をとぼとぼと帰る風子。健気です、一途です。岡崎さんにも、そんな風子の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいほどですが…………、そーいう汚いことはやめましょうねとおねぇちゃんが言ってましたから、やめます。そんなところも健気です。
そんな暗い道の途中、急に前が明るくなっていくのを感じました。
風子が、目をつぶって光が収まるのを待ち、そして静かに目を開けると……。
「…………わっ」
「*#||〜=&&%#$!+//@」
……出ました。
何を隠そう、正真正銘の宇宙人です! それもきっと木星辺りからやって来たに違いありません! 灰色ですし!
「わー! わー! わー!」
「¥=!$$=@**?!!*−|#」
しかも何を言ってるのか全然わかりません!
ですが、もしかすると肌が灰色なだけで実は外国人の方なのかもしれません! ……風子は落ち着きました。
「風子、ついつい取り乱してしまいました……。お恥ずかしい限りです」
「*¥@&&」
やっぱり通じませんでした。八方塞がりです。
とりあえず、ぐれーさんの見た目を紹介しますと、全身灰色、目は大きく、後頭部がすらっと伸びています。だいたい三頭身ぐらいで、見た目アロハシャツっぽい服を着ています。意外におシャレさんです。
「ぐれーさんは、どこから来たんですか?」
「&’%$#”=」
言葉だけでは伝わないことがぐれーさんにも分かったようで、ぐれーさんは風子よりずっと小さい指でびしっときれいな空を指差しました。
――そういえば、今日は空が晴れているのに月が見えません。
噂では、こういう現象は新月というらしいです。月の光がない分だけ、お星さまがよく見えるみたいです。
その噂が間違いじゃないのは、風子の目にも明らかでした。
「綺麗です……。あ、ビューティフルです」
「%”$#」
不安だったので、英語で翻訳してみました。
でも、ぐれーさんはイエスとは言いません。ただ、黙って人差し指を一定の方角に向けています。
「……えー、と……どれですか?」
ぐれーさんの指は動きません。風子もじっと目を凝らしますが、そもそも星の名前がよく分からないのでこれと言われても困ります。
でも、ぐれーさんのいた星がいちばん綺麗に光り輝いていたので、風子もやっとその場所が分かりました。
「あそこから来たんですかっ。遠路はるばる、お疲れさまです」
「*¥@&&」
どういたしまして、とぐれーさんが言ってくれた気がしました。
折角なので、風子はぐれーさんとお話しすることにします。ぞくにいう、第三種接近遭遇というスリリングなロケーションです。風子、不謹慎ではありますが非常にエキサイトしてます。
今度、岡崎さんに自慢すること請け合いです。
「ぐれーさん、地球には何の目的でやって来たんですか? 観光ですか? ……じゃなくて、さいと・しーいんぐですか?」
「|¥=&%」
「もしかして……地球を侵略しようと企んでいるのではっ」
「&’%$%」
ふるふる、とぐれーさんが長い頭を振ります。風子の危機的な直感は、惑星を超えてぐれーさんの心に届いたみたいです。これも日頃の行いが良いからです。
その後も、風子はぐれーさんにいろいろなことを聞きました。
身振り手振りで必死に言いたいことを伝えようとするぐれーさんは、きっと生まれた星では優しい人なんだろうなあと思います。そしてまた、しっかりぐれーさんのお話を聞く風子のことも、優しくて可愛い女の子なんだとぐれーさんも理解してくれたことと思います。
やはり、岡崎さんのように風子のダイナミックかつコスモな魅力に気付かない人間は、宇宙規模で見てもなかなか稀なようです。そのうち、どこかの悪い宇宙人さんにキャトルミルティネーションっぽいことをされないかどうか、ほんのちょっと不安です。
「――と、風子もお腹が空いてきてしまいました」
「+*%&’」
「気にしなくてもいいです。風子がぐれーさんの話を聞きたかったんですから。……と、今日ぐれーさんといろんなお話をした記念に、風子からマニアよだれもののプレゼントをしてあげます」
「&#$”+*?」
「これはですね、地球の海に棲んでいるという、とてもとても可愛いヒトデ――――
――――なのです」
「|#$”+*……?」
なんだか挙動不審なぐれーさんに、風子はヒトデの彫りものをプレゼントします。
ぐれーさんは少し迷っているみたいでしたが、差し出されたそれをちゃんと受け取ってくれました。これこそ、異文化こみにゅけーしょんです。
「これで、風子とぐれーさんは友達です」
「……$&%@」
「友達です」
ぐれーさんは、口の中で何度もその言葉を繰り返していました。でも、最後までちゃんと発音は出来ていないみたいでした。
……すると、不意にぐれーさんが空を見上げて、喋るのをやめました。
「+*%&’%$#”*;」
おそらくは別れの言葉を言って、すっと人差し指を風子に向けます。
これと似たようなシーンを、いつかどこが見たような気がします。
……なんだか、とても感動的な場面を予感させます。
風子は、どきどきしながらぐれーさんと同じように人差し指を出して、ゆっくりとぐれーさんの指に近付けて行きます。
そして、二人の指が揺れ合おうかというそのとき……!
「――わっ!!」
まばゆい光が、ぐれーさんを包み込みました。
その眩しすぎる光の中で、ぐれーさんは確かにこう言いました。
「……トモダチ」
なんだかとても嬉しそうでした。
風子は、ヒトデを小脇に抱えて光の中に消えていくぐれーさんに、最後にお別れの言葉を言いました。
「そうです、友達です。また会いましょう、さようなら!」
「トモダチ」
寂しげに言った言葉は、光といっしょに暗い暗い夜に消えていきました。
その後には、灰色の影も何も残っていません。いつもの見慣れた路地です。
……途端に、風子のお腹がくぅと鳴き出します。
さしもの風子も、空腹には勝てません。お別れの余韻をたんのうしたいところですが、おねぇちゃんが心配するといけないので、風子は急いで家まで走ります。
最後に触れた、ぐれーさんの冷たい温もりが消えないうちに。
「……なあ、風子。おまえ聞いたか?」
朝にニュースで見た突拍子もない話題を風子に振る。
退屈しのぎなら春原にでも振ればいいが、この問題は風子にしか解決できないと思ったからだ。
「ひとに聞いたかと言うときは、まず自分が何を聞いたかを言うのが礼儀だと思います」
「そんな義務は知らんが、まあ、大した話じゃない。アフリカだか南アメリカだかの地面に、とんでもなくでっかいヒトデの絵が描かれてたんだってよ。なんでも、ナスカの地上絵と同規模の」
風子の目の色が変わる。主にヒトデ色に。
「大した話です! きっと、宇宙にもヒトデ倶楽部は存在するんです! その地上絵は、風子の仮説をものの見事に証明しています!」
「落ち着け。誰も宇宙人の仕業とは言ってない。つーかむしろ、俺はおまえの仕業ではないかと踏んでいる」
「風子、パスポート持ってないです。ですが、その偉業を成し遂げた人には心当たりがあります」
「……マジか?」
「真アジと書いてマジです」
それは違う。
「……じゃあ、そいつは一体どこの誰なんだよ」
風子は、勿体ぶるように沈黙を挟み、ゆっくりと口を開いた。
「あれは、風子の友達の仕業です」
なんか自身満々なので、とりあえず笑っておいた。
その後、ヒトデの彫り物でしこたま殴られたことだけは伝えておく。
……なんていうか、世界は広いもんだ……、と俺は素直に思った。
−幕−
SS
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